人物 :: PERSON
スティーブ・ジョブズ
Apple の共同創業者。1976年に Steve Wozniak と Ronald Wayne とともに Apple Computer を設立し、Apple II、Macintosh、iMac、iPod、iPhone、iPad と続く製品系譜の中心人物となった。1985年に Apple を追われ、NeXT と Pixar を経営したのち、1997年に Apple へ復帰した。膵神経内分泌腫瘍により2011年に死去。

プロフィール
- 生年
- 1955
- 没年
- 2011
- 在世
- 56 年
- 関連事象
- 06
- 名称
- ENSteve JobsJAスティーブ・ジョブズ
スティーブ・ジョブズ ── Apple を二度作った男
スティーブ・ジョブズ(Steven Paul Jobs、 1955年2月24日 ── 2011年10月5日)は、 Apple の共同創業者であり、 パーソナルコンピュータ、 デジタル音楽、 スマートフォン、 タブレットという四つの市場形成を、 同一人物として主導した稀有な経営者である。 1976年に Steve Wozniak、 Ronald Wayne と Apple Computer を起こし、 Macintosh の発表(1984年)、 初代 iPhone の発表(2007年) に至る製品系譜の中心に立った。
その経歴は二度の Apple ── 1976年から1985年までの「創業期」と、 1997年から2011年までの「復帰期」 ── に分割される。 間の12年は NeXT と Pixar の経営にあてられ、 これが後年の Apple 再生のための助走となった。
出自と Apple 創業
ジョブズは1955年、 サンフランシスコでシリア人移民の父と米国人の母のもとに生まれ、 直後に Paul Jobs と Clara Jobs に養子に出された。 カリフォルニア州マウンテンビュー、 後のシリコンバレー中心部で育つ。 1972年に Reed College に入学するも一学期で退学、 構内の書道講座を聴講して得た文字感覚が、 のちの Macintosh のタイポグラフィに反映された ── というのは2005年スタンフォード卒業式講演で本人が語った逸話である。
1974年、 ジョブズは Atari に技術者として勤務し、 ボードゲーム機「Breakout」の回路設計を依頼された際、 友人の Steve Wozniak に大半を実装させた。 1976年4月1日、 Wozniak、 Ronald Wayne とともに Apple Computer Company を設立。 同年発売の Apple I、 翌1977年の Apple II が中流家庭にコンピュータを届け、 パーソナルコンピューティング市場の最初の波を作った。
1980年12月の Apple 株式公開でジョブズは25歳にして2億ドル超の資産を得る。 1984年1月、 初代 Macintosh の発表 ── スーパーボウル放映の「1984」CM ── は、 GUI と 3.5インチフロッピーを搭載した一体型機を米国家庭の前に並べた。
追放、 NeXT、 Pixar
1985年、 ジョブズは社内権力闘争に敗れる。 CEO の John Sculley(前 PepsiCo 社長、 ジョブズ自身が招いた人物)との対立が決定的となり、 取締役会はジョブズから経営権を剥奪、 同年9月に退社した。 当時30歳。
退社後、 ジョブズは即座に NeXT, Inc. を設立。 ワークステーション NeXT Cube(1988年)と NeXTSTEP オペレーティングシステムを開発した。 NeXT は商業的には失敗(出荷台数は累計5万台程度)に終わるが、 NeXTSTEP は CERN で Tim Berners-Lee が World Wide Web の最初の実装(1989年提案) に使用したことで、 計算機史に名前を残す。
並行してジョブズは1986年、 George Lucas から Lucasfilm のコンピュータグラフィックス部門を1000万ドルで買収し、 Pixar Animation Studios として独立させた。 1995年の『Toy Story』が大ヒット、 同年の Pixar IPO によってジョブズは初の「ビリオネア」となった。 2006年に Pixar は Disney に74億ドルで売却され、 ジョブズは Disney の筆頭個人株主かつ取締役となる。
Apple 復帰と iPhone への道
1996年12月、 Apple は次世代 OS 開発の失敗から立ち直れず、 NeXT を約4億2900万ドルで買収。 これによりジョブズが Apple に戻り、 1997年9月に「暫定 CEO」(iCEO)に就任した。
復帰後の改革は短期間で実施された。 製品ラインを大幅に整理(4象限戦略 ── デスクトップ/ノート × 一般/プロ)、 1998年に iMac G3、 2001年に Mac OS X(NeXTSTEP の系譜)、 同年10月に iPod、 2003年に iTunes Music Store ── 矢継ぎ早の刷新で Apple は息を吹き返した。
そして2007年1月9日、 サンフランシスコの Macworld Expo で 初代 iPhone を発表。 マルチタッチ画面、 物理キーボード排除、 モバイル Safari ── スマートフォン市場の前提を書き換えた。 2010年には iPad が登場、 タブレット市場を確立する。
