詳述 · 18件の出来事
OSの歴史
1960年代
- EVT.001T1Engelbart のデモ ── 対話型計算機の90分インターネットとWebの歴史IT全史 ── 計算機が世界を編み変える詳細を読む →

Unknown (via Jargon File, Wikimedia Commons) · Public Domain · Commons ↗ Multics 計画から離脱した Ken Thompson が、AT&T Bell 研究所で空いていた PDP-7 上に簡略なタイムシェアリング OS を作り始めた。当初は1人のための実験だったが、Dennis Ritchie が加わり、1970年に「UNICS(後の UNIX)」と命名。1973年の C 言語(1972年設計)への書き換えで移植性を獲得し、その後の50年を支配する OS 系譜の起源となった。Linux、macOS、Android、iOS の祖である。
1970年代
- EVT.003T1Xerox Alto ── 売られなかった機械が、机の上のコンピュータを定義した半導体・ハードウェアの歴史IT全史 ── 計算機が世界を編み変える詳細を読む →

Bill Bradford · CC BY 2.0 · Commons ↗ Gary Kildall が Intel 8080 向けに書いたディスクオペレーティングシステム。最初の実働プロトタイプは1974年、カリフォルニア州 Pacific Grove で動いた。Kildall は妻で事業パートナーの Dorothy McEwen とともに Digital Research(当初は Intergalactic Digital Research)を設立して商業展開し、CP/M は8ビットマイコン市場の事実上の標準 OS となる。1980年、IBM PC の OS 選定で IBM がまず訪ねたのは Microsoft で、Bill Gates の紹介を受けて Digital Research に回った ── 「IBM が最初に CP/M を買いに来た」という語りは順序を取り違えている。DRI との交渉は決裂し(NDA、買い切りか本数ロイヤルティか、納期のいずれが決定打だったかは証言が食い違う)、IBM が採用したのは Seattle Computer Products が CP/M の API を実装して書いた 86-DOS を Microsoft が買い取ったもので、これが PC DOS/MS-DOS となった。IBM PC では CP/M-86 が240ドル、PC DOS が40ドルで併売され、価格差が趨勢を決めている。歴史の分岐点をなす製品である。
よくある質問
- IBM は IBM PC の OS を最初に Digital Research へ買いに行ったのか
- いいえ。最初に訪ねたのは Microsoft で、Bill Gates の紹介を受けて Digital Research へ回っています。「IBM が最初に CP/M を買いに来た」という語りは順序を取り違えたものです。
- なぜ IBM PC では CP/M-86 でなく PC DOS が広まったのか
- 価格差が趨勢を決めました。IBM PC では CP/M-86 が240ドル、PC DOS が40ドルで併売されています。
1980年代

The wub (Wikimedia Commons) · CC BY-SA 4.0 · Commons ↗ IBM が 8月12日に IBM PC を発表(初回出荷は同年10月の予定と告知)。Microsoft は前月に Seattle Computer Products から全権利を買い取った 86-DOS(旧称 QDOS)に手を加え、IBM PC 用に PC DOS 1.0 として OEM 供給した。同時に他の互換機メーカーには MS-DOS の名で販売する権利を Microsoft が保有し続けた。Bill Gates のこのライセンス戦略が、後の十数年にわたる PC OS 市場の独占を生んだ。

Bernard Gotfryd (Library of Congress, Prints & Photographs Division; edit by Commons user W.carter) · Public domain · Commons ↗ Apple が Macintosh を発表。Xerox PARC で発明されたグラフィカルユーザインタフェース(ウィンドウ・アイコン・マウス)を、2495 ドルという大衆向け価格帯で一般消費者に届けた。前年の Lisa が商業的に失敗した経験から、シンプルさと拡張性のバランスを大胆に「シンプル側」へ寄せた製品。1984年の Super Bowl で放映された Ridley Scott 監督の CM は、テレビ広告史にも刻まれた。

Rama & Musée Bolo · CC BY-SA 2.0 FR · Commons ↗ MS-DOS 上で動作する Microsoft 初のグラフィカル環境。発表は1983年11月だったが、出荷はちょうど2年後の1985年11月20日までずれ込み、その間は「ベーパーウェア」と揶揄された。店頭に並んだのはバージョン 1.01、価格は99ドル。重なり合うウィンドウではなくタイル配置(重ね合わせは1987年の Windows 2.0 から)、限られた色数、専用アプリの少なさ ── 評価は厳しく、1987年4月時点の販売は約50万本にとどまる。それでも、十年後の Windows 95 まで一貫して続く Microsoft の GUI 投資の出発点となった。Macintosh 発売(1984年1月24日)からの遅れは1年10ヶ月。
1990年代

Erkaha · CC BY-SA 4.0 · Commons ↗ MS-DOS Executive に代わる Program Manager、386 エンハンスドモードによる仮想メモリ管理、刷新されたアイコンとグラフィックス(同梱ドライバは EGA/MCGA/VGA で最大16色、256色は対応アダプタと Palette Manager 経由)。発表はニューヨークの City Center Theater で行われ、6,000人を集めて北米7都市・海外12都市に中継された。Microsoft はこの披露に300万ドルを投じ、Bill Gates 自身が「史上もっとも豪華で大規模、そして高価なソフトウェア発表」と評している。1985年から IBM と共同開発していた OS/2 とは別路線として MS-DOS 上の GUI を独立に商業展開し、6ヶ月で200万本、Windows 3.1 が出るまでに約1000万本を売った。この成功が両社の関係を作り替え、Microsoft が IBM の合弁から離れて独自路線を確立する転機となる。

