概観 · 24件の出来事
IT全史 ── 計算機が世界を編み変える
1940年代
AT&T Bell 研究所の John Bardeen、Walter Brattain、William Shockley が、ゲルマニウム結晶を用いた点接触型トランジスタの増幅動作を実演。1925年来支配的だった真空管に代わる、半導体による電子増幅の誕生で、計算機の小型化・低消費電力化・大量生産を可能にする産業的革命の起点となった。3人は1956年にノーベル物理学賞を共同受賞。
1950年代
1956年夏、ニューハンプシャー州ダートマス大学で開かれた約8週間のワークショップで、John McCarthy・Marvin Minsky・Claude Shannon・Nathaniel Rochester ら10名が「artificial intelligence」という言葉を提案・採用した。具体的な技術的成果よりも、後の数十年にわたるこの分野の独立した呼称と研究者ネットワークを生んだことが歴史的意義となる。
John Backus 率いる IBM のチームが約3年の開発を経て、最初の本格的な高水準プログラミング言語 FORTRAN(FORmula TRANslator)の最初のコンパイラを IBM 704 向けに完成・出荷した。アセンブリ言語を直接書く時代から、数式を数式の形で書ける時代への移行点で、その後のすべての高水準言語の祖となる。
Texas Instruments の Jack Kilby が、複数のトランジスタ・抵抗・コンデンサを単一のゲルマニウム基板上に統合した最初の動作する集積回路を実演。半年後の1959年には Fairchild Semiconductor の Robert Noyce が、シリコン基板上で平面プロセスによる IC を独立に発明し、こちらが量産技術として支配的になる。Kilby は2000年にノーベル物理学賞受賞。
1960年代
Multics 計画から離脱した Ken Thompson が、AT&T Bell 研究所で空いていた PDP-7 上に簡略なタイムシェアリング OS を作り始めた。当初は1人のための実験だったが、Dennis Ritchie が加わり、1970年に「UNICS(後の UNIX)」と命名。C 言語(1972年)への書き換えで移植性を獲得し、その後の50年を支配する OS 系譜の起源となった。Linux、macOS、Android、iOS の祖である。
UCLA の Charles Kline が、SRI のホストに最初のメッセージ「LOGIN」を送ろうとしたが、二文字目で接続が切れ、伝わったのは「LO」だけだった。米国国防総省 ARPA(後の DARPA)の出資で構築されたパケット交換ネットワーク ARPANET の、初の本格的な動作で、現在のインターネットの始祖となる出来事。当初の接続は UCLA、SRI、UC Santa Barbara、ユタ大学の四拠点だった。
1970年代
Bell 研究所の Dennis Ritchie が、Ken Thompson の B 言語を発展させて型システムを導入した C 言語を設計。1973年に UNIX 自身が C で書き直されたことで、OS のソースを別のハードウェアに移植可能にした世界初の言語となった。1978年の K&R 本『The C Programming Language』とともに、過半世紀にわたるシステムプログラミングの事実上の標準となる。C++、Objective-C、C#、Go、Rust、Zig など、現在のシステム言語の多くは C の系譜から派生したか、C を意識して設計されている。
Bill Gates と Paul Allen が、Altair 8800 用の BASIC 言語を販売するためにアルバカーキで設立。当初の社名は「Micro-Soft」(ハイフン入り)。一年後の Altair BASIC 海賊版蔓延に対する Bill Gates の公開書簡(1976年「ホビイストへの公開書簡」)は、商用ソフトウェアという概念の確立に向けた最初期の主張として、ソフトウェア産業史の象徴的文書となる。
1980年代
Microsoft が Seattle Computer Products から購入した 86-DOS(旧称 QDOS)に手を加え、IBM PC 用に PC DOS 1.0 として OEM 供給。同時に他の互換機メーカーには MS-DOS の名で販売する権利を Microsoft が保有し続けた。Bill Gates のこのライセンス戦略が、後の十数年にわたる PC OS 市場の独占を生んだ。
ARPANET が、それまでの NCP(Network Control Program)から、Vint Cerf と Bob Kahn が1974年に設計した TCP/IP プロトコルスイートへと一斉に切り替えられた日。「フラグ・デー」と呼ばれるこの強制移行は、現在のインターネットを支える基幹プロトコルの確立点で、複数のネットワークを相互接続する「インターネットワーク」という発想がここで本格運用に入った。
Apple が Macintosh を発表。Xerox PARC で発明されたグラフィカルユーザインタフェース(ウィンドウ・アイコン・マウス)を、2495 ドルという大衆向け価格帯で一般消費者に届けた。前年の Lisa が商業的に失敗した経験から、シンプルさと拡張性のバランスを大胆に「シンプル側」へ寄せた製品。1984年の Super Bowl で放映された Ridley Scott 監督の CM は、テレビ広告史にも刻まれた。
CERN(欧州原子核研究機構)のコンピュータエンジニア Tim Berners-Lee が、研究所内の文書共有問題を解決するためのハイパーテキスト情報管理システム「Information Management: A Proposal」を上司の Mike Sendall に提出した。Sendall は提案書の余白に「Vague, but exciting...」と書き残した。1991年に実装が公開され、世界初の Web サーバ・ブラウザ・HTTP・HTML がここから始まる。
1990年代
Helsinki 大学の学生 Linus Torvalds が comp.os.minix に「I'm doing a (free) operating system (just a hobby, won't be big and professional like gnu)」と投稿。最初のソースは 10,000 行ほどで、Minix の影響を受けつつ、独自のカーネルとして書かれていた。1992年には GPL の下で公開され、世界中の開発者からの貢献を受けて成長 ── 2026年現在、世界のサーバ・スマートフォン・スーパーコンピュータの大部分を駆動する OS の核となっている。
イリノイ大学 NCSA の Marc Andreessen と Eric Bina が開発した、文字と画像をひとつの頁に統合して表示する初の主要 Web ブラウザ。Windows、Mac、UNIX 向けに無償配布され、それまで研究者だけのものだった Web を、一気に一般ユーザの視界に持ち込んだ。Andreessen は翌年 Netscape を共同創業し、商業 Web の時代が始まる。
32 bit プリエンプティブマルチタスキング、長いファイル名、プラグアンドプレイ、そしてスタートメニューとタスクバーという UI 配置 ── 多くの人にとって「PC とはこういうものだ」という観念が、この製品で固まった世代。Rolling Stones の Start Me Up を BGM とした巨額の広告キャンペーンと、深夜の販売開始に並んだ行列は、PC が家電となった文化的な瞬間として記憶される。発売初週で700万本を売った。
IBM のチェス専用機 Deep Blue が、当時のチェス世界王者 Garry Kasparov との6番勝負(リターンマッチ)に 3.5-2.5 で勝利した。前年(1996年)の対戦では Kasparov が勝っていたが、IBM はその後の1年でハードウェアと評価関数を大幅強化した。チェスのトップレベルにおいて、機械が人間に勝った最初の決着であり、AI 報道の文脈では象徴的な節目とされる(実態はゲーム木探索+特化評価関数で、現代的な学習は含まない)。
Stanford 大学院の Larry Page と Sergey Brin が、PageRank アルゴリズム(リンク構造から重要度を推定する手法)を基盤に設立した検索エンジン会社。当時の主要検索エンジン(Yahoo!、AltaVista、Excite)が「人手分類」と「キーワード一致」に依存していたのに対して、Google は完全にアルゴリズム的なランキングと、シンプル極まりない一画面のインターフェースで差別化した。半年以内に主要検索エンジンとなる。
2000年代
Amazon が、オブジェクトストレージサービス S3(Simple Storage Service)を公開。同年8月には計算リソースの従量課金サービス EC2 が続き、Amazon Web Services(AWS)が「クラウド」と呼ばれる新しい計算基盤の事実上の起点となった。書籍販売の傍ら社内向けに作っていたインフラを外部に開放するという発想が、後の十数年で IT 業界全体の構造を書き換えることになる。
2007年1月の Macworld で Steve Jobs が発表した iPhone は、半年後の6月29日に米国で発売された。物理キーボードを排し、静電容量式マルチタッチと OS X 派生のソフトウェアを電話に据えたこの機械は、後に「スマートフォン」と呼ばれる製品カテゴリ全体の文法を書き換えることになる。
Google が2005年に買収していた Android Inc. の OS を、HTC Dream(米国では T-Mobile G1 として販売)に搭載した最初の出荷端末。Linux カーネル、Java(後に Android Runtime)の VM、独自 UI スタック ── オープンソースの OS をスマートフォンに供給するという Google の戦略は、iOS とは正反対の市場アプローチであり、その後の十数年で世界のスマートフォン台数の70%以上を占めるエコシステムへと成長した。
2010年代
Toronto 大学の Alex Krizhevsky・Ilya Sutskever・Geoffrey Hinton らが、画像認識ベンチマーク ImageNet 2012 でトップ5エラー率 15.3% を達成。2位の従来手法(26.2%)を10ポイント以上引き離す決定的な差で、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)を二枚の NVIDIA GTX 580 GPU で学習させたアーキテクチャ「AlexNet」が、深層学習の実用性を一夜にして証明した。これ以降、コンピュータビジョンの主流は手作業の特徴量設計から深層学習へと完全に移行する。
DeepMind の AlphaGo が、囲碁世界トップ棋士のひとり李世乭(イ・セドル)との5番勝負を 4-1 で制した。組合せ爆発のため「あと10年は機械に解けない」とされてきた囲碁の壁を、モンテカルロ木探索+深層強化学習の組合せで突破した出来事。第2局37手目の「神の一手」と呼ばれた打ち回しは、人間の対局では見られない発想として棋士コミュニティを驚かせた。
Steve Ballmer の後任として、長年クラウド事業を率いてきた Satya Nadella が Microsoft の三代目 CEO に就任。Windows と Office に依存した1990-2000年代の戦略から、Azure クラウドへ軸足を移し、Linux サポート、オープンソース受容(GitHub 買収、2018年)、OpenAI への大規模投資(2019年以降)へと方針を切り替えた。在任10年で Microsoft の時価総額は約3000億ドルから3兆ドル超へと十倍以上に拡大。
2020年代
OpenAI が ChatGPT を一般公開。GPT-3.5 を対話用にチューニングし、無償で誰でもブラウザから使える形にしたサービスで、公開後5日で100万ユーザ、2ヶ月で1億ユーザに到達した(消費者向けインターネットサービスの最速記録)。生成AIという概念を専門研究の文脈から一般の家庭・学校・職場へ一夜にして移行させ、Google・Meta・Anthropic・Microsoft の方針転換を引き起こす起点となった。