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NEC PC-9801 ── 日本語を扱える16ビット機が「国民機」になるまで

メタデータ
- 日付
- 年代
- 1980s
- Tier
- T1
- 出典数
- 05
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PC-9801 は、NEC が1982年10月13日に発表した16ビットパソコンである。PC-9800シリーズの初代機で、このシリーズが「PC-98」あるいは「キューハチ(98)」と呼ばれた。PC-98 は約10年にわたって日本のビジネス用パソコンの標準であり、海外で IBM PC 互換機が占めた位置を日本で占めた。ただし設計は NEC 独自のもので、PC-98 用のソフトは IBM 互換機では動かなかった。シリーズは2003年9月30日に NEC が受注を終えるまで続いた。
初代 PC-9801 の価格は29万8000円だった。
初代 PC-9801 の構成
| PC-9801(1982年) | |
|---|---|
| 発表 | 1982年10月13日 |
| CPU | NEC 製 μPD8086(8086互換、5MHz) |
| 画像処理 | NEC 開発のグラフィック・ディスプレイ・コントローラ μPD7220 |
| メモリ | 128KB 内蔵、主記憶は最大640KB |
| フロッピーディスク | 外付け |
| 日本語 | JIS 第一水準の漢字 ROM をオプションで用意 |
| BASIC | NEC が自社開発した16ビットの N88-BASIC(8ビット機のプログラムと互換) |
| 価格 | 29万8000円 |
なぜ日本に16ビット機が必要だったか
情報処理学会のコンピュータ博物館は背景をこう説明する。ゲームやホビーを主な用途とした8ビットパソコンは、16ビットを必要とする日本語の文字コードを処理するには向かなかった。NEC の8ビット機 PC-8001・PC-8801 は国内で最も売れたパソコンであり、PC-9801 はその両方のソフト・ハードの資産を引き継ぎながら、一層の高速処理を実現する機械として、ビジネス市場に向けて開発された。
大河原克行氏による NEC の社史連載によれば、NEC の情報処理事業グループはパソコン参入にあたって二つの製品系列を用意した。一つは1981年7月発売のパーソナルターミナル N5200/05 で、アプリケーションも周辺機器も NEC がすべて開発する「閉じられた」路線だった。もう一つが PC-8001 のアーキテクチャーを継承し、アプリケーションと周辺機器の品揃えをサードパーティーに委ねる「開かれた」路線の PC-9800シリーズである。1982年のニュースリリースは、パソコンとしては国内最大の640キロバイト(最大拡張時)の主記憶を備え、N-BASIC や N88-BASIC で書かれた多数のプログラムをそのまま使えることを売り物にしていた。
互換性の実現は難しかった。NEC は PC-8001 の BASIC を開発した Microsoft に16ビット版の開発を打診したが、開発資源と時間が足りないとして断られ、16ビット対応の N88-BASIC を自社で完成させた。
ソフトを先に揃える
PC-98 を支配的にしたのはソフトの品揃えであり、NEC はそれを意図して作った。PC-9801 の出荷開始の1〜2か月前、約50社のソフトウェア会社に試作機を提供したのである。情報処理学会は、独立系ソフト会社(ISV)に開発機や技術資料を提供したことで販売初期から各種アプリケーションが揃ったと記している。同連載によれば、ソフトは1983年3月に200本、1984年3月に600本に達した。
販売も好調に滑り出した。年間目標7万台に対し、発売1か月で受注が1万台を超え、1983年3月には5万台に達した。1983年10月には、フロッピーディスク装置と JIS 第一水準漢字 ROM を標準で積み、MS-DOS を同梱した PC-9801F を発売する。シリーズの累計出荷は1987年3月に100万台、1989年2月に200万台を超え、その時点で16ビットパソコン市場の9割以上を占めていたと同連載は書いている。
仕組みは自己強化的だった。各社は独自の MS-DOS と独自のハードウェアを持ち、PC-9800シリーズ向けに作られたソフトや周辺機器は他社機では動かなかった。利用者はソフトの多い機種を選び、ソフト会社は台数の多い機種向けに作った。
互換機と「国民機」
