T1
Google 設立

メタデータ
- 日付
- 年代
- 1990s
- Tier
- T1
- 出典数
- 10
- 関連項目
- 03
1998年8月、Sun Microsystems の共同創業者 Andy Bechtolsheim は、まだ存在しない会社「Google Inc.」宛てに10万ドルの小切手を切った。Google 自身の社史は、この小切手をもって会社が「正式に誕生した」と書いている。法的な手続きが追いついたのは9月4日で、Larry Page と Sergey Brin がカリフォルニア州で法人化を申請した。最初のオフィスは Menlo Park のガレージだった。
その時点で、検索エンジンそのものはすでに2年の歴史を持ち、Stanford のネットワーク上で一般に公開されていた。
Stanford の BackRub
Page と Brin は Stanford で出会い、1996年に BackRub という研究プロジェクトを始めた。発想の元は学術論文の引用分析である。重要な論文から多く引用される論文は、おそらくそれ自体が重要だ。これをウェブに当てはめると、リンクは引用になり、あるページの重要度は、そこへリンクしているページの重要度から推定できる。
プロジェクトはやがて名前を変える。.com レジストリの記録によれば、google.com のドメインは1997年9月15日に登録された。名前の由来について、2人は論文の中で「googol(10の100乗)の一般的な綴り」であり、超大規模な検索エンジンを作るという目標に合うからだと説明している。
1998年の論文「The Anatomy of a Large-Scale Hypertextual Web Search Engine」
設立時点の Google が何だったかを最もよく示す一次資料は、Brin と Page が1998年4月に学術誌 Computer Networks and ISDN Systems(第30巻、107–117頁)に発表した論文である。業界の状況にも、自分たちのシステムの内部にも、驚くほど率直に触れている。
論文は、少なくとも2400万ページの全文とハイパーリンクのデータベースを持つプロトタイプが google.stanford.edu で公開されていると書く。論文に記された主な数字は次のとおり。
| 項目 | 論文の数字 |
|---|---|
| 取得したページ | 2400万 |
| 発見した URL | 7650万 |
| 索引化したアンカー | 2億5900万超 |
| ピーク時のクロール速度 | 4台のクローラで毎秒100ページ超 |
| 2400万ページの索引化 | 1週間未満 |
| リポジトリ込みの総容量 | 108.7 GB |
競合への診断は手厳しい。ウェブで情報を探す人は、Yahoo! のような「人手で維持される高品質な索引」か検索エンジンから始めることが多い。だが人手のリストは主観的で、作るのも維持するのも高くつく。一方、キーワード一致に頼る自動検索エンジンは「低品質な一致を返しすぎる」。さらに一部の広告主は、すでに自動検索エンジンを欺こうとしていた ── と論文は書いている。
PageRank は実際にどう働いたか
PageRank はしばしば「Google のアルゴリズム」そのものとして語られるが、それは役割の過大評価である。1998年の論文で PageRank は、いくつかある手がかりの一つにすぎない。式自体は短い。
PR(A) = (1−d) + d (PR(T1)/C(T1) + … + PR(Tn)/C(Tn))
T1…Tn はページ A へリンクしているページ、C(T) はページ T から出ているリンクの数、d は減衰係数で、著者は「通常 0.85 に設定する」と書いている。直観的な説明として論文が挙げるのは、リンクをたどり続け、ときどき飽きて無作為なページへ飛ぶ「ランダムサーファー」である。
論文は PageRank と並べて、次の仕組みも説明している。
- アンカーテキスト:リンクの文字列を、リンク先ページの説明として使う。著者によれば、これによって実際にはクロールしていないページを結果として返すこともできた
- 近接度:検索語が文書中でどれだけ近くに現れるか
- 見た目の情報:大きな文字や太字の語を重く扱う
当時の代表的なディレクトリだった Yahoo! との違いは、何か一つの秘策ではなかった。これらの手がかりがすべて、ウェブ自身の構造から機械によって計算され、サイトを分類する人間の編集者を必要としなかったことにある。
論文が書いていた広告への警告
論文の付録 A「Advertising and Mixed Motives(広告と動機の混在)」は、今日読むと別の響きを持つ。著者は、広告というビジネスモデルの目標は利用者に質の高い検索を提供することと常に一致するわけではないと書き、広告で資金を得る検索エンジンは本質的に広告主の側へ偏り、消費者の必要から離れていくだろうと予想した。だからこそ、透明で学術の領域にある競争力のある検索エンジンが必要だ、と。
その2年後の2000年10月23日、Google は AdWords を始めた。キーワードに連動したテキスト広告を検索結果の横に表示する、セルフサービス型の広告プログラムである。発表は google.com での検索が1日2000万回を超えたと書いている。広告は検索結果の中ではなく右側に出たが、付録 A を書いた会社は広告で稼ぐ会社になった。
ガレージから Yahoo! の既定エンジンへ
法人化後の成長は、Google 自身のプレスリリースによく残っている。
- 1999年6月7日 ── Sequoia Capital と Kleiner Perkins Caufield & Byers が主導する2500万ドルの出資を発表。Michael Moritz と John Doerr が取締役に加わった。発表文は会社を「1998年9月設立」と書き、本社は Palo Alto となっている
- 2000年6月26日 ── 同じ日に二つの発表があった。Yahoo! が Google を「既定の検索結果プロバイダ」に選び、自社のディレクトリを補完させることになった。また Google は10億を超える URL を索引化したと発表した。内訳は全文索引が5億6000万ページ、部分索引が5億 URL で、自らインターネット最大の検索エンジンと称した
- 2000年10月23日 ── AdWords 開始
- 2004年8月19日 ── 1株85ドルで新規株式公開し、16.7億ドルを調達
転機は Yahoo! との契約である。1998年の論文が批判した人手のディレクトリが、自社の利用者のウェブ検索を、批判した側のエンジンへ流すことになった。
「設立日」が意味すること、しないこと
Google の始まりは複数の日付で語ることができ、しばしば混同される。
| 日付 | 出来事 | 出典 |
|---|---|---|
| 1996年 | Stanford で BackRub の研究が始まる | Google 社史、History of Google |
| 1997年9月15日 | google.com 登録 | .com レジストリの記録 |
| 1998年4月 | 論文がプロトタイプを記述 | Brin & Page |
| 1998年8月 | Bechtolsheim の10万ドルの小切手 | Google「Our story」 |
| 1998年9月4日 | カリフォルニア州で法人化を申請 | History、History of Google |
| 1999年6月7日 | Sequoia と Kleiner Perkins から2500万ドル | Google プレスリリース |
このページは、会社が法的に成立した1998年9月4日を採っている。検索エンジンもドメインも中核のアルゴリズムも、それより前から存在していた。
その後の Google
Gmail、Maps、Android、YouTube の買収、そして2020年代に検索結果の最上部へ生成 AI の要約を置いた AI Overviews ── これらは企業としての Google の歴史に属する。1998年に始まったのはもっと狭いものだった。ウェブの構造そのものが、その中身を知るための最良の手がかりであり、その構造は編集者よりも機械のほうがうまく読める ── 学術論文で示され、ガレージで事業になった主張である。
よくある質問
- Google はいつ設立されたのか
- 1998年9月4日に法人化された。基盤となった PageRank は、その2年前の1996年に Stanford 大学院で BackRub という研究プロジェクトとして始まっている。
- 創業者は誰か
- Larry Page と Sergey Brin である。設立当時は2人とも Stanford 大学院に在籍していた。
- 当時の他の検索エンジンと何が違ったのか
- ページ間のリンク構造(PageRank)をアンカーテキストなどの手がかりと組み合わせ、人手の分類に頼らずにランキングした点である。1998年の論文は当時の情報探索を「人手で維持される高品質な索引」(Yahoo!)と「キーワード一致に頼る自動検索エンジン」に二分し、後者は「低品質な一致を返しすぎる」と書いている。
出典
一次資料google.com — registration record (Verisign RDAP)
登録日 1997-09-15
最終更新: