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ファミリーコンピュータ(任天堂)発売

ニンテンドー・ワールド・ストアの展示ケースに並ぶファミリーコンピュータと NES
出典Russell Bernice (Wikimedia Commons) · CC BY 2.0 · Commons で見る ↗

メタデータ

日付
年代
1980s
Tier
T1
出典数
08
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01
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ファミリーコンピュータが日本で発売されたのは 1983年7月15日(金) 、 価格は14,800円だった。 同じ設計を北米向けに作り直した Nintendo Entertainment System(NES)が北米全域の店頭に並んだのは 1986年9月27日 で、 両者のあいだには3年以上の開きがある。 「ファミコンの発売日」と「NES の発売日」は別の答えを持つ問いである。

地域製品名日付出典
日本ファミリーコンピュータ(HVC-001)1983年7月15日任天堂「ファミコン年表」、 任天堂 IR
北米(テスト販売)NES1985年10月(ニューヨーク)Video Game History Foundation
北米(テスト販売)NES1986年2月(ロサンゼルス)Centre for Computing History
北米(全域)NES1986年9月27日Centre for Computing History、 英語版 Wikipedia

任天堂 IR の地域別販売推移の表も、 この機種を「released on July 15, 1983(Japan)」と日本の日付で記録している。

箱の中身 ── 型番 HVC-001

任天堂が公開している仕様によれば、 本体の CPU は「8ビット N-CH カスタム」1個、 RAM は 2K×8ビットのスタティック RAM が2個。 大きさは幅150mm・奥行220mm・高さ60mm、 2つのコントローラを含めて重さは約620g、 消費電力は約4W で、 電源は専用 AC アダプタ(DC10V 850mA)から取る。

コントローラは本体に直付けの2本で、 役割が違った。 Ⅰコンには SELECT と START があり、 Ⅱコンにはその代わりにマイクと音量つまみが付いていた。 付属品は AC アダプタのほか、 テレビのアンテナ端子に信号を流し込むための RF スイッチと 75Ω/300Ω 変換器である。 家庭のテレビをそのまま画面に使う前提の、 当時の家電としての作りがここに見える。

最初の年は9本

同時発売のソフトは『ドンキーコング』『ドンキーコングJr.』『ポパイ』の3本で、 任天堂は年表で、 いずれもアーケードで稼働していたゲームであり「家でゲームセンターと同じようなゲームが遊べる」ことが売りだったと説明している。 9月には『マリオブラザーズ』が加わり、 1983年中に出たソフトは計9本だった。

つまりファミコンは、 発売の時点では「家で遊べるアーケード」として売り出された機械だった。 自社のアーケード資産を移植できることが、 最初の品揃えを支えていた。

1985年と1986年 ── 本体が化けた2つの日付

ファミコンの性格を変えた日付が、 発売のあとに2つある。

  • 1985年9月13日 ── 『スーパーマリオブラザーズ』発売
  • 1986年2月21日 ── 書き換え可能なディスクカードを使う周辺機器「ディスクシステム」発売

前者はアーケード移植ではない、 家庭用機のために作られた大型タイトルであり、 後者はカートリッジ以外の媒体を本体に足す試みだった。 任天堂の年表は、 本体の生産と社内でのディスクカード書き換えが、 発売から20年後の2003年まで続いたと記している。 英語版 Wikipedia は、 最後の本体が製造されたのを2003年9月25日としている。

NES ── 同じ中身、別の製品

北米向けの NES は、 ファミコンの名前を変えただけの製品ではなかった。 Video Game History Foundation によれば、 1985年10月にニューヨーク限定のテスト市場で売られた最終形の NES は、 「おもちゃのような」新しい筐体を持っていた。 英語版 Wikipedia によれば、 このときの「Deluxe Set」は179.99ドルで、 本体とコントローラ2つのほか、 光線銃 Zapper とロボット R.O.B.、 ソフト2本を同梱していた。

北米ではその前に家庭用ゲーム市場が急縮小しており(1983年の、 いわゆるビデオゲーム・クラッシュ)、 英語版 Wikipedia によれば、 Nintendo of America は小売店に本体を置いてもらうこと自体に苦労した。 ニューヨークでの反応を見たうえで、 1986年2月にロサンゼルスへ、 そして1986年9月27日に北米全域へと広げている。 北米の読者が「NES の発売日」として目にするのは、 この最後の日付か、 最初のテスト販売の1985年10月のどちらかである。

2000年代まで売れ続けた

任天堂 IR の地域別販売推移表は1998年3月期から数字を載せており、 そこにはファミコン本体の日本での販売も残っている。 1998年3月期から2004年3月期までの7期で、 年に3万〜6万台(万台単位の丸め)、 合計で約33万台である。 発売から20年近く経っても、 日本では毎年数万台の新品が売れていたことになる。 同じ期間の米州の数字はほぼゼロで、 NES の販売はとうに終わっていた。

任天堂はその後、 2016年に、 ソフト30本を内蔵した復刻版「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ」を5,980円(税別)で発表している。 そのニュースリリースが、 冒頭の1983年7月15日という日付を任天堂自身が改めて記した資料の一つである。

何台売れたのか

任天堂 IR の全世界連結販売数量では、 ファミコンと NES は1行にまとめられており、 本体 6,191万台、 ソフト 5億1万本 である(2026年6月30日時点の表)。 この表は日本と海外を分けていないので、 「ファミコンが日本で何台」という数字はここからは出てこない。 任天堂は2016年のニュースリリースで、 ファミコンを「世界中で6,000万台以上を販売した家庭用ゲーム機」と書いている。

その後の系譜

ファミコンの後継として任天堂は16ビット機を出し、 さらに3D を前提にした NINTENDO64 へ進む。 ファミコンの翌年代に、 CD-ROM を武器にした 初代 PlayStation が家庭用機の勢力図を塗り替えることになる。 任天堂という会社そのものについては 任天堂 のページにまとめている。

よくある質問

ファミコンの発売日はいつか
日本での発売は1983年7月15日(金)で、価格は14,800円でした。北米版の NES は別の日付で、1985年10月にニューヨークでテスト販売、1986年9月27日に北米全域で発売されています。
ファミコンと NES の発売日は同じか
別です。日本のファミコン発売は1983年7月15日で、北米の NES は1985年10月にニューヨークでのテスト販売、1986年2月にロサンゼルス、同年9月27日に北米全域という順でした。
同時発売のソフトは何だったのか
『ドンキーコング』『ドンキーコングJr.』『ポパイ』の3本で、いずれも任天堂のアーケードゲームの移植です。1983年中に発売されたソフトは計9本でした。
ファミコンは全部で何台売れたのか
任天堂 IR の全世界連結販売数量では、ファミコンと NES を合わせて本体6,191万台、ソフト5億1万本です。地域別の内訳はこの表にはありません。

出典

  1. 一次資料ファミコン年表 — 任天堂

    発売日・同時発売3本・1983年の9本・『スーパーマリオブラザーズ』とディスクシステムの発売日

    取得日: 2026-10-05

  2. 一次資料ファミコンとは? — 任天堂

    型番 HVC-001 の仕様

    取得日: 2026-10-05

  3. 一次資料Dedicated Video Game Sales Units — Nintendo IR

    2026年6月30日時点

    取得日: 2026-10-05

  4. 一次資料Consolidated Sales Transition by Region (XLSX) — Nintendo IR

    「released on July 15, 1983(Japan)」と記載

    取得日: 2026-10-05

  5. 二次資料The NES Launch Collection — Video Game History Foundation

    1985年10月のニューヨーク限定テスト販売

    取得日: 2026-10-05

  6. 三次資料Nintendo Entertainment System — Wikipedia

    取得日: 2026-10-05

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