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点接触トランジスタの発明 ── Bell 研究所

Bell 研究所が1947年に発明した点接触トランジスタの複製
出典Lucent Technologies / U.S. Federal Government (Wikimedia Commons) · Public Domain · Commons で見る

メタデータ

日付
年代
1940s
Tier
T1
出典数
04
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01
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1947年12月16日、米国ニュージャージー州マレーヒルにある Bell 電話研究所(AT&T)で、John Bardeen と Walter Brattain は、高純度ゲルマニウムの小片に、プラスチックの楔で金箔の接点を二つ極めて接近させて押し当てた装置により、固体素子で初めて電気信号を増幅した。Brattain の実験ノートはこの日、電圧利得15を記録している。一週間後の12月23日、二人はこの装置を研究所の管理職と同僚たちの前で実演した。マイクロフォンに囁いた声が、回路の反対側のスピーカーから大きく鳴った。真空管と違い、暖機の待ち時間もなかった。

その小さな装置 ── 後に「トランジスタ」と呼ばれることになる ── が、二十世紀後半のすべての電子機器の出発点だった。

真空管に代わって

それまで、電子信号を増幅する手段は真空管しかなかった。1906年に Lee de Forest が三極管(Audion)を出願して以来、四十年にわたって電子増幅は真空管の独占だった。ラジオ、テレビ、コンピュータ ── ENIAC(1945年完成)には18,000本近い真空管が使われていた。寿命を延ばすため定格よりかなり低い電圧で動かしてなお、一日から二日に一本の割合で切れ、その捜索と交換が運用の中心作業だった。発熱は膨大で、電力消費も大規模だった。

真空管に代わる「固体素子(solid-state device)」の探索は、戦前から複数の研究機関が進めていた。Bell 研究所では、Shockley が指揮する小さなチームが、半導体(当初はシリコンとゲルマニウム)の電気的性質を体系的に研究していた。

決定的なブレークスルーは、Bardeen が「表面状態(surface states)」の理論を整理し ── Shockley が1945年に構想した電界効果型が動かない理由がこれだった ── Brattain がそれを実験的に確かめ、最後の数日でゲルマニウム上に二つの金接点を極めて接近させて配置する手作業の工夫を見出したことだった。

「Trans-Resistor」

名前は社内投票で決まった。Semiconductor Triode、Crystal Triode、Iotatron などが候補に並ぶなかで採用されたのが、Bell 研究所のエンジニア John R. Pierce が出した transistor だった。社内メモの説明によれば、この素子は varistor(バリスタ)の一族に属し、利得を持つ素子として transconductance ないし transfer impedance を備える ── varistor / thermistor と同じ語尾に trans- を冠した造語である。Pierce 自身は後年、この素子が持つ「トランス抵抗(transresistance)」から発想したと語っている。1948年6月30日の記者発表まで、研究所はこの発明を伏せていた。

最初のトランジスタは、現在の MOSFET から見れば極めて原始的だった。点接触型で動作は不安定、量産にも向かなかった。1948年初頭に Shockley が独自に構想した接合型(ジャンクション型)トランジスタが、商業展開に耐える設計となる。動作する接合型が作られたのは1951年、量産は1950年代前半である。

三人で

1956年、Bardeen、Brattain、Shockley の三人にノーベル物理学賞が共同で授与された。三人の関係は、しかし、円満なものではなかった。

Shockley は、点接触型の装置そのものの発明には直接関与していなかった。彼が1945年に提案した「電界効果型」のアプローチは当時まだ動作していなかった。にもかかわらず、彼は世間への発表時に自分の業績を強く押し出した。Bardeen と Brattain は、これに長期にわたって不満を持ち、後に二人とも Bell 研究所を離れることになる。

Shockley は1955年に Beckman Instruments の一部門として Shockley Semiconductor Laboratory を設立し、1956年にカリフォルニア州マウンテンビューで操業を始めた。雇用された若手研究者たちは Shockley の管理職としての困難な性格に耐えかね、1957年に八人まとめて離脱し Fairchild Semiconductor を設立する。Fairchild からは1967年に Charlie Sporck が National Semiconductor の経営へ移り、1968年に Robert Noyce と Gordon MooreIntel を、1969年に Jerry Sanders が AMD を興した。後に「シリコンバレー」と呼ばれる地理的な集積は、Shockley が選んだこの土地から始まった。

微細化の八十年

最初のトランジスタは高さ半インチ(約1.3センチ)、ゲルマニウムの小片と金箔とプラスチックの楔からなる手作業の装置で、増幅率は約100倍だった。

2026年現在、TSMC が量産する最先端は 2 ナノメートル世代(N2、2025年第4四半期に量産開始)である。ただしこの「2nm」は世代の呼称であって物理寸法ではない ── 一世代前の N3 でもゲートピッチは 45〜48 ナノメートル、物理ゲート長は一桁ナノメートルの後半にとどまる。実装側では、NVIDIA の Blackwell GPU が2つのダイに合計 2080 億個のトランジスタを載せている(同社発表値)。1947年の一個から、およそ11桁である。

ムーアの法則と呼ばれる経験則は、1965年の原論文では毎年、1975年の Moore 自身による改訂では二年ごとに集積度が倍になるという予測だった。広く流通する「十八ヶ月」は Moore の数字ではなく、クロック向上を含めたチップ性能の倍加周期として Intel の David House が述べたものである。

よくある質問

トランジスタの発明は12月16日と12月23日のどちらですか。
両方が使われます。John Bardeen と Walter Brattain がゲルマニウムの点接触型で増幅に成功したのが12月16日、研究所の管理職へ実演したのが12月23日です。本サイトは実演の12月23日を日付としています。
トランジスタでノーベル賞を受けたのは誰ですか。
John Bardeen、Walter Brattain、William Shockley の3人が1956年のノーベル物理学賞を共同受賞しました。

出典

  1. 一次資料The Nobel Prize in Physics 1956 — NobelPrize.org

    取得日: 2026-08-03

  2. 三次資料History of the transistor — Wikipedia

    取得日: 2026-08-03

最終更新:

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