1994年3月T1

Yahoo! ディレクトリ開設 ── スタンフォードの手動 Web インデックス

スタンフォード大学院の電気工学博士課程に在籍していた Jerry Yang と David Filo が、 1994年初頭から自分用に集めていたお気に入りリンク集を「Jerry and David's Guide to the World Wide Web」として公開し、 3月に「Yahoo!」に改名した。 階層分類された人手キュレーションのディレクトリ式索引で、 全文検索が未成熟だった Web の最初の地図となる。 1995年3月会社設立、 1996年4月の IPO で公開時価総額約8.5億ドル、 1998年には1日9500万ページビューを記録。 2000年代には Google のアルゴリズム検索に主役を奪われ、 2017年 Verizon が中核事業を約44.8億ドルで買収する形で独立企業としての歴史を終えた。

Yahoo! の2019年版ロゴ ── 紫色のワードマーク
出典Verizon Media / Pentagram (Wikimedia Commons) · Public domain (below threshold of originality; trademark applies) · Commons で見る

メタデータ

日付
1994年3月
年代
1990s
Tier
T1
出典数
04
関連項目
00

Yahoo! ディレクトリ開設 ── スタンフォードの手動 Web インデックス

1994年初頭、 スタンフォード大学電気工学博士課程の Jerry Yang と David Filo は、 研究の合間に「自分たちが面白いと思う Web ページのリンク集」を Stanford 内のサーバで公開していた。 当初の名前は「Jerry and David's Guide to the World Wide Web」。 1994年3月、 ふたりはこれを 「Yahoo!」 に改名する。 末尾の感嘆符を含む名前は、 「Yet Another Hierarchically Organized Oracle」の頭字語と説明されることが多いが、 ふたりは「単に語感が気に入った」とも語っている。

これは、 検索が未だ存在しなかった Web に、 最初の地図を持ち込んだ事件である。

1994年の Web ── 索引のない図書館

1994年の Web は、 まだ Tim Berners-Lee による1989年の提案からわずか5年。 サイト数は推定2700前後、 ページの総数は数十万のオーダー。 グローバルなクローラ型検索エンジンはまだ実用域ではなく、 WebCrawler が4月、 Lycos が7月にようやく登場する段階。

Yang と Filo の解は 「人手で分類すればよい」 だった。 Web ページを「Arts」「Business」「Computers」「Entertainment」「Government」「News」など14のトップカテゴリに分け、 さらに数層の階層に整理した。 各カテゴリの中はアルファベット順または手動の順序付け。 ユーザはカテゴリを掘っていって、 目的に近いサイト群に辿り着く ── 図書館の十進分類に近い構造である。

この設計は、 1994年の Web が「物量で破綻していない」サイズだから成立した。 数千サイトなら人間が分類できる、 という前提。

1995年 ── 会社化

Yahoo! のトラフィックは爆発的に伸びる。 1994年秋には1日数千ヒット、 1994年末には日次100万ヒットを記録。 Stanford のネットワーク帯域を圧迫し、 大学から「商用化するか出ていけ」と通告される。

1995年3月2日、 Yahoo! Inc. が正式に法人化。 同月、 Sequoia Capital が約200万ドルの初期投資を実施。 Yang と Filo は博士課程を休学(後に正式に離脱)し、 会社に専念する。 ドメイン yahoo.com は1995年1月18日に取得されていた。

同年中、 Yahoo Search の名でキーワード検索機能も追加されるが、 中核は依然として人手のディレクトリだった。

1996年4月 ── IPO

1996年4月12日、 Yahoo! は NASDAQ に上場。 公開価格1株13ドル、 IPO 当日の終値は約33ドル。 公開時価総額は 約8.48億ドル。 売上はまだ年間140万ドル程度、 利益は出ていない段階での時価総額として、 1990年代インターネット株ブームの象徴となる。

1998年時点の Yahoo! は、 名実ともに Web のフロントページ。 1日 9500万ページビュー を記録し、 当時の競合 Excite の約3倍。 株価は順調に上昇し、 2000年1月3日に 1株118.75ドル の歴史的高値を付ける(後の分割を遡及調整したベース)。 ピーク時の時価総額は約1250億ドル。

Google を買えなかった会社

Yahoo! の歴史で最も語られるエピソードがふたつある。

1998年: Stanford 院生時代の Larry Page と Sergey Brin が、 開発中の検索エンジン技術(後の Google)を Yahoo! に約100万ドルで売却しようとした。 Yahoo! は断る ── 自社のディレクトリ事業との競合になるという判断。

2002年: 既に Google が急成長していたタイミングで、 Yahoo! は買収を再検討。 Google 側が提示した買収希望額は約50億ドルだったが、 Yahoo! は30億ドルしか出さないと回答。 交渉決裂。

この2回の判断は、 Yahoo! が「ディレクトリ事業者」であって「検索エンジン技術企業」ではないという自己認識から来た。 1998年から2004年まで、 Yahoo! は実は自社検索結果として Google の技術をライセンス使用 していた時期もある(2004年に独自検索 Yahoo Search Technology に切替)。

2000年代 ── アルゴリズム検索への敗北

2000年代を通して、 構図は急速に反転する。 Google の PageRank ベースのアルゴリズム検索は、 Web のスケール拡大に対して指数的に強かった。 Web ページ数が1995年の数十万から2008年には1兆を超えるオーダーへと膨張すると、 人手キュレーションは原理的に追随不可能になる。

Yahoo! は方針転換を繰り返す。 ポータル路線(メール、 ニュース、 ファイナンス、 スポーツ)、 メディア路線、 検索の自社開発、 Microsoft との検索提携(2009年〜、 Bing 採用)、 Tumblr 買収(2013年、 11億ドル、 のちにほぼ全額を減損)── どれも Google との差を縮められなかった。

2000年代後半には Marissa Mayer の CEO 就任(2012年)で再生が試みられるが、 広告売上は伸びず、 2016年7月に Verizon Communications がコア事業を 44.83億ドル で買収することで合意。 2017年6月13日に取引完了。 「Altaba」と改名された残された投資持株会社(主に Alibaba 株を保有)が、 元の上場法人として残った。

何を遺したか

Yahoo! が遺したのは、 「Web には地図が要る」という発見そのものだった。

1994年の Web は、 索引のない図書館だった。 Yang と Filo は、 「目的のページに辿り着くための入口」を発明し、 それをビジネスとして成立させ、 上場企業として10億ドル規模の時価総額に育てた。 のちに Google が PageRank で塗り替えるのは、 「入口の作り方」の方法論であって、 「入口が要る」という事実そのものは Yahoo! が先に示した。

そして「人手キュレーション vs アルゴリズム」という対立軸は、 2020年代に AI 検索(Perplexity、 SearchGPT)が登場したことで、 もう一度問い直されている。 LLM が出典付きで「答え」を返す検索は、 ある意味で人手キュレーションへの回帰でもある ── 人ではなくモデルが、 結果を選別し編集する。 Yahoo! が1994年に始めた問いは、 まだ閉じていない。

出典

  1. 二次資料Yahoo! — Wikipedia

    取得日: 2026-05-25

  2. 二次資料History of Yahoo! — Wikipedia

    取得日: 2026-05-25

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