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ゲームボーイアドバンス ── 32ビットになったゲームボーイ

メタデータ
- 日付
- 年代
- 2000s
- Tier
- T1
- 参照年表
- ゲーム機・ゲーム技術の歴史
- 出典数
- 07
- 関連項目
- 01
- Tags
- #consumer
ゲームボーイアドバンス(GBA)の日本での発売日は2001年3月21日、価格は9,800円だった。北米は2001年6月11日、欧州は2001年6月22日に続いた。最初に発売されたのは日本で、北米より3か月近く早い。任天堂 IR の資料も、GBA の最初の発売を2001年3月21日・日本としている。
| 地域 | 発売日 | 発売時の価格 | 出典 |
|---|---|---|---|
| 日本 | 2001年3月21日 | 9,800円 | 任天堂(日付)、ASCII.jp(価格) |
| 北米 | 2001年6月11日 | 99.99ドル | 英語版 Wikipedia(日付)、IGN(価格) |
| 欧州 | 2001年6月22日 | ── | Eurogamer、英語版 Wikipedia |
ASCII.jp は2001年3月の発表時点で、米国の価格を99.95ドルと伝えていた。IGN の2013年の記事は、発売時の価格を99.99ドルとしている。
発表 ── 同時発売25本
英語版 Wikipedia によれば、任天堂は2000年8月24日に GBA の最終デザインと日本・北米の発売日を公表した。ASCII.jp によれば、同じ日のニンテンドーゲームキューブの発表では、GBA をゲームキューブのコントローラー端子につないでコントローラーとして使えることも説明されている。
発売2週間前の2001年3月7日、任天堂は東京で発表会を開いた。ASCII.jp の記事によれば、同時発売のソフトは当初予定の10本から25本に増え、本体の色はホワイト、バイオレット、ミルキーブルーの3色だった。同時発売の任天堂のソフトには『スーパーマリオアドバンス』『F-ZERO FOR GAMEBOY ADVANCE』『くるくるくるりん』『ナポレオン』があり、いずれも4,800円だった。
同じ発表会で浅田篤副社長は、ゲームが巨大化・複雑化したことがゲーム離れの大きな要因になっていると述べ、その答えが GBA だと位置づけた。2002年3月末までに全世界で累計2,400万台を出荷する計画も示している。岩田聡取締役経営企画室長は「GBAは、GBの単純な後継機種ではない」と語り、巨大さや複雑さに頼らない新しい遊び方を提案するとした。
32ビット、2.9インチ
任天堂の製品ページによれば、GBA の主な特徴は次のとおりである。
| 項目 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| CPU | 8ビットだったゲームボーイを32ビットに | 任天堂 |
| 画面 | ゲームボーイカラーの約1.5倍、2.9インチの反射型 TFT カラー液晶。3万2千色を同時に表示 | 任天堂 |
| 解像度 | 240×160ドット | 英語版 Wikipedia |
| ボタン | 新たに L・R ボタン | 任天堂 |
| 互換性 | ゲームボーイ・ゲームボーイカラーのソフトも遊べる | 任天堂 |
| 通信 | 専用通信ケーブルで最大4人 | 任天堂 |
| 電源 | 単3形乾電池2本 | 英語版 Wikipedia |
通信には2つの方式があった。全員がカートリッジを差す従来どおりの「マルチカートリッジプレイ」と、1本のカートリッジだけで2〜4人が遊べる「1カートリッジプレイ」である。ASCII.jp によれば、従来のゲーム機での多人数プレイはそれぞれの機械に同じカートリッジが必要だったが、GBA では1台に差せば、ほかの機械をつなぐだけで遊べた。
旧作との互換について、任天堂は、ゲームボーイ用のソフトはもともとそれ以前の本体のために作られているため、ゲームによっては正常に動かなかったり、画面が暗く感じられたりすることがあると注記している。
2003年のゲームボーイアドバンスSP
任天堂は2003年2月14日、ゲームボーイアドバンスSP を希望小売価格9,333円(税別)で発売した。任天堂の製品ページによれば、SP は折りたたみ式で、画面にフロントライトを付け、ゲーム中も自由に点灯・消灯できた。電源は乾電池から充電式に変わり、約3時間の充電で連続10時間(ライトを消せば18時間)遊べた。なお、任天堂が現在掲載している初代 GBA の製品ページは、希望小売価格を8,800円(税別)と表示している。
英語版 Wikipedia によれば、2005年9月には小型化したゲームボーイミクロが出たが、ゲームボーイとゲームボーイカラーのソフトは遊べなくなった。
8,151万台
任天堂 IR の地域別資料によれば、SP などを含めた GBA の販売は次のとおりである。
| 区分 | 本体 | ソフト |
|---|---|---|
| 日本 | 1,696万台 | 7,311万本 |
| 米大陸 | 4,164万台 | 2億1,724万本 |
| その他 | 2,291万台 | 8,706万本 |
| 全世界 | 8,151万台 | 3億7,742万本 |
| うち SP(全世界) | 4,357万台 | ── |
半分以上を米大陸が占め、日本は2割ほどだった。全体の半数以上は2003年以降の SP である。
年度ごとの本体の販売(全世界)は次のとおり。任天堂の年度は4月から翌年3月までである。
| 年度 | 本体(全世界) |
|---|---|
| 2001年3月期(発売〜2001年3月) | 107万台 |
| 2002年3月期 | 1,709万台 |
| 2003年3月期 | 1,565万台 |
| 2004年3月期 | 1,759万台 |
| 2005年3月期 | 1,540万台 |
| 2006年3月期 | 833万台 |
2002年3月末までの累計は1,816万台で、浅田副社長が示した2,400万台には届かなかった。年度で最も売れたのは、SP が丸1年出回った2004年3月期である。
後継の ニンテンドーDS は2004年11月に発売された。初代の DS は GBA 用カートリッジのスロットを持ち、GBA のソフトをそのまま遊べた。2011年には、ニンテンドー3DS の早期購入者向けのアンバサダー・プログラムで、GBA のソフト10本を配信すると任天堂が発表している。全体の流れは ゲーム機の年表 を参照。
よくある質問
- ゲームボーイアドバンスの発売日はいつですか。
- 日本では2001年3月21日に9,800円で発売されました。北米は2001年6月11日、欧州は2001年6月22日です。最初に発売されたのは日本です。
- ゲームボーイアドバンスSP の発売日はいつですか。
- 日本では2003年2月14日に、希望小売価格9,333円(税別)で発売されました。折りたたみ式で、フロントライトと充電式のバッテリーを備えていました。
- ゲームボーイアドバンスは何台売れましたか。
- 任天堂 IR によれば、ゲームボーイアドバンスSP などを含む本体は全世界で8,151万台、ソフトは3億7,742万本です。うち SP は4,357万台でした。
- ゲームボーイアドバンスで昔のゲームボーイのソフトは遊べましたか。
- 遊べました。任天堂は、ゲームボーイとゲームボーイカラーのソフトも楽しめるとしていました。ただし、ゲームによっては正常に動かなかったり、画面が暗く感じられたりすることがあると注記しています。
出典
一次資料ゲームボーイアドバンス ── 任天堂 ハードウェア紹介
2.9インチ反射型 TFT 液晶、32ビット化、旧ソフトとの互換、1カートリッジ通信、本体色ごとの発売日
一次資料Consolidated Sales Transition by Region (XLSX) — Nintendo IR
最初の発売を2001年3月21日(日本)とし、地域別・年度別の本体とソフトの販売を示す
二次資料任天堂、GBAの今後の展開を発表、GBA対応の新ポケモンカードを発売 — ASCII.jp、2001年3月7日
日本の価格9,800円、同時発売25本、米国6月11日、2002年3月末までの2,400万台出荷計画
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