T1
Microsoft 設立

メタデータ
- 日付
- 年代
- 1970s
- Tier
- T1
- 出典数
- 11
- 関連項目
- 02
1975年1月号の『Popular Electronics』は、表紙に MITS の Altair 8800 を載せた。個人が所有できるマイクロコンピュータ ── キット397ドル、組立済498ドル。Paul Allen はこの号をハーバードスクエアの売店で買い、ハーバード大学2年生の Bill Gates のところへ持っていった。その時の Allen の言葉を、Gates は後にこう再現している ──「俺たちはここで凍え死にそうになっているのに、革命は俺たち抜きで起きてしまった」。
予行演習としての Traf-O-Data
二人は既に一度、会社をやっていた。Traf-O-Data ── Gates と Allen がシアトルのレイクサイド校にいた頃に Paul Gilbert と組んだパートナーシップである。道路の交通量計測器が紙テープに打ち出す車軸数とタイムスタンプを読み取り、交通技術者向けのレポートに変換する事業だった。Gilbert が Intel 8008 を中心にマイクロコンピュータを組み、Gates と Allen がソフトウェアを書いた。多少の売上を上げたが、ワシントン州が市町村に同じ処理を無償提供しはじめたことで終わった。
事業そのものより重要なのは、そこにあった一つの手口だ。ハードウェアが完成する前にソフトウェアを書いて試すため、Allen はワシントン州立大学の PDP-10 上に 8008 をエミュレートするプログラムを書いた。3年後、同じ手を規模を上げてやったものが、Microsoft の最初の製品になる。
Aiken ラボの8週間
Gates と Allen は MITS に電話をかけ、Altair 用の BASIC を売り込んだ。MITS は「動くものを見せてほしい」と答えた。二人は Altair を持っておらず、実機に触ったこともなかった。
持っていたのはアクセス権である。Gates は学部生の身でハーバードの PDP-10 ── Aiken 計算研究所の「Harv-10」、実質的に大学院生用の機械 ── を使う許可を取り付けていた。2025年2月にハーバードで語ったところによれば、「ここには誰も管理していない大きなコンピュータがあって、学部生なのに教授のところへ行った。おかしな話だが、その大学院用のコンピュータを使う許可をもらった」。Intel 8080 の仕様書を頼りに、二人は PDP-10 上に 8080 エミュレータを作り、その上でインタプリタを書いた。カリアハウスで Gates と同室だった Monte Davidoff が、食堂での夕食の席でこの計画の話になったのをきっかけに加わった。
請求書は後から来た。Davidoff の証言では、ハーバードの課金ソフトウェアが「学部2年生1人が機械を異常な割合で使っている」ことを検出し、案件はハーバード・カレッジの Administrative Board(懲戒委員会)に上がった。Gates いわく「彼らは呆れていた。電話をかけてきて『君は誰で、このコンピュータで何をしているんだ』と」。委員会は Gates の使用自体は認めたが、Allen をはじめ学外者にアクセスさせることを禁じた ── Allen はハーバードの学生ではなく、この PDP-10 には連邦政府の資金が入っていた。Gates はまた、インタプリタのより古いバージョンをパブリックドメインに置くことに同意した。三人が書き上げたばかりのものではなく。
Microsoft 自身の記述では、Gates と Allen が Altair BASIC を完成させ最初の顧客に売ったのが 1975年2月、Allen が MITS にソフトウェア部長として加わったのが3月である。Allen は実機で一度も走らせないまま、紙テープを持ってアルバカーキへ飛んだ。動いた。4月7日、MITS の機関誌『Computer Notes』創刊号の見出しは「Altair BASIC – Up and Running」。7月にバージョン 2.0 として、4K 版と 8K 版が出荷された。
「1975年設立」とは何を指すのか
Microsoft は自社の創業を1975年としており、慣例的な日付は4月4日である。だが会社は段階的に形になったもので、書類は実務に何年も遅れて追いついた。
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 1975年7月22日 | Gates と Allen が MITS と BASIC のライセンス契約に署名。Microsoft 自身の記述によれば、この時点で社名はまだ決まっておらず、パートナーシップも正式なものではなかった |
| 1975年7月29日 | Gates が Allen 宛の手紙で「Micro-soft」を使用。文献上確認できる最初の使用例 |
| 1976年11月26日 | 商号 Microsoft をニューメキシコ州務長官室に登録 |
| 1977年2月3日 | Allen と Gates の正式なパートナーシップ契約が締結される |
| 1979年1月1日 | 本拠をアルバカーキからワシントン州ベルビューへ移転 |
| 1981年6月25日 | ワシントン州で法人化。Gates が社長兼会長、Allen が執行副社長 |
1975年の年末売上は、Form 1065(米国パートナーシップ所得申告書)に記載されたところで 16,005ドルだった。
