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ティム・バーナーズ=リー
World Wide Web の発明者。CERN 在籍中の1989年3月に「Information Management: A Proposal」を提出し、1990年末までに HTTP、HTML、URL、最初のサーバ、最初のブラウザを実装した。1994年に MIT で W3C を設立。2016年 ACM チューリング賞。近年は分散型 Web の仕様 Solid と、それを商用化する Inrupt 社の CTO として、個人データの主権をユーザに戻す仕事を続けている。2025年に回想録『This Is for Everyone』を刊行した。

プロフィール
- 生年
- 1955
- 存命
- 存命
- 在世
- 1955–
- 関連事象
- 01
- 名称
- ENTim Berners-LeeJAティム・バーナーズ=リー
サー・ティモシー・ジョン・バーナーズ=リー(Sir Timothy John Berners-Lee、 1955年6月8日生)は、 World Wide Web の発明者である。 1989年から1991年にかけて欧州原子核研究機構(CERN)に在籍中、 HTTP、 HTML、 URL の命名体系、 最初の Web サーバ、 最初のブラウザを設計し実装した。 1994年に World Wide Web Consortium(W3C)を設立し、 Web 標準化の中核を担う。 2016年 ACM チューリング賞受賞。 近年は分散型 Web の仕様 Solid と、 それを商業化する Inrupt 社を通じて、 個人データの主権をユーザに戻す試みを続けている。
経歴
バーナーズ=リーは1955年6月8日、 ロンドン南西部に生まれた。 両親 Conway Berners-Lee と Mary Lee Woods はいずれも数学者で、 世界初の商用汎用電子計算機である Ferranti Mark 1 の開発に関わっていた。 「夕食の席でブール代数の話が出る」 家庭で育った、 と彼自身が語っている。
Emanuel School を経て1973年にオックスフォード大学クイーンズ・カレッジに入学、 物理学を専攻し1976年に学士号を取得。 在学中に古いテレビと Motorola M6800 で自作計算機を組み上げたことが知られる。
CERN への道は一直線ではなく、 途中の職歴はふつう省かれてしまう。
| 期間 | 職 |
|---|---|
| 1976-78年 | Plessey Telecommunications(Poole)技術者 |
| 1978-80年 | D. G. Nash(Ferndown)プログラマ |
| 1980年6-12月 | CERN 契約コンサルタント ── 文書間のリンクを記録する個人ハイパーテキストデータベース ENQUIRE を試作。 Web の精神的前駆 |
| 1981-84年 | John Poole's Image Computer Systems Ltd(Bournemouth)技術マネージャ ── リアルタイムの遠隔手続き呼び出し |
| 1984-94年 | CERN フェロー、 のち技術スタッフ |
| 1994年 ── | MIT。 W3C 設立と Director |
主な業績
World Wide Web の発明(1989-1991年)
1989年3月、 バーナーズ=リーは上司の Mike Sendall に「Information Management: A Proposal」 と題する内部提案書を提出した。 Sendall はこれを承認し、 余白に一行を書き残す。
Vague, but exciting
(曖昧だが、 面白い)
CERN が公開しているどちらの版にも、 この語句に省略記号(…)は付いていない。 コンマも落ちていない。 Sendall はさらに、 Steve Jobs が Apple を去った後に興した NeXT 社の新しいワークステーションを一台入れることを認め、 それを例のハイパーテキストの構想に使ってみてはどうか、 と勧めた。
1990年末までに、 バーナーズ=リーは HTTP、 HTML、 URL、 最初の Web サーバ(その NeXTcube 上で動いた info.cern.ch)、 そして編集機能も併せ持つ最初のブラウザ WorldWideWeb を作り上げていた。 より正式な管理職向けの提案書「WorldWideWeb: Proposal for a HyperText Project」は1990年11月12日付で、 こちらは Robert Cailliau との共著である ── 「単独で」という言い方に必要な留保はここにある。
1991年8月6日に alt.hypertext ニュースグループへ投稿し、 プロジェクトはインターネット全体から見えるものになった。 1993年4月30日、 CERN は WorldWideWeb ソフトウェアのソースをロイヤリティ無償で公開する。 対照例はその同じ年にあった ── ミネソタ大学が Gopher を専有ソフトウェアとし、 商用利用に課金すると宣言している。 経緯の全体はイベントの記事 にある。
W3C 設立(1994年)
1994年10月、 バーナーズ=リーは MIT に移り、 同 LCS(現 CSAIL)を本部とする W3C を設立した。 Mosaic が急速に普及し、 Netscape と Microsoft の「ブラウザ戦争」 が迫るなかで、 Web 標準を単一企業に握らせないための中立的な標準化機関を作る、 という明確な目的があった。
W3C は HTML 4.0(1997年)、 XML(1998年)、 CSS 2(1998年)、 HTML5 勧告(2014年)を出し、 現在も WebAssembly、 Web Components、 WebRTC などの仕様の場である。 バーナーズ=リーは1994年から Director を務め、 現在は Emeritus Director(名誉ディレクター)であり、 創設者かつ理事会の名誉メンバーである。
Solid と Inrupt(2015年 ──)
MIT で始まった Solid(Social Linked Data)は、 現行 Web の集中型データ集積に対する代案である。 個人データは各人が選んだ Pod(Personal Online Datastore)に置かれ、 アプリケーションはその Pod に対して読み書きの許可を求める。 RDF、 SPARQL、 OAuth、 WebID といった既存の Semantic Web 系技術を組み直して構築されている。
2018年9月30日、 彼は Solid を企業・政府向けに展開する Inrupt を発表し、 その CTO を務めている。 2025年3月の Financial Times 寄稿で、 AI エージェントのあるべき配置についてこう書いた(Inrupt が引用している)。
The next level is to make these data insights accessible to everyone via artificial intelligence agents. But in order not to repeat the worst mistakes of the social media era, we need to make sure these agents really work for you.
