標準 · 8件の出来事
ゲーム機・ゲーム技術の歴史
1950年代
Brookhaven 国立研究所の物理学者 William Higinbotham が、研究所の公開日のために、オシロスコープと小型アナログ計算機で動作する2人対戦テニスゲームを作成した。商業化はされなかったが、エンターテインメント用に意図的に作られた初期のビデオゲームの一つで、Atari Pong(1972年)に14年先行する。
1970年代
Atari の Nolan Bushnell と Allan Alcorn が設計した業務用テニスゲーム Pong が、カリフォルニア州サニーベールの酒場 Andy Capp's Tavern に試験設置された。一週間で機械が硬貨で詰まる人気となり、商業ビデオゲーム産業の事実上の出発点になった。
1980年代
任天堂が、家庭用ゲーム機ファミリーコンピュータ(ファミコン)を日本で発売。1983年の北米ビデオゲーム市場の崩壊(Atari ショック)で焼け野原となった業界を、1985年の Nintendo Entertainment System(NES)として北米進出することで実質的に再建。Super Mario Bros.(1985年)と共に、家庭用ゲーム市場の中心を日本企業が握る三十年が始まる。
1990年代
ソニーがコンピュータエンタテインメント子会社(SCE)を通じて発売した家庭用 32 bit ゲーム機。当初は任天堂との CD-ROM 拡張機器の共同開発から始まったが提携破棄後、独自路線で開発が継続された経緯を持つ。3D ポリゴングラフィクスと CD-ROM の大容量を活かしたゲーム体験で、それまで2Dゲームに留まっていた家庭機の表現を一段進めた。
任天堂が、SGI 製カスタムプロセッサを採用した家庭用 64 bit ゲーム機を発売。アナログスティック、振動パック、4ポートの本体内蔵コントローラなど、現代のゲームパッドの規範に影響したハードウェア構造を導入した。「スーパーマリオ64」と「ゼルダの伝説 時のオカリナ」で 3Dゲームの操作系の文法を確立。
2000年代
Microsoft が初の家庭用ゲーム機 Xbox を発売。実質的に PC ハードウェア(Pentium III、NVIDIA GPU、ハードディスク)の派生で、後に Xbox Live(2002年)によるオンラインプレイの大衆化を主導することになる。PlayStation・任天堂の二強構造に三つ目の柱を加え、現在まで続く三社競争を確立した。
任天堂が、加速度センサと赤外線位置検出による「リモコン」操作の家庭用ゲーム機 Wii を発売。性能面では PlayStation 3 / Xbox 360 に劣りつつ、それまでゲームを遊ばなかった層(高齢者・家族)に届く新しい操作モデルで、世代を通じて最も売れた家庭用機の一つとなった。
2010年代
任天堂が、据置機と携帯機の境界を消したハイブリッド型ゲーム機 Switch を発売。NVIDIA Tegra ベースの ARM プロセッサ、ジョイコン分離型コントローラ、TV モードとハンドヘルドモードの瞬時切替が特徴。発売から7年余りで1億4000万台以上を売り、家庭用ゲーム機としては歴代上位の販売実績を残した。