人物 :: PERSON
リーナス・トーバルズ
Linux カーネル(1991年)の作者であり、現在もリリースに署名する最終マージャを務める。フィンランド・ヘルシンキ大学で計算機科学を修めた後、1997年に米国へ移住。BitKeeper の無償ライセンスが失われた2005年には Git を10日で書き上げ、分散バージョン管理を世界標準にした。ACM チューリング賞は受けていないが、2012年ミレニアム技術賞(山中伸弥と共同)、2014年 IEEE Computer Pioneer Award を受けている。

プロフィール
- 生年
- 1969
- 存命
- 存命
- 在世
- 1969–
- 関連事象
- 03
- 名称
- ENLinus TorvaldsJAリーナス・トーバルズ
リーナス・ベネディクト・トーバルズ(Linus Benedict Torvalds、 1969年12月28日生)は、 Linux カーネル を1991年に書き、 35年経った現在もリリースに署名する最終マージャを務めるフィンランド系米国人のソフトウェア技術者である。 2005年には ── これも自分自身の必要のために ── 分散バージョン管理システム Git を10日ほどで書き上げた。 ACM チューリング賞こそ受けていないが、 ミレニアム技術賞(2012年、 山中伸弥と共同)と IEEE Computer Pioneer Award(2014年)を受けている。
統計学者の祖父がくれた VIC-20
トーバルズは1969年12月28日、 ヘルシンキで生まれた。 両親はジャーナリスト、 祖父 Leo Törnqvist はヘルシンキ大学の統計学者で、 Commodore VIC-20 を孫に与えた。 これがトーバルズ最初の計算機である。 中学・高校時代の大半を VIC-20 と、 後の Sinclair QL(Motorola 68008)の上で BASIC とアセンブラを書いて過ごした。
1988年、 ヘルシンキ大学に入学し計算機科学を専攻。 1989年夏にフィンランド海軍の Nyland 旅団に入り、 11か月の士官教育課程を経て少尉に任官、 砲兵観測要員として務めたのち大学に戻る。 1991年1月5日に Intel 80386 の PC 互換機を割賦で購入した。 これが Linux が書かれた機械である。
1991年8月25日、 トーバルズは comp.os.minix ニュースグループに「I'm doing a (free) operating system (just a hobby, won't be big and professional like gnu)」と投稿する。 この自己卑下した宣言の全文と反響は イベントの記事 にある。
1990年代に Tove Monni(フィンランド空手の国内選手権6回優勝者)と結婚、 娘が3人いる。 1997年に米国シリコンバレーへ移住し、 Transmeta に入社した。 Transmeta は低消費電力の x86 互換プロセッサを作った会社で、 VLIW のコアの上に「Code Morphing」と呼ぶソフトウェア層を置き、 x86 命令を実行時に変換する構成をとっていた。 2003年に Transmeta を離れ、 オープンソース開発研究所(OSDL、 後の Linux Foundation)を通じて、 ベンダー中立な立場でカーネル開発に専従する体制が整う。
386機のホビーが GNU と組んだ
Linux カーネル(1991年 ──)
カーネルはトーバルズ自身の386機上のホビープロジェクトとして始まり、 GNU プロジェクト(Richard Stallman の GNU ツール群)と組み合わさることで、 完全なフリーソフトウェア OS の土台となった。 GPL への移行は1992年2月1日に発効し、 コピーレフトが結果的に、 これを単一のベンダーが囲い込むことを不可能にした。
Linux はその後 Web サーバ、 携帯端末(Android)、 組込み機器、 2017年11月以降は TOP500 スーパーコンピュータの全機、 そしてクラウド基盤の大半で動いている。
規模がそのまま彼の職責の重さである。 2026年のカーネルツリーは 4,300万行を超え、 約10週間の一リリースサイクルで数千件規模のパッチが取り込まれる。 kernel.org は mainline、 stable、 そして6本の longterm ブランチを同時に抱えている。 最終的なマージを行いリリースタグを打つのは、 いまも彼一人である。
Git(2005年 ──)
2005年4月、 2002年以来 Linux 開発が依存してきた BitKeeper の無償ライセンスが取り消された。 きっかけは Andrew Tridgell が、 無償版では見せない改訂メタデータを取り出すクライアントを作ったことである。 トーバルズは4月3日に設計を始め、 4月7日に最初のコミットを打ち、 4月16日にはカーネルツリーそのもの ── 6,718,755行 ── を一つのコミットとして取り込んだ。 Git 20周年に GitHub Blog に語った本人の要約は「it was about 10 days until I could use it for the kernel(カーネルに使えるようになるまで10日ほどだった)」。
設計の要は内容アドレス方式(content-addressable storage)だった。 最初の README は、 それが何を保証し何を保証しないかについて正確である ──「'git' itself only handles content integrity, the trust has to come from outside.(git 自体が扱うのは内容の完全性だけで、 信頼は外側から来なければならない)」。 トーバルズは2005年7月26日にメインテナ職を Junio Hamano に譲り、 以後戻していない。 詳細はイベントの記事 にある。
Rust 論争(2022年 ── 2025年)
Rust の初期サポートは2022年12月の Linux 6.1 にマージされた。 1991年以来 C とアセンブリだけで書かれてきたカーネルに、 二つ目の言語が入った瞬間である。 ベテランの C メインテナ(とりわけ DMA サブシステムの Christoph Hellwig)と Rust for Linux の側の緊張は、 2025年初頭に頂点に達した。
この2月のトーバルズの裁定は逆向きに紹介されることが多いので、 正確に引いておく。 敵対的なメインテナに対する公開の批判を擁護した Asahi Linux の Hector Martin に対し、 2月6日にはこう書いた ──「Technical patches and discussions matter. Social media brigading - no thank you.(技術的なパッチと議論こそが意味を持つ。 ソーシャルメディアでの集団攻撃は、 結構だ)」。 そして2月20日には、 メインテナの側にも同じ厳しさで線を引いている。
You can't have it both ways. You can't say "I want to have nothing to do with Rust", and then say the Rust code cannot use the C interfaces I maintain.
(両取りはできない。「Rust とは一切関わりたくない」と言っておきながら、「Rust のコードが私の保守する C のインタフェースを使うことは許さない」とは言えない)
Rust を読むことを強制されるメインテナはいない。 しかし自分の保守する C のインタフェースを Rust のコードが呼ぶことを止める権利もない ── これが裁定の中身である。 Martin は2025年2月13日に Asahi Linux のプロジェクトリードを辞任した。
受賞・栄誉
| 年 | 賞 |
|---|---|
| 2012年 | ミレニアム技術賞(フィンランド技術アカデミー)── Grand Prize が史上初めて分割され、 山中伸弥と共同受賞 |
| 2014年 | IEEE Computer Society Computer Pioneer Award |
| 2018年 | IEEE Masaru Ibuka Consumer Electronics Award |
ACM チューリング賞は2026年現在まで受賞していない。
Dunthorpe から、 カーネルにフルタイム
トーバルズはオレゴン州ポートランド郊外の Dunthorpe から、 Linux Foundation のフェローとしてカーネル開発をフルタイムで指揮している。 公の場への登壇は年数回程度で、 主な発信はカーネルのメーリングリストに限られる。
若いころの「flame mail」(公開メールでの罵倒)スタイルは明らかに改まった。 2018年9月16日、 4.19-rc4 のリリース告知とともに彼は謝罪し、 一時的にカーネル開発から離れている ──「My flippant attacks in emails have been both unprofessional and uncalled for.(メールでの私の軽率な攻撃は、 プロフェッショナルでもなければ、 必要でもなかった)」。 同じ時期にカーネルは行動規範を採択した。 変化は定着しており、 2025年の Rust 裁定は率直ではあっても個人攻撃を含まない。
BDFL の、 最も長く続いた実例
トーバルズは、 一個人が始めたものが世界の計算機基盤を書き換えうるという最も持続的な証明であり、 同時に「終身の慈悲深い独裁者」(BDFL、 Guido van Rossum が自称した用語)の最長の実例でもある ── 2018年に BDFL を降りた Guido とは対照的に、 トーバルズは35年経った現在も最終マージ権限を保持している。
そして彼は、 ほとんど偶然に、 残り全部を記録する道具のほうも書いてしまった。 サーバを動かすのが Linux で、 ソースを記録するのが Git である。 Microsoft Azure 上のゲスト OS の過半は Linux であり、 Microsoft は Windows Subsystem for Linux を出荷し、 2018年からは GitHub を所有している。 1991年のヘルシンキの学生部屋から始まったものが、 かつての最大の敵だった会社の主力製品の中に組み込まれている。
関連する出来事
出典
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