(次の段階は、 こうしたデータからの洞察を AI エージェントを通じて誰もが使えるようにすることだ。 ただしソーシャルメディア時代の最悪の失敗を繰り返さないためには、 そのエージェントが本当に「あなたのために」働くことを確かめておかねばならない)
Inrupt が何を作っているのかについては、 同じ寄稿でこう述べている ──「I co-founded Inrupt to build a data wallet on top of Solid that can store everything from your driving license to photos to medical data.(運転免許証から写真、 医療データまでを収められるデータウォレットを Solid の上に作るため、 私は Inrupt を共同創業した)」。
受賞・栄誉
| 年 | 栄誉 |
|---|---|
| 1992年 | ACM Software System Award |
| 2001年 | 王立協会フェロー |
| 2002年 | 日本国際賞 |
| 2004年 | 大英帝国勲章 KBE(ナイト) |
| 2004年 | ミレニアム技術賞 ── 初回受賞者 |
| 2007年 | メリット勲章(OM、 在世時24名のみ) |
| 2007年 | Charles Stark Draper Prize |
| 2012年 | ロンドン五輪開会式に NeXT 機の前で登場し、「This is for everyone」 をその場でツイート(観客約8万人) |
| 2013年 | Queen Elizabeth Prize for Engineering(Vint Cerf、 Bob Kahn、 Louis Pouzin、 Marc Andreessen と共同) |
| 2016年 | ACM チューリング賞 ──「For inventing the World Wide Web, the first web browser, and the fundamental protocols and algorithms allowing the Web to scale」 |
| 2022年 | ソウル平和賞 |
現在の活動
バーナーズ=リーは Inrupt の CTO であり、 W3C の Emeritus Director、 MIT の Emeritus 3Com Founders Professor of Engineering(CSAIL 兼任)、 そして2016年からオックスフォード大学計算機科学科の教授(Christ Church の Honorary Student)でもある。 米国マサチューセッツ州と英国を行き来する生活で、 2014年に Rosemary Leith と結婚した。
2025年9月、 Stephen Witt との共著で回想録『This Is for Everyone: The Unfinished Story of the World Wide Web』(Farrar, Straus and Giroux)を刊行した。 題名は2012年のツイートから採られている。 この本と周辺のインタビューで彼が繰り返している認識は、 Web は壊れたのではなく、 その一部が利用者に不利な方向へ最適化されてしまった、 というものである ── 広告収益に依存するソーシャルプラットフォーム、 アルゴリズムによる怒りの増幅、 プラットフォーム企業による個人データの収奪。 これらを1989年の提案書の精神に対する裏切りとみなし、 Solid をその構造的な応答として位置づけている。 暗号資産の文脈で「Web3」 と称される運動とも意識的に距離を取っており、 自身の構想の基礎は Linked Data と分散認証であってブロックチェーンではない、 と繰り返し述べている。
影響
バーナーズ=リーが1989年から1991年にかけて行ったことは、 個人による発明としてほとんど比類がない。 TCP/IP は Vint Cerf と Bob Kahn の共同作業であり、 UNIX は Thompson と Ritchie の共同作業である。 これに対して最初の HTTP、 HTML、 URL の仕様は彼一人の手によるもので、 Cailliau が加わるのは1990年11月の正式な提案書とその後の普及活動からである。 1993年に CERN がソフトウェアをロイヤリティ無償で公開した決定と組み合わさり、 結果として21世紀の情報基盤の根幹が、 特許も使用料もなく共有財として残ることになった。
「This is for everyone」 ── 2012年のロンドン五輪で NeXT 機から送られたツイート ── は、 開会式の演出である以前に、 1993年の CERN の決定そのものを一行に要約している。 2020年代の Solid/Inrupt の仕事と、 その一行を表題に借りた回想録は、 同じ人物による同じ問題への二度目の応答である。
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