人物 :: PERSON
ラリー・ペイジ
Google 共同創業者、PageRank の発明者。手法の特許(US 6,285,999)は発明者を Lawrence Page 単独、譲受人を Stanford 大学として1998年に出願され2001年に成立した。Google の CEO を1998–2001年と2011–2015年の二期にわたって務め、2015年に持株会社 Alphabet を作って自らその CEO に移り、2019年12月に日常業務から退いた。2026年4月時点でも Alphabet 取締役であり、Class B 株を通じて全議決権の27.4%を保持している。

プロフィール
- 生年
- 1973
- 存命
- 存命
- 在世
- 1973–
- 関連事象
- 01
- 名称
- ENLarry PageJAラリー・ペイジ
ラリー・ペイジ(Lawrence Edward Page、 1973年3月26日 ── )は Google の共同創業者であり、 ウェブのリンク構造からページの重要度を推定する PageRank の発明者である。 経営者としての履歴は連続していない。 Google の CEO を1998年から2001年、 2011年から2015年の二度務め、 2015年に持株会社 Alphabet を作って自らそちらの CEO に移り、 2019年12月に日常業務から退いた。 それでも2026年4月現在、 Alphabet の取締役であり、 全議決権の27.4%を一人で握っている。
経歴
ミシガン州ランシング生まれ。 Michigan 大学で計算機工学を専攻して工学士、 Stanford 大学で計算機科学の修士 ── 学歴の内訳は、 Alphabet が毎年 SEC に提出する委任状勧誘書類の取締役略歴欄に書かれている。 Stanford の博士課程で Sergey Brin と組んだところから会社設立までの経緯は、 1998年の法人化の項に譲る。
PageRank ── 引用を検索に持ち込む
学術界には、 論文の重要度を被引用数で測る慣習が古くからある。 ペイジはそれをウェブに移した。 あるページの重要度を、 そこに張られたリンクの数と、 リンク元自身の重要度の再帰的な合成として定義する ── これが PageRank である。
論文と特許で名前の並びが違うのは、 この分野の細部としてしばしば取り違えられる。 1998年の論文「The Anatomy of a Large-Scale Hypertextual Web Search Engine」の著者順は Sergey Brin and Lawrence Page で、 ブリンが先に立つ。 一方、 手法の特許「Method for node ranking in a linked database」(US 6,285,999)は、 発明者を Lawrence Page 単独、 譲受人を Stanford 大学として1998年1月9日に出願され、 2001年9月4日に成立した。 会社設立からちょうど3年後の日付である。
二度の CEO 期
委任状の略歴欄によれば、 ペイジは1998年9月から2001年7月まで Google の CEO、 2001年7月から2011年4月まで President, Products、 2011年4月から2015年10月まで再び CEO を務めた。 1998年9月から2002年7月までは CFO も兼ねている。 二度目の CEO 期に Android、 Chrome、 YouTube が事業の柱に育ち、 同時に会社は検索と広告から遠い領域 ── 自動運転、 血糖値を測るコンタクトレンズを手がける Life Sciences、 長寿研究の Calico ── に手を伸ばした。 2015年の書簡がそれらを「far afield(本業から遠い)」と呼び、 Alphabet 側に置く例として挙げている。
Alphabet ── 器を作り替える
2015年8月10日、 ペイジは「G is for Google」と題した書簡で持株会社の設立を発表した。 「われわれは新しい会社、 Alphabet を作る。 有能な相棒である Sergey が President として支えてくれるなか、 Alphabet の CEO を務めることに本当にわくわくしている」。 同じ書簡で Google の CEO には Sundar Pichai を指名し、 社名については「アルファベットとは言語を表す文字の集まりであり、 人類でもっとも重要な発明のひとつで、 Google 検索が索引を作る中核でもある。 だからこの名前が気に入った」、 さらに「alpha-bet(alpha はベンチマークを超える投資収益)とも読めるのが気に入っている」と書いている。
設計思想は書簡の一文に凝縮されている ── 「Alphabet は、 強いリーダーと独立性によって事業が栄えることについての会社である」。 事業ごとに CEO を置き、 親会社は資本配分と人事だけを握る。 Waymo、 Wing、 Verily、 Calico が Google 本体の四半期決算に縛られずに済むのは、 この組み替えの結果である。
退任、 そして残った支配権
2019年12月3日、 ペイジとブリンは連名の書簡を出した。 Google を21歳の若者に見立てて、 「日々の経営に深く関わってこられたのは大きな特権だったが、 いまや誇らしい親の役 ── 助言と愛は与えるが、 毎日小言は言わない ── を引き受けるときだと考える」「Alphabet と Google に、 もう二人の CEO と一人の President は要らない」。 二人は「取締役、 株主、 共同創業者として引き続き積極的に関わる」と明記した。
その一文は形式ではない。 2026年4月6日現在、 ペイジは1株10票の Class B 普通株を389,051,160株 ── 発行済 Class B の46.5% ── 保有しており、 これは Alphabet 全体の議決権の27.4%にあたる。 ブリンの25.3%と足すと過半数を超える。 2025年の取締役報酬は1ドルだった。 日常の経営から退いた二人が、 議決権の上では依然として会社の最終決定者である。
退任後
その後のペイジは公の場にほとんど現れない。 出資先として知られたのは電動航空機の Kitty Hawk で、 Sebastian Thrun を代表に据えたが、 2022年9月21日に「Kittyhawk を畳むことにした。 次に何をするかは詰めている最中だ」との告知で活動を終えた(2019年に Boeing との合弁 Wisk Aero へ分離した自律型エアタクシー Cora は存続している)。 2025年3月には、 The Information が、 ペイジが Dynatomics という新会社で大規模言語モデルによる製造向け設計自動化に取り組んでいると報じた。 Kitty Hawk の元 CTO Chris Anderson が率いるとされるが、 ペイジ本人も同社も公式には確認していない。
影響
長く効いているのは、 リンクを引用として読むという一つの発想である。 それは検索結果の質を「人手で維持する索引」から引き剥がし、 ウェブ全体を計算の対象にした。 帰結として生まれた広告事業が、 Android、 YouTube、 DeepMind を買い支える資本になっている。
もうひとつは会社の形である。 2015年の Alphabet 化は、 検索会社が自動運転や創薬を同居させるための器の設計だった。 ペイジは2019年以降ほとんど発言しないが、 その器と議決権は残っている。
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