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ウォークマン ── 録音できないテレコが音楽を外へ連れ出した

初代ウォークマン TPS-L2。青と銀の本体で、側面にヘッドホン端子が2つ並ぶ
出典Anna Gerdén, Tekniska museet (Wikimedia Commons) · CC BY-SA 3.0 · Commons で見る ↗

メタデータ

日付
年代
1970s
Tier
T1
出典数
04
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00
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#consumer#launch#japan

ウォークマンの1号機、ステレオカセットプレーヤー TPS-L2 は、1979年7月1日に日本で発売された。価格は3万3000円。ソニーは6月22日に発表している。ヘッドホンで聴く再生専用の機械で、録音はできなかった。「録音機能がなければ売れない」という声を押し切って出した製品が、音楽を家の外へ持ち出して聴くという習慣をつくった。

項目内容
型番TPS-L2
発表1979年6月22日
発売1979年7月1日(日本)
価格3万3000円
初回生産3万台
特徴ヘッドホン再生専用。ヘッドホン端子を2つ備える

※ 発表・発売日、価格、初回生産はソニーの社史、ヘッドホン端子は AV Watch による。

井深の注文と、プレスマンのメカ

ソニーの社史「Sony History」によると、始まりは当時名誉会長だった井深大の注文だった。小型のテープレコーダーに、再生だけでいいからステレオの回路を入れてくれないか、というものである。テープレコーダー事業部がこれに応えて作った改造機を、盛田昭夫が手に取った。

1979年2月、盛田は本社に事業部のエンジニアや企画、宣伝、デザインの若手を集め、録音機能はいらない、ヘッドホン付きの再生専用機として商品化すれば売れるはずだと告げた。狙いは1日中音楽を聴いていたい若者で、発売は夏休み前、価格はプレスマンと同じくらいで4万円を切るという目標だった。

故障の多い1号機では新しいコンセプトそのものが否定されると考えた事業部は、機構に、すでに50万台の生産実績があったカセットテープレコーダー「プレスマン」のメカをそのまま使った。名前の「ウォークマン」は、当時のスーパーマンの流行と、元の機種がプレスマンだったことから若いスタッフが思いついたものだという。

価格は、3万5000円前後でまとまりかけたところで盛田が「今年はソニーの創立33周年だ。価格も3万3000円でいこう」と言って決まった。最初の生産台数も盛田の号令で3万台とされた。社史は、当時いちばん売れたテープレコーダーでも月1万5000台だったとして、思い切った数だったと書いている。

売れなかった7月と、売り切れた8月

6月22日の発表では、記者を東京・銀座のソニービルからバスで代々木公園へ連れ出し、手渡したウォークマンで説明を聴かせた。目の前ではウォークマンを付けた若者がローラースケートやタンデム自転車で通り過ぎた。

それでも新聞の扱いは小さく、7月の販売はおよそ3000台にとどまった。宣伝部や国内営業のスタッフは、ウォークマンを付けて山手線を回ったり、休日の歩行者天国で通行人に聴かせたりした。社史によると、初回生産の3万台は8月いっぱいで売り切れ、その後は生産が追いつかず、品切れの店が続く状態が6か月続いた。

「サウンドアバウト」から「ウォークマン」へ

海外では国内から半年遅れで売り出すことになったが、海外の販売会社は和製英語の「ウォークマン」を嫌った。社史によると、米国では「サウンドアバウト」、英国では「ストウアウェイ」、オーストラリアでは「フリースタイル」という名前が付けられた。英語版ウィキペディアは、米国で TPS-L2 が売り出されたのを1980年6月としている。

ところが盛田が欧州を訪ねると、各地で「ウォークマン」が欲しいと頼まれた。日本で買って帰る外国人が増え、その名前が先に知られていたのである。盛田は名前を世界で「ウォークマン」に統一した。社史によると、この語は1981年にフランスの『プチ・ラルース』、1986年に英国の『オックスフォード英語辞典』に載った。

カセットから、DAT・MD・メモリーへ

社史によると、ウォークマンの生産台数は1号機の発売から10年の1989年6月に累計5000万台、13年で1億台を超え、1995年度に1億5000万台に達した。15周年記念モデルまでに300機種以上が出ている。

媒体が変わっても、名前は残った。AV Watch によると、1990年に DAT ウォークマン、1992年に MD ウォークマンが出て、1999年にはメモリースティックに対応した「NW-MS7」が登場した。英語版ウィキペディアは、CD を使う機種も当初は「ディスクマン」の名で売られ、のちに CD ウォークマンへ改められたとしている。持ち歩く音楽プレーヤーの流れは、2001年の Apple の iPod にもつながっている。

カセット型の終わりは2010年に来た。AV Watch の同年10月22日の報道によると、ソニーはカセットテープを使うウォークマンの国内での生産・販売を終えた。当時の5モデルは生産を終えており、店頭在庫がなくなり次第販売終了で、海外向けモデルは続けるとした。カセット型の世界累計販売は2億2000万台、デジタル型を含む全タイプでは2010年3月末時点で約4億台だった。

イヤホン端子に残る影響

ヘッドホンだけで聴く機械が広まったことは、端子の歴史にも残っている。3極の3.5mm ステレオミニプラグが広く普及したのはウォークマンからで、その端子が2016年の iPhone 7 で外されるまでの経緯は別の記事にある。

機器全体の流れは 半導体・ハードウェアの年表 を参照。

よくある質問

ウォークマンはいつ発売されたのですか。
1号機の TPS-L2 は1979年6月22日に発表され、7月1日に日本で発売されました。価格は3万3000円です。海外ではソニーの社史によると国内から半年遅れで売り出されました。
なぜ価格は3万3000円だったのですか。
ソニーの社史によると、開発陣が3万5000円前後でまとまりかけたところで、盛田昭夫が「今年はソニーの創立33周年だ」として3万3000円に決めました。
カセットのウォークマンはいつ終わったのですか。
AV Watch の2010年10月22日の報道によると、ソニーはカセット型ウォークマンの国内での生産・販売を終えました。海外向けモデルは続けるとしていました。カセット型の世界累計販売は2億2000万台です。

出典

  1. 一次資料第6章 理屈をこねる前にやってみよう <ウォークマン> — ソニーグループ「Sony History」(archived Nov 4, 2025)

    井深の依頼とプレスマンのメカの流用、名前の由来、初回生産3万台、6月22日の発表と7月1日の発売、発売月の約3000台、8月の完売、海外での別名と統一、辞書への掲載、生産累計

    取得日: 2026-10-24

  2. 一次資料第5章 コンパクトカセットの世界普及 — ソニーグループ「Sony History」(archived Nov 17, 2025)

    1979年2月の盛田の招集、夏休み前の発売と価格の目標、創立33周年にちなむ3万3000円

    取得日: 2026-10-24

  3. 二次資料ソニー、カセット型ウォークマンの生産・販売終了 — AV Watch, 2010年10月22日

    国内の生産・販売終了と海外向けの継続、ヘッドホン端子2つ、1990年の DAT・1992年の MD・1999年の NW-MS7、カセット型2億2000万台、全タイプ約4億台(2010年3月末)

    取得日: 2026-10-24

  4. 三次資料Walkman — Wikipedia

    取得日: 2026-10-24

最終更新:

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