経営手法と批判
ジョブズの仕事には強烈な「現実歪曲フィールド」 ── 不可能を可能と言い続ける説得力 ── と、 同時に攻撃的な人事マネジメントが共存した。 同僚を公然と罵倒し、 自分の発想を「拝借」して提示する癖は、 元同僚やジャーナリストの証言に繰り返し登場する。 Walter Isaacson による公式伝記『Steve Jobs』(2011年)は、 ジョブズ本人の協力のもと、 この側面も率直に記録している。
経営面の批判として、 (1) Apple 製品のサプライチェーンにおける労働環境(特に Foxconn 中国工場での自殺・労働時間問題)、 (2) ストックオプションのバックデート問題(2006年に SEC が調査)、 (3) 慈善活動への極端な無関心(Apple 復帰後に既存の慈善プログラムをすべて停止)、 が頻繁に取り上げられる。
病と死
2003年10月、 ジョブズは膵神経内分泌腫瘍(pNET、 比較的予後の良い稀少癌)と診断される。 手術を勧められるが、 約9ヶ月にわたって食事療法・代替療法を選択し、 2004年7月にようやく手術を受けた。 この遅延が予後に与えた影響については医学的議論があるが、 ジョブズ自身は後年「最大の後悔」と Isaacson に語っている。
2009年に肝移植を受け一時的に活動を再開するも、 病状は進行。 2011年8月24日に CEO を辞任、 Tim Cook が後任となる。 同年10月5日、 56歳で死去。 公式死因は呼吸停止、 基礎疾患は転移性膵神経内分泌腫瘍。
影響
ジョブズが残した Apple は、 2018年に時価総額1兆ドル、 2022年に3兆ドル ── 世界初の3兆ドル企業 ── となった。 死後10年以上経過した2026年現在も、 iPhone・iPad・Mac の製品形式はジョブズ期の DNA を保つ。 Apple Silicon M1(2020年) のような大胆なアーキテクチャ転換 ── PowerPC から Intel、 そして自社設計 ARM へ ── も、 ジョブズ流の垂直統合思想の延長にある。
毀誉褒貶の激しい経営者だが、 「コンピュータを大衆製品にし、 大衆製品を欲望の対象にした」という事業実績そのものは、 二度の Apple を通じて二度証明されている。
関連する出来事
- 1984年1月24日Macintosh 発表 ── GUI の大衆化Apple が Macintosh を発表。Xerox PARC で発明されたグラフィカルユーザインタフェース(ウィンドウ・アイコン・マウス)を、2495 ドルという大衆向け価格帯で一般消費者に届けた。前年の Lisa が商業的に失敗した経験から、シンプルさと拡張性のバランスを大胆に「シンプル側」へ寄せた製品。1984年の Super Bowl で放映された Ridley Scott 監督の CM は、テレビ広告史にも刻まれた。
- 2001年3月24日Mac OS X 10.0 発売1985年に Apple を追われた Steve Jobs が NeXT で開発した NeXTSTEP(Mach マイクロカーネル + BSD UNIX)を、1996年の Apple による NeXT 買収を経て Mac OS の基盤に据え直した世代。1984年の Classic Mac OS から決別し、UNIX 系の堅牢性とプロセス分離を Mac にもたらした。後の Aqua UI、iOS、macOS の出発点。
- 2007年6月29日初代 iPhone 発売2007年1月の Macworld で Steve Jobs が発表した iPhone は、半年後の6月29日に米国で発売された。物理キーボードを排し、静電容量式マルチタッチと OS X 派生のソフトウェアを電話に据えたこの機械は、後に「スマートフォン」と呼ばれる製品カテゴリ全体の文法を書き換えることになる。
- 2008年7月10日App Store 開設iPhone OS 2.0 と同時に開設された App Store は、約500本のアプリケーションとともに公開された。Apple が公式に承認する流通網を介して開発者がソフトウェアを配信し、収益を 7:3 で分け合う仕組みは、その後の十数年にわたるモバイル経済の根幹を作った。初代 iPhone 発表時に Steve Jobs が示したのは「Web アプリだけで充分」というものだったが、わずか一年半後には、その方針は静かに撤回されたことになる。
- 2010年6月24日iPhone 4 発売 ── Retina ディスプレイと「Antennagate」326ppi の高解像度パネルを「Retina ディスプレイ」と名付け、人間の視力では個々のピクセルを判別できないとうたった。デザインは前面・背面ガラス、側面ステンレスへと一変し、現在まで続く iPhone の造形言語の原型となった。一方、その側面ステンレス枠がアンテナを兼ねていたため、握り方によって信号が落ちる「Antennagate」騒動を引き起こし、Apple 史上最も派手な PR 失敗の一つとなった。
- 2011年10月14日iPhone 4S と Siri ── ジョブズ最後の発表デュアルコア A5、800万画素カメラ、そして音声アシスタント Siri。発表会の翌日、10月5日に Steve Jobs が他界し、iPhone 4S は事実上、彼の遺品となった。Siri は買収した SRI 発のスタートアップ技術をベースとし、自然言語によるスマートフォン操作という発想を主流に押し出した。