圧倒的な地位は模倣を呼んだ。1987年3月13日、セイコーエプソンは98互換機 PC-286 を発表する。NEC は BIOS と ROM に類似点が多いとして4月7日に東京地裁へ製造・販売差し止めを求めて提訴し、エプソンは発表済みの機種の市場投入を取りやめた。エプソンは別のグループが開発したとする PC-286 Model 0 を4月24日に発表し、両社は同年11月に和解した。エプソンはその後も互換機を出し続け、このころから PC-98 は「国民機」と呼ばれるようになった。
シリーズは枝分かれしていった。情報処理学会によれば、NEC は1986年10月に国内初のラップトップ型パソコン PC-98LT を発売し、1987年9月に日本初の32ビット卓上型パソコン PC-98XL² を、1989年10月にノート型の PC-9801N(愛称98NOTE)を発表した。
閉じた標準の終わり
1990年代に入ると優位は崩れていく。1991年3月に日本 IBM が OADG を設立し、のちに DOS/V と呼ばれる OS を中心に、国際標準の IBM 互換機を使う陣営が生まれた。1992年10月1日にはコンパックが12万8000円の ProLinea を発表する「コンパックショック」が起き、Microsoft は1993年5月に Windows 3.1 日本語版、1995年11月に Windows 95 日本語版を出した。アプリケーションが特定メーカーのハードウェアではなく Windows に向けて書かれるようになると、PC-98 の独自性は強みではなくなった。IDC ジャパンによれば、NEC のシェアは1993年に49.0%となり、初めて5割を切った。1997年、NEC は Microsoft と Intel がまとめた PC97/PC98 の仕様を採り入れた PC98-NX シリーズを新しい標準として投入する。
NEC は2003年8月7日、1982年の販売開始以来のPC-9800シリーズについて、2003年9月30日をもって受注を終了すると告知した。保守サービスは継続するとしている。情報処理学会は2008年度に PC-9801 を情報処理技術遺産に認定し、ソフト会社・周辺機器会社・出版社・流通・販売店などからなるパソコン産業の構造形成に大きく寄与したと評価している。
PC-9801 の歩みは、日本以外で開かれた標準となった IBM PC と並行している。関連する流れは ハードウェアの年表と 全体の年表を参照。
よくある質問
- PC-9801 はいつ発売されましたか。
- NEC が PC-9801 を発表したのは1982年10月13日です。価格は29万8000円でした。NEC は出荷開始の1〜2か月前に約50社のソフト会社へ試作機を提供しています。
- PC-98 とは何ですか。
- NEC の PC-9800シリーズの通称で、1982年の PC-9801 から始まる16ビット以降のパソコン群です。独自の設計で IBM PC 互換機とはソフトに互換性がなく、1980年代から1990年代前半にかけて日本のビジネス用パソコンの標準でした。
- PC-9801 の CPU とメモリは何でしたか。
- CPU は NEC 製の μPD8086(8086互換、5MHz)で、128KB のメモリを内蔵し、主記憶は最大640KB まで拡張できました。画像処理には NEC 開発のグラフィック・ディスプレイ・コントローラ μPD7220 を搭載し、フロッピーディスク装置は外付けでした。
- PC-98 はいつ終わりましたか。
- NEC は2003年8月7日に、PC-9800シリーズの受注を2003年9月30日で終了すると告知しました。保守サービスは継続するとしています。
出典
二次資料【日本電気】 PC-9801 — 情報処理学会 コンピュータ博物館
1982年10月発表、CPU・GDC・メモリ、PC-98LT・PC-98XL²・98NOTE
一次資料PC-9801 — 情報処理学会 情報処理技術遺産(2008年度)
ISV への開発機と技術資料の提供、98文化の基礎
一次資料PC-9800シリーズ受注終了のお知らせ — 日本電気株式会社, 2003年8月7日
2003年9月30日の受注終了
二次資料大河原克行「変革の軌跡~NECが歩んだ125年(10) 国民機『PC-9801』誕生」 — マイナビニュース, 2025年1月21日
1982年10月13日の発表、価格、販売台数、互換機訴訟、PC98-NX
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