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PlayStation(初代)日本発売

初代 PlayStation(日本版 SCPH-1000)本体と付属コントローラー、メモリーカード
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メタデータ

日付
年代
1990s
Tier
T1
出典数
07
関連項目
00
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初代 PlayStation の日本での発売日は 1994年12月3日 、 価格は39,800円だった。 北米では9か月あまり遅れて 1995年9月9日 に299ドルで、 欧州ではその20日後の 1995年9月29日 に発売されている。 日本のプレイヤーと北米のプレイヤーでは、 「PlayStation が出た年」が1994年と1995年に分かれる。

地域発売日価格出典
日本1994年12月3日39,800円SIE「PlayStation History」、 英語版 Wikipedia(価格)
北米1995年9月9日299ドルSIE「PlayStation History」、 heise online(価格)
欧州1995年9月29日──SIE「PlayStation History」

出発点は任天堂との共同計画だった

ソニーがゲーム機を作ることになった経緯は、 任天堂抜きには語れない。 ソニーはもともと、 任天堂のスーパーファミコン(北米名 SNES)に CD-ROM を足す機器を任天堂と組んで計画していた。 英語版 Wikipedia によれば、 1991年の家電見本市 CES の初日にソニーがこの提携と「Play Station」を発表したところ、 翌朝、 任天堂側がフィリップスと組むことを壇上で明らかにした。 これを受けて大賀典雄と久夛良木健は、 ソニーが自前のゲーム機を作ることを決めたとされる。

組織が整ったのは1993年11月で、 ソニーとソニー・ミュージックエンタテインメント(ジャパン)の合弁としてソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)が設立された(SIE の企業年表)。 本体の発売は、 その約1年後である。

1994年の「次世代機」競争

PlayStation は、 32 bit 世代の最初の機械ではない。 3DO は北米で1993年10月に、 日本で1994年3月に出ていた。 セガサターンは日本で 1994年11月22日 に発売され、 PlayStation より11日早かった。 年末商戦の直前に、 CD-ROM を積んだ32 bit 機が日本の店頭で2台並んだことになる。

価格はサターンが44,800円、 PlayStation が39,800円で、 PlayStation のほうが5,000円安かった。 それでも出だしはサターンが優勢で、 英語版 Wikipedia によれば、 1994年末までの日本での販売はサターン50万台に対し PlayStation 30万台だった。 同じ記事は、 PlayStation が1995年のうちに、 サードパーティの支持と効率のよい受発注の仕組みによって次第に逆転していったと説明している。 つまり発売日の時点では、 PlayStation は日本で「勝っていた」わけではない。

PlayStation が他と違ったのは、 そこから先の規模である。 SIE の企業年表に残る出荷台数の節目を拾うと、 次のようになる。

時期全世界累計出荷
1996年12月1,000万台
1997年8月2,000万台
1998年12月12日5,000万台
1999年12月7,000万台

中身 ── R3000 と CD-ROM

SIE の公式年表が挙げる仕様は、 32 bit の R3000 CPU、 1,670万色の表示、 そして毎秒最大36万ポリゴンの描画である。 英語版 Wikipedia によれば CPU のクロックは33.8688MHz、 メイン RAM 2MB にビデオ RAM 1MB を組み合わせていた。

この構成の要は、 ソフトの媒体に CD-ROM を選んだことだった。 英語版 Wikipedia は、 任天堂のカートリッジは製造費が高く、 しかも生産を任天堂が握って自社タイトルを優先していたのに対し、 CD は世界の数十か所で安く製造できたと説明し、 この媒体の選択がソフト会社を引き寄せた要因のひとつだったとしている。 同じ時代に任天堂は、 次の NINTENDO64 でカートリッジを使い続ける判断をしており、 両社の選択はここで分かれている。

北米は「299」の一語で決まった

北米の価格が発表されたのは、 1995年5月11日、 ロサンゼルスで開かれた E3 の初日だった。 heise online の回顧記事によれば、 その数時間前にセガがサターンを399ドルで発表しており、 ソニー側の登壇者は数字ひとつ ── 299 ── だけを告げて降壇した。 同じ場で、 1995年9月9日に1万2,000店以上で発売することも明らかにされている。 英語版 Wikipedia によれば、 セガはこの E3 で、 サターンをすでに3万台、 大手小売チェーンに出荷済みで即日発売すると明かしており、 北米ではサターンが PlayStation より4か月早く店頭に出た。

日本では両機が11日違いで店頭に並んだのに対し、 北米ではサターンが先に売られ、 PlayStation は100ドル安い価格を4か月前に公表して発売日を待つ形になった。 日本発売から北米発売までの間隔は280日、 欧州までは300日である。

1億200万台、 そして後継へ

SIE の公式年表は、 初代 PlayStation が1994年から2006年までに全世界で1億200万台を超えたとしている。 英語版 Wikipedia は、 生産終了を2006年3月23日、 累計を1億249万台と記す。 途中の2000年には、 日本で7月、 英国と北米で9月に小型版の PS one が出ており、 同じ2000年の3月には日本で PlayStation 2 が発売されていた。 つまり初代は、 後継機と6年間並行して作られていたことになる。

ソニーのゲーム機はその後も世代を重ね、 2020年には PlayStation 5 が出ている。 1994年の日本発売から数えると、 26年後のことである。

よくある質問

初代 PlayStation の発売日はいつか
日本では1994年12月3日に39,800円で発売されました。北米は1995年9月9日(299ドル)、欧州は1995年9月29日です。
PlayStation は最初の 32 bit 家庭用機でしたか。
いいえ。3DO が先行し、セガサターンは日本で11日早い1994年11月22日に発売されています。規模で3D ポリゴンを標準にしたのが PlayStation で、1994〜2006年に全世界1億200万台を超えました。
PlayStation はなぜ任天堂と関係があるのか
ソニーはもともと任天堂のスーパーファミコン向け CD-ROM 機器を共同で計画していました。1991年の CES でソニーが計画を発表した翌日、任天堂がフィリップスとの提携を発表し、ソニーは独自のゲーム機の開発に進みました。

出典

  1. 一次資料PlayStation 1994 — PlayStation History timeline (Sony Interactive Entertainment official)

    日本・北米・欧州の発売日、R3000 CPU、毎秒36万ポリゴン、1994〜2006年に1億200万台超

    取得日: 2026-10-05

  2. 一次資料Expanded Company Timeline — Sony Interactive Entertainment

    SCE 設立と出荷台数の節目

    取得日: 2026-10-05

  3. 二次資料30 years of "299" - how Sony turned the console market upside down — heise online, May 11, 2025

    1995年5月11日の E3 での北米価格発表

    取得日: 2026-10-05

  4. 二次資料セガサターンが発売された日 ── ファミ通.com、2020年11月22日

    セガサターンの発売日 1994年11月22日

    取得日: 2026-10-05

  5. 三次資料PlayStation (console) — Wikipedia

    取得日: 2026-10-05

  6. 三次資料Sega Saturn — Wikipedia

    取得日: 2026-10-05

  7. 三次資料3DO Interactive Multiplayer — Wikipedia

    取得日: 2026-10-05

最終更新:

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