Lf Asia (Wikimedia Commons) · CC BY 3.0 · Commons ↗ Helsinki 大学の学生 Linus Torvalds が comp.os.minix に「I'm doing a (free) operating system (just a hobby, won't be big and professional like gnu)」と投稿。9月17日に公開された最初のソース 0.01 は全88ファイル・10,239行で、Minix の影響を受けつつ、独自のカーネルとして書かれていた。1992年2月1日に GPL へ移行し、世界中の開発者からの貢献を受けて成長 ── 2026年現在、OS が判明している Web サイトの61.7%、TOP500 スーパーコンピュータの全機、数十億台の Android 端末を駆動する OS の核となっている。
Microsoft (Wikimedia Commons) · Public domain (logo, below threshold of originality) · Commons ↗ 32 bit プリエンプティブマルチタスキング、長いファイル名、プラグアンドプレイ、そしてスタートメニューとタスクバーという UI 配置 ── 多くの人にとって「PC とはこういうものだ」という観念が、この製品で固まった世代。Rolling Stones の Start Me Up を BGM とした巨額の広告キャンペーンと、深夜の販売開始に並んだ行列は、PC が家電となった文化的な瞬間として記憶される。Microsoft の発表では発売から5週間で700万本。日本語版の発売は同年11月23日だった。
2000年代
1985年に Apple を追われた Steve Jobs が NeXT で開発した NeXTSTEP(Mach マイクロカーネル + BSD UNIX)を、1996年の Apple による NeXT 買収を経て Mac OS の基盤に据え直した世代。1984年の Classic Mac OS から決別し、UNIX 系の堅牢性とプロセス分離を Mac にもたらした。新しい Aqua UI をまとって登場し、後の iOS と macOS の出発点となる。
- EVT.012T1初代 iPhone 発売iPhone の歴史IT全史 ── 計算機が世界を編み変える携帯電話・スマートフォンの歴史詳細を読む →

Marcus Sümnick · CC BY 3.0 · Commons ↗ Android 1.0 SDK の公開と、それを載せた最初の端末 HTC Dream(米国では T-Mobile G1)のお披露目が同じ日に重なった。プラットフォーム自体の発表は前年2007年11月5日、34社が名を連ねる Open Handset Alliance の設立時。実際に店頭に並ぶのは1か月後の10月22日、2年契約で179ドルだった。Google が2005年に買収していた Android Inc. の系譜を引く OS は、Linux カーネル、Dalvik VM(後に Android Runtime へ置き換え)、独自 UI スタックの組み合わせ ── オープンソースの OS を端末メーカーに供給するという戦略は Apple とは正反対の市場アプローチであり、その後の十数年で世界のスマートフォンの約7割を占めるエコシステムへと成長した。
よくある質問
- Android はいつ発売されたのか
- 日付が三つあり、しばしば混同されます。プラットフォームの発表は2007年11月5日の Open Handset Alliance 設立時、Android 1.0 SDK と HTC Dream のお披露目が2008年9月23日、端末の店頭発売が2008年10月22日で2年契約179ドルでした。
2020年代

Microsoft (Wikimedia Commons) · Public domain (below threshold of originality; trademark applies) · Commons ↗ 2015年に Microsoft の社員が「Windows 10 が最後の Windows」と述べ、 同社もそれを否定しなかったにもかかわらず、 6年ぶりのメジャーリリースとして Windows 11 が登場。 発表は2021年6月24日、 一般提供の開始が10月5日。 中央揃えのスタートメニュー、 角丸のウィンドウ、 Snap Layouts、 Android アプリ対応など UI を刷新した。 強制要件として TPM 2.0 と Secure Boot を求め、 職場 PC の半数以上が要件のいずれかで落ちるという調査が出るなど、 まだ動く旧型 PC を公式サポートの外へ置いた。 ハードウェア要件で更新を迫る手法として議論を呼び、 Windows 10 のサポート終了(2025年10月14日)後も4割超が Windows 10 に残った。
- EVT.015T1Linux カーネルが Rust を採用 ── 第二の言語が mainline に入るプログラミング言語の歴史オープンソースの歴史詳細を読む →
- EVT.016T1Copilot+ PC と Recall ── オンデバイス AI と即時撤退Microsoftの歴史詳細を読む →

Apple Inc. (Wikimedia Commons) · Public domain (below threshold of originality; trademark applies) · Commons ↗ Apple が macOS 15「Sequoia」を iOS 18・iPadOS 18 と同時公開。 ただし目玉の「Apple Intelligence」は 15.0 には入っておらず、 10月28日の 15.1 で要約・書き換え・通知の優先度判定が、 12月11日の 15.2 で Image Playground・Genmoji・ChatGPT 連携が、 という段階投入だった。 オンデバイスの小型モデル(約30億パラメータ)と Apple 専用サーバ Private Cloud Compute のハイブリッド構成。 対象は M1 以降の Mac、 A17 Pro / M1 以降の iPad、 iPhone 15 Pro 以降のみ。 WWDC で見せた個人コンテキスト対応の Siri は繰り返し延期され、 最終的に2026年、 Google Gemini を基盤に据えた形で作り直された。
