詳述 · 29件の出来事

インターネットとWebの歴史

ARPANET の四つの拠点に始まり、回線は大学を出て家庭へ、そして手のひらへと延びた。プロトコル、ドメイン、ハイパーテキスト、検索 ── どの層も最初は実験だった。本年表は、その実験がいつ常設の建築物に変わっていったかを追う。

1960年代

  1. 1968年12月、実演の準備をする SRI の Douglas Engelbart ── 自作コンソールとヘッドセット
    SRI International (Wikimedia Commons) · CC BY-SA 3.0 · Commons ↗

    サンフランシスコ市民講堂で開かれた Fall Joint Computer Conference で、Stanford Research Institute の Douglas Engelbart が自身のセッション「A Research Center for Augmenting Human Intellect」を約90分の実演として行った。約50km 離れたメンローパークの SDS 940 上の NLS を、リースした電話回線経由の自作1200ボーモデムで操作し、映像はマイクロ波回線で会場へ返して大型スクリーンに投影する。示されたのはマウス、画面上の複数ウィンドウと表示制御、リンクによる文書間のジャンプ、構造化された文書編集、そして遠隔の同僚と画面と音声・映像を共有する共同作業だった。マウスの最初の試作機は Engelbart の設計をもとに Bill English が作っている。「Mother of All Demos」という呼び名は後年に付いたもので、当時そう呼ばれていたわけではない。

    関連人物
    ダグラス・エンゲルバート · ビル・イングリッシュ
    登場する年表
    IT全史 ── 計算機が世界を編み変える · OSの歴史

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  2. 1969年の ARPANET 用 IMP(Interface Message Processor)── BBN 製
    DARPA / U.S. Federal Government (Wikimedia Commons) · Public Domain · Commons ↗

    UCLA の Charley Kline が22時30分、SRI の SDS 940 に「login」と打ち込もうとしたが、三文字目で相手のホストが落ち、伝わったのは「lo」だけだった。約一時間後に復旧して全文が通る。米国国防総省 ARPA(後の DARPA)の出資で構築されたパケット交換ネットワーク ARPANET の、最初のホスト間通信であり、現在のインターネットの始祖となる出来事。当初の接続は UCLA、SRI、UC Santa Barbara、ユタ大学の四拠点で、揃ったのは同年12月5日である。

    関連用語
    TCP/IP
    登場する年表
    IT全史 ── 計算機が世界を編み変える

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1970年代

  1. ネットワーク電子メールを実装した Ray Tomlinson(2004年撮影)
    Andreu Veà, WiWiW.org · CC BY-SA 3.0 · Commons ↗

    BBN の Ray Tomlinson が、ローカルのメッセージ送信プログラム SNDMSG に実験的なファイル転送プログラム CPYNET のコードを取り込み、ARPANET 越しに別ホストのメールボックスへ書き込めるようにした。1台のコンピュータ内で完結する電子メールは1960年代前半から存在していたが、ネットワークを越えたのはこれが最初だった。最初のメッセージは1971年後半、隣り合って置かれ ARPANET だけでつながっていた2台の PDP-10(TENEX)の間で送られた。ユーザ名とホスト名の区切りに選んだ「@」について本人は、英語では「10 items @ $1.95」のように単価を示す記号で、ユーザが別のホスト「に(at)」いることを表すのに使ったと説明している。これが現在のメールアドレス形式の起源となる。

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  2. Computer History Museum に展示された Xerox PARC の初期 Ethernet 同軸ケーブルとトランシーバ
    Sascha Pohflepp (Wikimedia Commons, via Flickr) · CC BY 2.0 · Commons ↗

    Xerox パロアルト研究所の Robert Metcalfe が、Alto 同士をつなぐ放送型ネットワークについての社内メモを回した。ハワイ大学の ALOHA システムに学んだ衝突と再送の考え方を、無線ではなく同軸ケーブルの上へ移し、中央制御を置かずに各局が自分で送信権を取りにいく。名は19世紀物理学の「光を伝えるエーテル」から採った。ただしこの日に生まれたのは提案であって規格ではない。実験用 Ethernet、1976年の Metcalfe–Boggs 論文、1980年の DEC・Intel・Xerox 共同仕様(10Mbps)、1983年に承認され1985年に発行された IEEE 802.3 ── この4つは別物であり、混同されやすい。

    関連企業・組織
    ゼロックス · Intel
    登場する年表
    IT全史 ── 計算機が世界を編み変える

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  3. EVT.005T1New Directions in Cryptography ── 鍵を配らずに秘密を共有するサイバーセキュリティの歴史IT全史 ── 計算機が世界を編み変える詳細を読む →

1980年代

  1. 1977年3月時点の ARPANET 論理マップ。IMP とホスト計算機の接続関係を描いた図
    ARPANET / The Computer History Museum (Wikimedia Commons) · Public domain · Commons ↗

    1983年1月1日、ARPANET がホストの通信方式を NCP(Network Control Program)から TCP/IP へ一斉に切り替えた。設計の起点は Vint Cerf と Bob Kahn が1974年5月に IEEE Transactions on Communications で発表した論文で、そこで示されたのは TCP と IP に分かれていない単一の Transmission Control Program だった。伝送の TCP と網間配送の IP に分けたのは1978年、国防総省標準の RFC 791(IP)と RFC 793(TCP)が出たのは1981年9月である。移行計画は Jon Postel の RFC 801(1981年11月)が1983年1月1日までの完全な切り替えを目標に定め、その日に NCP は運用から外された。

    関連人物
    ヴィントン・サーフ
    関連用語
    TCP/IP · DNS
    登場する年表
    IT全史 ── 計算機が世界を編み変える

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  2. DNS を設計した Paul Mockapetris(2013年、バルセロナ)
    Jordiipa (Wikimedia Commons) · CC BY-SA 3.0 · Commons ↗

    DNS(ドメインネームシステム)は、ホスト名を IP アドレスなどに対応付ける分散型のデータベースである。USC 情報科学研究所(ISI)の Paul Mockapetris が設計し、1983年11月に RFC 882(概念)と RFC 883(実装仕様)として発表した。それまで名前空間は、SRI の Network Information Center ── Elizabeth Feinler のグループが運用 ── が保つ HOSTS.TXT 一枚で管理されており、RFC 882 自身が、この表の大きさと更新頻度は管理できる限界に近いと述べている。DNS はこれを、権限を委任できる木構造とネームサーバ・リゾルバの組に置き換えた。com・edu・gov・mil・org というトップレベルドメインを定めたのは翌1984年10月の RFC 920(Postel・Reynolds)で、net の導入は1985年1月である。仕様は1987年11月の RFC 1034・1035 に置き換えられ、現在の DNS はこの版を土台にしている。

    関連用語
    DNS · TCP/IP

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1990年代

  1. info.cern.ch で公開されている最初のウェブサイトのトップページ「World Wide Web」
    Tim Berners-Lee / CERN (Wikimedia Commons) · Public domain · Commons ↗

    CERN の Tim Berners-Lee が立ち上げた世界最初のウェブサイト。最初のページ http://info.cern.ch/hypertext/WWW/TheProject.html は、ウェブというプロジェクト自体を説明していた。サーバの名は当初 nxoc01.cern.ch で、のちに info.cern.ch となった。CERN によれば最初のサーバとブラウザは1990年末に CERN 内で動いており、1991年5月17日に CERN の中央の計算機で全面公開、8月6日にニュースグループ alt.hypertext への投稿で外部に告げられ、ソフトウェアが FTP で入手できるようになった。1990〜91年の姿は残っておらず、2013年4月30日に CERN が始めた復元プロジェクトは、W3C に残っていた1992年の写しで最初のアドレスを復活させた。

    関連人物
    ティム・バーナーズ=リー
    関連用語
    HTTP

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  2. Marc Andreessen(2013年・サンフランシスコ)── NCSA Mosaic の共同開発者
    JD Lasica (Wikimedia Commons) · CC BY 2.0 · Commons ↗

    イリノイ大学 NCSA の Marc Andreessen と Eric Bina が開発した Web ブラウザ。1993年4月21日、まず X Window System 版 1.0 が www-talk で公開され、Windows 版・Mac 版は同年後半に続いた。最初のグラフィカルブラウザではない(Erwise・ViolaWWW・MidasWWW が先行する)が、画像を別ウィンドウでなく本文中に流し込んで見せた最初の普及ブラウザであり、それまで研究者だけのものだった Web を一般ユーザの視界に持ち込んだ。非商用利用は無償だったが、ソースは公開されていてもオープンソースライセンスではない。Andreessen は翌年 Netscape の前身を共同創業する。

    関連人物
    ティム・バーナーズ=リー
    関連用語
    HTTP
    登場する年表
    IT全史 ── 計算機が世界を編み変える · オープンソースの歴史

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  3. EVT.013T1JavaScript 発表 ── 10日間の試作から生まれた言語プログラミング言語の歴史詳細を読む →
  4. EVT.016T1絵文字 ── 日本の携帯電話から Unicode、そして世界へ携帯電話・スマートフォンの歴史詳細を読む →

2000年代

  1. 1994年から2004年までの NASDAQ 総合指数の推移。2000年初めに5,000付近の頂点をつけ、2002年にかけて急落している
    ed g2s (Wikimedia Commons); source data from nasdaq.com · Public domain · Commons ↗

    1990年代後半にインターネット関連企業の株価が実態を超えて上がり、2000年春から急落した出来事。日本では IT バブルとも呼ばれる。NASDAQ 総合指数は2000年3月10日に終値5,048.62の頂点をつけ、2002年10月9日の1,114.11まで約78%下落した。終値で頂点を上回ったのは2015年4月23日である。1996年12月には FRB の Greenspan 議長が「根拠なき熱狂」を問うていた。象徴となった Pets.com は2000年2月に1株11ドルで上場し、同年11月7日に清算を発表した。米国の景気後退は2001年3月から11月まで。2002年には Global Crossing と WorldCom が破綻し、欧州では通信株が2年半で83%下落した。日本でも情報通信企業の業績が2000〜2001年に悪化したと情報通信白書は記している。

    関連企業・組織
    Amazon
    登場する年表
    IT全史 ── 計算機が世界を編み変える

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  2. 2001年3月3日時点の wikipedia.com トップページのスクリーンショット(Wayback Machine による採取)
    Wikipedia contributors; captured via the Wayback Machine · CC BY-SA 3.0 · Commons ↗

    Jimmy Wales と Larry Sanger が、専門家審査制の百科事典 Nupedia の補助プロジェクトとして、誰でも編集できる Wiki ベースの百科事典 Wikipedia を wikipedia.com で公開。Sanger は5日前の1月10日に Nupedia-L へ「Let's make a wiki」を投稿し、11日に Wikipedia の名を提案している。誰が創業者かは当人同士で決着していない ── Sanger は共同創業者だと主張し、Wales はこれを認めない。不特定多数の協働で百科事典を書けることを、四半世紀にわたって実証し続けているプロジェクトで、2026年10月時点で稼働中の言語版は348、記事総数は約6840万本。

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  3. EVT.024T1App Store 開設iPhone の歴史詳細を読む →

2010年代

2020年代

  1. Twitter を買収した Elon Musk
    Gage Skidmore (Wikimedia Commons) · CC BY-SA 4.0 · Commons ↗

    4月に買収提案、 7月に Musk 側が撤回を試み、 訴訟へ。 結局10月27日に取引が完了。 取得額440億ドル。 完了直後、 Musk は CEO・CFO・法務トップを即日解任、 1週間で従業員の約半数(約3700名)をレイオフ、 認証バッジを月額課金制(Twitter Blue)に転換、 コンテンツモデレーション部門を縮小。 表現の自由を掲げる Musk の方針で、 永久凍結されていた Donald Trump 等のアカウントを復活。 2023年7月にはサービス名を「X」に改名。 ソーシャルメディアの最大手の一つが、 大富豪個人の所有物として運営される異例の構造に。

    関連人物
    イーロン・マスク
    関連企業・組織
    X(旧 Twitter)
    登場する年表
    IT全史 ── 計算機が世界を編み変える · ソーシャルメディアの歴史

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  2. Meta Platforms, Inc. (Wikimedia Commons) · Public domain (logo, below threshold of originality) · Commons ↗

    Meta が Instagram 連携のテキスト型 SNS「Threads」を100カ国以上で公開。 Zuckerberg の投稿によれば7時間で1000万、 5日で1億の サインアップ(登録)に達した ── 定着したユーザ数ではない点が重要で、 Sensor Tower の計測では日次アクティブは公開翌日のピーク約4400万から7月31日には約800万へ82%落ちた。 Musk 体制下で混乱する Twitter からの避難先として、 当時20億の月間アクティブを持つ Instagram のソーシャルグラフをそのまま持ち込む設計。 EU では DMA 適合の判断が付かず5か月遅れ、 2023年12月14日に公開された。 その後は着実に伸び、 2026年第2四半期の決算で Meta は月間アクティブ5億超を報告している。

    関連人物
    マーク・ザッカーバーグ
    関連企業・組織
    Meta Platforms
    登場する年表
    ソーシャルメディアの歴史

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