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スーパーファミコン ── 16bit と LR ボタン

メタデータ
- 日付
- 年代
- 1990s
- Tier
- T1
- 参照年表
- ゲーム機・ゲーム技術の歴史
- 出典数
- 08
- 関連項目
- 01
- Tags
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スーパーファミコンの日本での発売日は1990年11月21日である。任天堂 IR の資料は、この日を日本での発売日として記している。北米では名前を Super Nintendo Entertainment System(SNES)に変えて、およそ9か月後の1991年8月下旬から店頭に並び始めた。一般には1991年8月23日が北米の発売日として挙げられるが、後述のとおり、全国での公式の発売日は9月9日とされていた。欧州はさらに後の1992年である。最初に発売されたのは日本だった。
| 地域 | 発売日 | 価格 | 出典 |
|---|---|---|---|
| 日本 | 1990年11月21日 | 25,000円 | 任天堂 IR(日付)、英語版 Wikipedia(価格) |
| 北米 | 1991年8月下旬に店頭へ(公式の全国発売は9月9日) | 199.95ドル | SNES Central(当時の New York Times などを引用) |
| 欧州 | 1992年4月11日 | ── | 英語版 Wikipedia |
価格については、任天堂の製品ページは後年の希望小売価格である9,800円(税別)を載せている。発売時の25,000円は英語版 Wikipedia による。
1年4か月の延期
ファミ通によれば、スーパーファミコンは当初1989年7月に発売される予定だったが、半導体不足などの理由で延期された。1983年の ファミコン から数えて7年あまり、CPU は 8bit から 16bit になった。
延期の末の1990年11月21日、同時に発売されたソフトは『スーパーマリオワールド』と『F-ZERO』の2本だけで、いずれも任天堂のものだった。インサイドは、その後12月に『パイロットウイングス』『アクトレイザー』『ファイナルファイト』などが続いて人気を集めたと振り返っている。
英語版 Wikipedia によれば、任天堂が用意した初回出荷の30万台は数時間で売り切れ、盗難を避けるために夜間に輸送されたという。
何が新しかったか
| 項目 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| CPU | 16bit。Ricoh 5A22、3.58MHz | ファミ通(16bit)、英語版 Wikipedia(型番とクロック) |
| 映像 | 拡大・縮小・回転機能 | ファミ通 |
| コントローラー | ファミコンの A・B に X・Y と L・R ボタンを追加 | ファミ通 |
ファミ通は、発売当時に画面の拡大・縮小・回転機能が画期的だったことを強調している。英語版 Wikipedia は、この機能を Mode 7 と呼ばれる擬似3D表現の仕組みとして説明している。
もう一つの遺産はコントローラーである。ファミ通は、L と R のボタンを加えたこの形が、以後のゲームコントローラーの基本形になったと評している。
北米 ── SNES の発売日は1日ではない
北米版は SNES として、日本版とは異なる外観で売られた。英語版 Wikipedia によれば、日本版の丸みを帯びた形に対し、北米版は箱型で紫色のスライドスイッチを持っていた。
北米の発売日として最もよく引かれるのは1991年8月23日である。しかし SNES の情報を集めるサイト SNES Central は、当時の資料を突き合わせてこう整理している。
| 資料 | 内容 |
|---|---|
| Orange County Register(1991年8月27日) | 南カリフォルニアの店頭に8月21日(水)に並び始めた。公式の発売日9月9日の3週間近く前 |
| USENET の投稿(1991年8月26日) | 8月22日午後に Toys "R" Us に入荷し、投稿者は8月23日(金)に購入 |
| New York Times(1991年9月10日) | 9月9日に全国で発売。199.95ドルで『スーパーマリオワールド』を同梱 |
| EGM(1991年11月号) | 発売日を8月23日とする |
SNES Central はこれをもとに、全国での公式の発売日は9月9日で、カリフォルニアでは8月21〜23日には入手できたと結論している。さらに、ときどき見かける8月13日という日付は、2005年の Wikipedia への出典なしの書き込みが元で、裏付けがないとしている。カナダは1991年12月だった。
