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ARPANET 最初の通信

1969年の ARPANET 用 IMP(Interface Message Processor)── BBN 製
出典DARPA / U.S. Federal Government (Wikimedia Commons) · Public Domain · Commons で見る

メタデータ

日付
年代
1960s
Tier
T1
出典数
05
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1969年10月29日22時30分、UCLA の Boelter Hall 3420号室で、大学院生 Charley Kline は、手元の SDS Sigma 7 から、北の SRI(Stanford Research Institute)に置かれた SDS 940 にログインしようとしていた。向こう側で待っていたのは、同じくプログラマの Bill Duvall である。

打ち込みかけたのは「LOGIN」。L、O、と入力したところで、SRI 側のホストがクラッシュした。届いたのは「LO」だけだった。

それが、現在のインターネットの最初の通信として記録されている。

ARPA の構想

ARPANET は、米国国防総省の Advanced Research Projects Agency(ARPA、後の DARPA)の出資で構築されたパケット交換ネットワークだった。1962年に J. C. R. Licklider が ARPA に着任し、「Galactic Network」と彼が呼んだ構想 ── 地理的に分散した計算機を相互接続して、データとプログラムを共有できる単一の仮想空間にする ── を提示した。

当時、これは異端の発想だった。1960年代初頭のコンピュータは、それぞれが独立した「孤島」だった。ある機械で書かれたプログラムは、別の機械では動かない。データの転送は磁気テープを物理的に運ぶか、専用回線で一対一接続するかしかなかった。

Licklider の発想を実装可能なものに変えたのは、Paul Baran(RAND 研究所)と Donald Davies(英国 NPL)が独立に提案したパケット交換だった。データを小さな「パケット」に分割し、各パケットが独自に最適経路を選んで宛先に到達する。途中の中継ノードが壊れても、別の経路で届く。

核戦争を生き延びる通信網という要求は、Baran の RAND での研究には確かにあった。ただし、それが ARPANET 自体の目的だったという通説は、当事者が否定している。ARPA 長官だった Charles Herzfeld は後年、ARPANET は核攻撃に耐える指揮統制システムを作るために始めたものではないと明言した。動機は、高価で稀少な計算機資源を研究者どうしで共有することにあった。

四つの拠点

1969年9月、ARPANET の最初のノードである IMP(Interface Message Processor、専用ルータの先駆け)が UCLA に設置された。10月1日に SRI、続いて11月にカリフォルニア大学サンタバーバラ校、12月にユタ大学。四拠点がつながったのは12月5日である。

10月29日の試験は、UCLA と SRI の2ノードによる最初のホスト間通信だった。Kline と Duvall は電話をつないだまま、文字を一つずつ送っては受信できたかを口頭で確認していった。L、O と進み、G を送ったところで SRI 側の SDS 940 が落ちた。届いていたのは「LO」の二文字である。

Duvall がパラメータを調整して復旧させ、約一時間後に「login」全文の送信に成功した。

「LO」── 偶然の予言

この最初の試験で届いた「LO」という二文字は、後年しばしば象徴的に語られる。

「LO」── 英語で「見よ、ご覧」を意味する古い感嘆詞。「Lo and behold(見よ、驚くなかれ)」のあの LO。

この符合を最初に書き留めたのは、UCLA 側の責任教授であり Kline の指導者だった Leonard Kleinrock 自身である。彼は自身のサイトに残した記録で、l と o を送ったところでシステムが落ちた、ゆえにインターネット最初のメッセージは "lo"、"lo and behold!" の lo だった、と書いている。意図したわけではない。だが、その後の世界を変えることになるネットワークの最初の言葉が、たまたまそうなったというのは、後世のメディアが好む種類の偶然だった。

NCP から TCP/IP へ

ARPANET は、最初の数年間 NCP(Network Control Program)と呼ばれるプロトコルで動いていた。Vint Cerf と Bob Kahn が1974年5月の IEEE Transactions on Communications に発表した「A Protocol for Packet Network Intercommunication」が、複数のネットワークを相互接続するための設計である。この論文の TCP はまだ単一のプロトコルで、TCP と IP に分離されるのは1978年になってからだった。

移行手順は1981年11月の RFC 801(Jon Postel、NCP/TCP Transition Plan)に定められ、1983年1月1日に ARPANET は NCP から TCP/IP へ一斉に切り替えられた。この日は「Flag Day」と呼ばれる。それ以降が、「インターネット」と呼ばれる相互接続ネットワークの公式な開始点とされる。

ARPANET 自体は1990年に運用を終える。規模の頂点は1984年9月で、113ノードのうち68が軍用の MILNET として分離された。だがその間に、軍事研究ネットワークから大学研究ネットワーク(NSFNET、1985年開始)へ、そして商用ネットワークへと、相互接続の対象は拡張されていた。NSFNET の商用利用制限は1990年代初頭に段階的に緩められ、バックボーンへの連邦支援は1995年4月30日に終了して、商用 ISP のバックボーンに置き換わった。

1969年10月29日の「LO」は、その全ての出発点である。

よくある質問

ARPANET で最初に送られたメッセージは何か
「login」と打とうとして、届いたのは最初の2文字「lo」だけでした。三文字目で SRI 側のホストが落ちたためです。約一時間後に復旧し、全文が通りました。
その通信はいつ、どこからどこへ行われたのか
1969年10月29日22時30分、UCLA の Charley Kline が SRI の SDS 940 へ送りました。時刻は UCLA の IMP ログに記録が残っています。
ARPANET の最初の4拠点はどこか
UCLA、SRI、UC Santa Barbara、ユタ大学です。4拠点が揃ったのは1969年12月5日でした。

出典

  1. 一次資料Postel, J. (1981). RFC 801: NCP/TCP Transition Plan

    取得日: 2026-08-03

  2. 二次資料Brief History of the Internet — Internet Society

    取得日: 2026-05-23

  3. 三次資料ARPANET — Wikipedia

    取得日: 2026-08-03

最終更新:

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