人物 :: PERSON
セルゲイ・ブリン
Google 共同創業者。1998年の論文「The Anatomy of a Large-Scale Hypertextual Web Search Engine」の筆頭著者であり、Google の President、2015年から2019年までは Alphabet の President を務めた。2008年に自身が Parkinson 病の遺伝要因 LRRK2 G2019S 変異を持つことをブログで公表した。2019年12月に日常業務から退いたが取締役として残り、全議決権の25.3%を保持する。2023年以降は Gemini の開発に手を動かす立場で復帰している。

プロフィール
- 生年
- 1973
- 存命
- 存命
- 在世
- 1973–
- 関連事象
- 01
- 名称
- ENSergey BrinJAセルゲイ・ブリン
セルゲイ・ブリン(Sergey Mikhailovich Brin、 1973年8月21日 ── )は Google の共同創業者であり、 検索の設計を記述した1998年の論文の筆頭著者である。 Larry Page が会社の形と資本を担ったのに対し、 ブリンは一貫して技術側に立ち続けた。 2019年12月に Alphabet の President を退いたが、 その後 Google のオフィスに戻り、 Gemini の開発に手を動かす立場で加わっている。
経歴
モスクワ生まれ。 一家は1979年に米国へ移住し、 数学者だった父はメリーランド大学で教えた。 ブリン自身はメリーランド大学で数学と計算機科学の学士(high honors)、 Stanford 大学で計算機科学の修士を取得している ── 学歴の内訳は Alphabet が SEC に提出する委任状勧誘書類の取締役略歴欄に書かれている。 Stanford の博士課程は中断したまま戻っていない。
1998年の論文 ── 著者順の話
Web の被リンクを学術論文の引用に見立てるという着想は二人の共同作業だが、 それを記述した論文「The Anatomy of a Large-Scale Hypertextual Web Search Engine」(Computer Science Department, Stanford University)の著者順は Sergey Brin and Lawrence Page であり、 ブリンが先に立つ。 手法の特許(US 6,285,999)が Page 単独の発明として出願されたのと対になっており、 二人の役割分担は一言では書けない。 論文が何を主張したかは、 1998年の法人化の項に譲る。
Google / Alphabet における役職
委任状の略歴欄によれば、 ブリンは1998年9月から2001年7月まで Google の President 兼取締役会議長、 2001年7月から2011年4月まで President, Technology and Co-Founder、 2011年5月から2015年10月まで再び President、 2015年10月から2019年12月まで Alphabet の President を務めた。
Alphabet 期のブリンが担当したのは、 検索と広告から遠い側 ── 自動運転、 気球、 そしてウェアラブルである。 Google Glass は代表的な失敗として残った。 2025年5月20日の Google I/O で、 Demis Hassabis との対談に飛び入りしたブリンは、 Google Glass について多くの間違いを犯したと述べ、 家電のサプライチェーンについて何も知らなかったと認めている。
LRRK2 ── 自分のゲノムを公表した創業者
2008年9月18日、 ブリンは自身のブログ「too」に「LRRK2」と題した記事を書いた。 母親が長い誤診の末に Parkinson 病と診断されたこと、 当時妻が共同創業した 23andMe のデータで自分の生データを調べたことを述べたうえで、 こう書いている ── 「もちろん、 私は自分にとって非常に重要なことを知った。 私は G2019S 変異を持っており、 母がアカウントを確認すると、 母も持っていた」。 生涯発症率については「研究と測り方によって20%から80%のあいだのどこかだ」と、 幅をそのまま書いた。
科技経営者が自分の疾患リスクを公表した例として突出しているだけでなく、 記事の姿勢そのものが珍しい。 ブリンは確率を断定せず、 初期研究には小さな標本と選択バイアスがあると自分で断ったうえで数字を出している。 以後、 彼は Parkinson 病研究への出資者として知られるようになった。
2019年の退任と、 残った支配権
2019年12月3日、 ペイジとブリンは連名の書簡を出し、 「Alphabet と Google に、 もう二人の CEO と一人の President は要らない」として Sundar Pichai に両社の CEO を委ねた。 同時に「取締役、 株主、 共同創業者として引き続き積極的に関わる」と明記している。
2026年4月6日現在、 ブリンは1株10票の Class B 普通株を358,939,978株 ── 発行済 Class B の42.9% ── 保有し、 Alphabet 全体の議決権の25.3%を握る。 ペイジの27.4%と合わせると過半数になる。 2025年の取締役報酬は1ドルだった。
Gemini への復帰
退任の数年後、 ブリンは日常業務に戻った。 2025年5月20日の Google I/O では、 実質的に引退から戻って Gemini に関わっていること、 マウンテンビューのオフィスにほぼ毎日いること、 動画生成モデル Veo 3 のようなマルチモーダルの案件を手伝っていることを述べ、 こう言った ── 「計算機科学者たる者、 いま引退していてはいけない。 AI に取り組むべきだ」。
2025年12月7日には Stanford 大学工学部の創立100年記念行事の締めくくりに登壇し、 学生時代と Google 初期を振り返っている。 復帰の動機についてこの場で語った内容は各紙が報じたが、 大学側の公開記録には発言の逐語は残っていない。
影響
ブリンの位置づけは、 共同創業者としての持ち分よりも「戻ってきた」という事実にある。 1998年に検索の設計を書いた人物が、 27年後に生成 AI のモデル開発の現場に座り直した例は他にない。 DeepMind と Google Brain の統合、 Gemini の投入、 AI Overviews による検索そのものの書き換え ── 一連の局面で、 議決権の四分の一を持つ人物が現場にいるという事実は、 Alphabet の意思決定を理解するうえで無視できない。
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