いずれにせよ、北米は日本より9か月ほど遅れた。
任天堂の据置機で、日本と北米の発売の間隔を並べると次のようになる。日付は任天堂 IR の資料とこのサイトの各ページによる。
| 機種 | 日本 | 北米 | 先に出た地域 |
|---|---|---|---|
| ファミコン / NES | 1983年7月15日 | 1985年10月にテスト販売、1986年9月27日に全域 | 日本(2年以上先) |
| スーパーファミコン / SNES | 1990年11月21日 | 1991年8月下旬に店頭へ、9月9日が公式の全国発売 | 日本(約9か月先) |
| NINTENDO64 | 1996年6月23日 | 1996年9月29日 | 日本(約3か月先) |
| Wii | 2006年12月2日 | 2006年11月19日 | 北米(13日先) |
| Nintendo Switch | 2017年3月3日 | 2017年3月3日 | 同日 |
日本と北米の差は世代ごとに縮み、Wii で逆転し、Switch で同日になった。スーパーファミコンは、日本が大きく先行していた時代の最後のほうに位置する。
販売台数
任天堂 IR が公表している累計は次のとおり。
| 地域 | 本体 | ソフト |
|---|---|---|
| 日本 | 1,717万台 | 1億9,485万本 |
| 米大陸 | 2,335万台 | 1億3,500万本 |
| その他 | 858万台 | 4,922万本 |
| 合計 | 4,910万台 | 3億7,906万本 |
日本は本体の数では米大陸より少ないが、ソフトでは米大陸を上回る。本体1台あたりのソフト本数は、日本が約11.3本、米大陸が約5.8本になる。
その後
1998年3月27日には、廉価版の「スーパーファミコンジュニア」が出た(任天堂の製品ページでは希望小売価格7,800円・税別)。2017年10月5日には、復刻版の「ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン」が発売されている。
任天堂の次の据置機は、1996年の NINTENDO64 である。スーパーファミコン向けの CD-ROM 機器をソニーと計画し、それが頓挫したことが初代 PlayStation につながった経緯は PlayStation(初代) にある。携帯機の側では、前年の1989年に ゲームボーイ が出ていた。企業については 任天堂、全体の流れは ゲーム機の年表 を参照。
よくある質問
- スーパーファミコンの発売日はいつですか。
- 日本では1990年11月21日に発売されました。当初は1989年7月の予定でしたが延期されています。北米の SNES は1991年8月下旬に南カリフォルニアなどで店頭に出始め、全国での公式発売日は1991年9月9日とされます。
- スーパーファミコンの同時発売ソフトは何でしたか。
- 『スーパーマリオワールド』と『F-ZERO』の2本で、いずれも任天堂のソフトです。
- スーパーファミコンは何台売れましたか。
- 任天堂 IR によれば、本体は全世界で4,910万台(日本1,717万台、米大陸2,335万台、その他858万台)、ソフトは3億7,906万本です。
- スーパーファミコンのコントローラーは何が新しかったのですか。
- ファミコンの A・B ボタンに X・Y ボタンと、上部の L・R ボタンが加わりました。ファミ通は、この形がその後のゲームコントローラーの基本形になったと評しています。
出典
一次資料Consolidated Sales Transition by Region (XLSX) — Nintendo IR
発売日1990年11月21日(日本)と地域別の販売台数
一次資料スーパーファミコン — 任天堂
本体とスーパーファミコンジュニアの発売日・後年の希望小売価格
二次資料スーパーファミコンが発売30周年。拡大・縮小・回転機能を搭載したファミコンの後継機で数々の名作を生み出した【今日は何の日?】 — ファミ通.com、2020年11月21日
同時発売2本、拡大・縮小・回転機能、X・Y・L・R ボタン、ジュニア(1998年3月27日)
二次資料スーパーファミコン発売35周年。現代でも続く名作シリーズを数多く生み出した16ビットマシン。LRボタンの存在がゲームの新時代を開いた【今日は何の日?】 — ファミ通.com、2025年11月21日
1989年7月の当初予定からの延期、16bit 化、LR ボタン
二次資料Release of the Super NES — SNES Central
北米の発売日の検証(8月21〜23日の南カリフォルニア、9月9日の全国発売、199.95ドル)
最終更新: