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Altair 8800 ── 雑誌の表紙から始まったパーソナルコンピュータ

展示台に置かれた Altair 8800。青い枠の前面パネルに並ぶトグルスイッチと LED
出典Maksym Kozlenko (Wikimedia Commons) · CC BY-SA 4.0 · Commons で見る ↗

メタデータ

日付
年代
1970s
Tier
T1
出典数
06
関連項目
03
Tags
#consumer#market#hobbyist

Altair 8800 は、米ニューメキシコ州アルバカーキの小さな会社 MITS(Micro Instrumentation and Telemetry Systems)が作った、Intel 8080 を載せたマイクロコンピュータである。世に出たのは電子工作誌『Popular Electronics』の1975年1月号で、表紙を飾り、誌面に組立記事が載った。記事の筆者は MITS の H. Edward Roberts と William Yates。多くは部品のキットとして売られ、買った人が自分ではんだ付けして組み立てた。キーボードも画面も無く、前面に並ぶスイッチでプログラムを入れ、LED の点滅で結果を読む ── それでも、個人が自分のコンピュータを持てるという一点で、この箱は大きな反響を呼んだ。

1975年1月号の誌面

表紙の見出しは「PROJECT BREAKTHROUGH!」。その下に「World's First Minicomputer Kit to Rival Commercial Models...」と続く。市販のミニコンピュータに匹敵する世界初のキット、というのは雑誌側の宣伝文句である。同じ号の編集後記の題は「THE HOME COMPUTER IS HERE!」で、家庭に手の届く価格のミニコンピュータの組立記事を載せることを誇らしげに告げている。

編集後記によれば、編集部はそれまでに3件のコンピュータ企画を、点滅する LED を眺めるだけの「デモ機」にしかならないとして断っていた。突破口になったのは、当時入手できた最高性能の1チップ CPU だと誌面が説明する Intel 8080 である。

組立記事「Altair 8800 Minicomputer, Part I」が示した仕様は次のとおり。

項目誌面の記述
CPUIntel 8080(8ビット並列)
アドレス16ビット。メモリは最大65,000ワードまで直接アドレス可能
標準メモリ256ワード
命令サイクル最小2マイクロ秒
基本命令78種(通常のミニコンピュータは40種と比較)
入出力入力256、出力256。すべて直接アドレス可能
操作前面パネルのスイッチで入力し、LED の2進表示で読む

記事は「Part I」で、続きは翌月号に載ると予告されていた。

価格

構成1975年1月号の価格
部分キット(基板と電子部品。ケース・スイッチ・電源なし)298ドル
完全キット(ケース・スイッチ・電源を含む)397ドル
組立・試験済み(90日保証付き)498ドル

いずれも送料は別で、注文先は MITS のアルバカーキの住所だった。誌面は、カラーテレビと同じ価格帯で、400ドルを切ると書いている。後年の資料には完全キット439ドル、組立済み621ドルという数字も見られるが、1975年1月号の記事そのものは上の表のとおりである。

表紙の機械

Computer History Museum の解説によれば、編集者 Les Solomon が記事を依頼した時点で、この機械はまだ完成しておらず、名前も決まっていなかった。雑誌は中身の無い筐体を撮影し、「Altair」という名前も雑誌側が選んだという。英国の Centre for Computing History は、試作機が運送会社のストライキで輸送中に失われたため、表紙の機械は急いで用意した代わりの箱だったと説明している。同じ団体は、この号が1974年のクリスマス前の週に店頭に並んだとしている。

注文の殺到

Computer History Museum は、表紙をきっかけに注文が押し寄せたと書く。同館が所蔵する1995年の Ed Roberts へのインタビューは、雑誌の記事で Altair が見込みをはるかに超えて売れ、予期しなかった何千件もの注文への対応に追われた経緯を扱っている。Centre for Computing History によれば、Roberts の当初の見込みは総計800台だったが、1975年2月だけで1,000件の注文が届いた。

同じインタビューで Roberts は、Altair の周りに生まれた「エコシステム」 ── 拡張ボードなどを作る人と会社の広いつながり ── についても語っている。メモリ、入出力、ディスクの拡張ボードが Altair のバスに挿さるように作られ、Altair は一台の製品というより、周辺機器の土台になった。

Altair から始まったもの

いちばんよく知られた波及は、ソフトウェアの側にある。Bill Gates と Paul Allen がこの機械のために BASIC を書き、それが Microsoft の創業 につながった。経緯はそのページに譲る。ダートマスで1964年に生まれた BASIC が、個人の手元の機械で動き始めた場面でもある。

ハードウェアの側では、2年後の1977年に、ケースを開けずに使え、テレビにつなげばカラーで表示する完成品の Apple II が登場する。スイッチと LED の箱から、買ってすぐ使える機械へ ── 個人向けコンピュータの形はそこから変わっていく。

MITS 自体は長く続かなかった。Computer History Museum の所蔵品解説によれば、MITS は1977年に Pertec に売却され、Altair の系列は短命に終わった。同館は Altair を、パーソナルコンピュータ革命の火付け役として広く認められている機械と紹介する一方で、それ以前にも自作の実験的なシステムは存在したが、Altair ほど広く普及したものは無かったと書いている。「最初のパーソナルコンピュータ」と限定なしに言うのではなく、「最初に広く行き渡ったコンピュータキット」と言うのが正確である。

8080 に至るマイクロプロセッサの流れは Intel 4004、企業については Intel と Microsoft、人物は Bill Gates、時代全体は ハードウェアの年表 と 総合年表 を参照。

よくある質問

Altair 8800 とは何ですか。
米国の MITS が作った Intel 8080 搭載のマイクロコンピュータで、『Popular Electronics』1975年1月号の表紙と組立記事で発表されました。キットで買って自分で組み立てる形が基本で、キーボードや画面は無く、前面のスイッチと LED で操作しました。
Altair 8800 の価格はいくらでしたか。
1975年1月号の記事では、ケース・スイッチ・電源を含む完全キットが397ドル、組立・試験済みが498ドル(90日保証付き)、基板と部品だけの部分キットが298ドルでした。後年の資料には439ドル・621ドルといった別の価格も見られます。
Altair 8800 と Microsoft の関係は。
Bill Gates と Paul Allen が Altair 8800 のための BASIC を書いて MITS に売り込んだことが、Microsoft の始まりです。詳しい経緯は Microsoft 創業のページにあります。
Altair 8800 は最初のパーソナルコンピュータですか。
限定なしに「最初」とは言えません。Computer History Museum は、Altair 以前にも自作の実験的なシステムはあったが、Altair ほど広く普及したものは無かったと説明し、最初に広まったコンピュータキットと位置づけています。

出典

  1. 一次資料Roberts, H. E. & Yates, W. (Jan 1975). Altair 8800 Minicomputer, Part I — Popular Electronics, Vol. 7 No. 1 (scan at World Radio History)

    表紙、編集後記、組立記事。Intel 8080、256ワード、78命令、2µs、256入出力、価格298・397・498ドル

    取得日: 2026-10-05

  2. 二次資料Computer in a Box: The Altair 8800 — Revolution, Computer History Museum

    最初に広まったコンピュータキット、注文の殺到、表紙の機械と命名の経緯

    取得日: 2026-10-05

  3. 二次資料Altair 8800 Microcomputer (X58.82) — Computer History Museum catalog

    取得日: 2026-10-05

  4. 三次資料Altair 8800 — Wikipedia

    取得日: 2026-10-05

最終更新:

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