「ホビイストへの公開書簡」
BASIC のテープはホビイストの間で自由に出回り、代金を払う者はほとんどいなかった。Gates が書いた1ページの書簡は 1976年2月3日付である。Microsoft はこれを MITS の『Computer Notes』に最初に掲載されたものと記録している。Homebrew Computer Club のニュースレターは、マストヘッドに「Volume 2, Issue 1, 1976年1月31日」とある号の2ページ目にこれを転載した ── 編集者は、号の最終編集中に「Bill Gates から MITS 経由で届いた」もので、「我々がこれまで転載した唯一の MITS 製『ソフトウェア』」だと注記している。
論旨は道徳の前に算術から入る。
BASIC を使っていると言ってくる何百人もの人々からの反応は、すべて好意的だった。しかし驚くべきことが2つ明らかになっている。1) これらの「ユーザ」の大半は BASIC を買っていない(BASIC を購入した Altair 所有者は全体の10%未満だ)。2) ホビイストへの販売から我々が受け取ったロイヤリティを勘案すると、Altair BASIC に費やした時間は時給2ドル未満の価値しかない。
なぜこうなるのか。ホビイストの大半が承知しているとおり、あなた方の多くはソフトウェアを盗んでいる。ハードウェアには金を払わねばならないが、ソフトウェアは分け合うものだ、と。それを作った人間が対価を得られるかどうかなど、誰が気にするだろうか。
そして、この書簡が記憶されている一文 ── 海賊版は流通業者を傷つけるのではなく、良いものを書く理由そのものを消す、という主張が続く。
あなた方が実際にやっているのは、良いソフトウェアが書かれるのを妨げることだ。無報酬でプロの仕事をする余裕のある人間がどこにいる。3人年をプログラミングに注ぎ、すべてのバグを見つけ、製品を文書化し、それを無料で配布できるホビイストがどこにいる。……最も端的に言えば、あなた方がしていることは窃盗である。
締めくくりは、必ずしも苦々しいだけではない ──「10人のプログラマを雇い、良質のソフトウェアでホビイスト市場を溢れさせることができれば、これ以上嬉しいことはない」。署名は Bill Gates, General Partner, Micro-Soft。
BASIC を取り戻す
有名なのは書簡のほうだが、結果を決めたのは翌年の一手である。1977年11月18日、Microsoft は MITS の BASIC 独占ライセンスを解除し、8080 版と Z-80 版の提供を発表した。その2か月前には Commodore、Radio Shack、Texas Instruments から新型機を受け取っている。単一のハードウェアパートナーから解放されたことで、Microsoft は 8ビットマイクロを出荷するすべてのメーカーに同じインタプリタを売れるようになった ── この形は、1981年8月12日に IBM が MS-DOS 1.0 とともに Personal Computer を発表したとき、はるかに大きな規模で再演される。
売上の推移は、この判断の形をそのままなぞっている。1975年 16,005ドル、1976年 22,496ドル、1977年 381,715ドル、そして1981年 17,331,000ドル。
五十年後
2026年6月30日に終わった会計年度で、Microsoft の売上高は 3,318億ドル、純利益は1,337億ドル、従業員数は全世界で 223,000人である。
その間に何が起きたかは、このサイトの別項が扱っている ── Windows 95 の発売、そしてその四半世紀後の Windows 11。
そして Gates の1976年の主張 ── ソフトウェアに金を払うべきか、その著者は誰か、コードの著作権は何を覆うのか ── は、いまも論争の枠組みを規定し続けている。Apple App Store と Epic Games の訴訟、欧州のデジタル市場法、そして著作物を生成モデルの学習に使うことをめぐる現在の議論まで。賛同するか反論するかは別として、枠組みは彼のものである。
よくある質問
- Microsoft の設立日は1975年4月4日でよいのか
- Microsoft 自身が創業を1975年とし、慣例的な日付として4月4日を挙げている。ただし会社は段階的に形になったもので、MITS との BASIC ライセンス契約への署名は1975年7月22日、商号 Microsoft のニューメキシコ州への登録は1976年11月26日、正式なパートナーシップ契約は1977年2月3日、ワシントン州での法人化は1981年6月25日である。
- 創業者は誰か
- Bill Gates と Paul Allen の2人。二人はそれ以前にも、レイクサイド校時代の同級生 Paul Gilbert と組んで Traf-O-Data というパートナーシップを運営していた。
- 最初の製品は何だったのか
- Altair 8800 用の BASIC インタプリタである。二人は Altair の実機を持たないまま、ハーバードの PDP-10 上に Intel 8080 のエミュレータを書いてその上で開発した。Microsoft 自身の記述では、完成させて最初の顧客 MITS に売ったのが1975年2月である。
出典
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