1989年3月T1

World Wide Web の提案 ── CERN

CERN(欧州原子核研究機構)のコンピュータエンジニア Tim Berners-Lee が、研究所内の文書共有問題を解決するためのハイパーテキスト情報管理システム「Information Management: A Proposal」を上司の Mike Sendall に提出した。Sendall は提案書の余白に「Vague, but exciting...」と書き残した。1991年に実装が公開され、世界初の Web サーバ・ブラウザ・HTTP・HTML がここから始まる。

メタデータ

日付
1989年3月
年代
1980s
Tier
T1
出典数
02
関連項目
01

World Wide Web の提案 ── CERN

1989年3月、CERN(欧州原子核研究機構)のソフトウェアエンジニア Tim Berners-Lee は、自分の上司である Mike Sendall に「Information Management: A Proposal」と題する一通の文書を提出した。

A4 サイズで20ページほど。CERN の研究者が直面する文書管理の問題 ── 研究者が頻繁に入れ替わり、装置の仕様書や論文や実験ノートが、個人ファイル、メインフレーム、独自データベースに散在し、誰も全体像を把握できない ── を解決するためのハイパーテキストシステムの提案だった。

Sendall は読み終えた後、提案書の余白に短いコメントを書き残した。

Vague, but exciting...

漠然としているが、面白い。

CERN という場所

なぜジュネーブ郊外の物理学研究機関で、Web が生まれることになったのか。

理由は二つある。

一つは、CERN が「世界で最も国際的に分散した知的協業」を実行している場所だったこと。LHC の前身、LEP 加速器(1989年運用開始)の実験には、世界二十数カ国から千名以上の物理学者が関わっていた。彼らは数年単位で CERN に滞在し、出身機関に戻り、また CERN に来た。情報が個人に貼り付いたまま消えていく問題は、CERN ではすでに切実だった。

もう一つは、CERN が大型計算機を多数持ち、複数の OS(VMS、UNIX、Mac OS など)が共存する、極めて異質な計算環境だったこと。「どの機械からでも、どの形式のドキュメントでも、リンクで辿れる」というシステムは、CERN にとって理論的な遊びではなく、現実の運用問題への解決策だった。

NeXTcube 上の実装

Sendall が提案を承認したのは、提案書から約一年後、1990年9月のことだった。承認の代わりに、Berners-Lee が新しく購入した NeXTcube(Steve Jobs が NeXT を経営していた時代のワークステーション)を「実験用」として使うことが許可された。

1990年10月から12月にかけて、Berners-Lee は次の四つを実装した:

  1. HTTP(HyperText Transfer Protocol)── クライアントとサーバ間でハイパーテキスト文書をやり取りする通信規約
  2. HTML(HyperText Markup Language)── 文書とリンクを記述するマークアップ言語
  3. URL ── ネットワーク上の任意のリソースを一意に指す文字列
  4. WorldWideWeb ── 世界初の Web ブラウザ(兼エディタ)

世界初の Web サーバ info.cern.ch は、その NeXTcube だった。本体には「This machine is a server. DO NOT POWER IT DOWN!!(このマシンはサーバーです。電源を切らないでください!!)」とテプラが貼られていたと伝えられる。そのテプラは、現在 CERN のミュージアムに保存されている。

商業化を拒否した決断

1993年4月30日、CERN は Web の技術仕様をロイヤリティフリーで公開することを公式に発表した。

これは、Web の歴史において最も重要な決断のひとつである。同時期、商業的なハイパーテキストシステム(Microsoft Word の OLE、IBM の Hyperwave 等)も提案されていた。もし CERN が Web をライセンス料を取って独占的に運営する道を選んでいたら、Web は別の技術 ── おそらくはより断片化された、より閉鎖的なネットワーク ── に置き換えられていた可能性が高い。

Berners-Lee 自身は、Web を商業化することに一貫して反対した。彼は1994年に MIT に移り、W3C(World Wide Web Consortium)を設立して標準化の主導者となる。2004年に英国女王からナイト爵位、2016年に ACM チューリング賞。

30 年後

2026年現在、Web 上には推定 50 億のユーザ、20 億以上のサイトが存在する。Berners-Lee が CERN で書いた最初の HTML 文書は、現在も info.cern.ch/hypertext/WWW/TheProject.html に保存され、世界中から閲覧できる。

Mike Sendall の「Vague, but exciting...」というコメントが書かれた提案書の原本は、CERN のアーカイブにある。彼は2018年に亡くなったが、人類史上最も控えめな「承認のサイン」のひとつとして、彼のあのフレーズは記録に残った。

出典

  1. 二次資料World Wide Web — Wikipedia

    取得日: 2026-05-23