標準 · 12件の出来事

ゲーム機・ゲーム技術の歴史

テニス・フォー・ツーから家庭用機、3D、オンライン、携帯機、そして据置とハンドヘルドの境界を曖昧にしたハイブリッドへ。ゲーム機は最も民主化されたコンピュータであり、最も挑戦的なハードウェア開発の舞台でもあった。

1950年代

  1. 1958年の Brookhaven 国立研究所公開日、Tennis for Two が展示された計測機器部門のブース
    Brookhaven National Laboratory (Wikimedia Commons) · Public domain (PD-USGov) · Commons ↗

    Brookhaven 国立研究所の物理学者 William Higinbotham が、研究所の年次公開日のために、Donner Model 30 アナログ計算機と5インチのオシロスコープで動く2人対戦テニスゲームを作成した。娯楽そのものを目的に映像を出した最も早い計算機ゲームとされるが、陰極線管娯楽装置(1947年)、Bertie the Brain(1950年)、Nimrod(1951年)、OXO(1952年)といった先行例があり、「最初のビデオゲーム」の位置づけには諸説ある。Higinbotham は特許を取らず、商業化もされなかった。Atari の Pong(1972年)に14年先行する。

    よくある質問

    Tennis for Two は世界初のビデオゲームですか。
    断定はできません。娯楽そのものを目的に映像を出した最も早い計算機ゲームとされますが、陰極線管娯楽装置(1947年)、Bertie the Brain(1950年)、Nimrod(1951年)、OXO(1952年)といった先行例があります。

1970年代

  1. Atari Pong の業務用筐体
    Rob Boudon; derivative work by Ubcule (Wikimedia Commons) · CC BY 2.0 · Commons ↗

    Atari の Nolan Bushnell が新人技術者 Allan Alcorn に訓練課題として与えた業務用テニスゲーム Pong は、1972年8月にカリフォルニア州サニーベールの酒場 Andy Capp's Tavern へ試験設置された。1週間半ほどで硬貨投入口が25セント硬貨で溢れて止まるほどの人気となり、Atari は11月29日に製品として発表。商業的に成功した最初のビデオゲームであり、産業としてのビデオゲームの事実上の出発点になった。

    よくある質問

    Pong は世界初のビデオゲームなのか
    正確には「商業的に成功した最初のビデオゲーム」です。産業としてのビデオゲームは事実上ここから始まりました。
    Pong を作ったのは誰か
    Atari の新人技術者 Allan Alcorn です。Nolan Bushnell が訓練課題として与えたもので、製品化する予定の企画ではありませんでした。

1980年代

  1. ニンテンドー・ワールド・ストアの展示ケースに並ぶファミリーコンピュータと NES
    Russell Bernice (Wikimedia Commons) · CC BY 2.0 · Commons ↗

    任天堂が家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」(型番 HVC-001)を日本で発売。価格14,800円、同時発売ソフトは『ドンキーコング』『ドンキーコングJr.』『ポパイ』の3本。北米へは同じ設計を Nintendo Entertainment System(NES)として持ち込んだが、こちらは別の出来事で、1985年10月にニューヨークでのテスト販売、1986年2月にロサンゼルス、同年9月27日に北米全域という順で展開している。1983年の北米ビデオゲーム市場の崩壊(Atari ショック)で荒れた同市場は、この NES 以降に立て直された。ファミコン/NES の全世界連結販売数量は6,191万台(任天堂 IR、2026年6月末時点)。

    関連企業・組織
    任天堂

    よくある質問

    ファミコンと NES の発売日は同じか
    別です。日本のファミコン発売は1983年7月15日で、北米の NES は1985年10月にニューヨークでのテスト販売、1986年2月にロサンゼルス、同年9月27日に北米全域という順でした。
    同時発売のソフトは何だったのか
    『ドンキーコング』『ドンキーコングJr.』『ポパイ』の3本です。

1990年代

  1. 初代 PlayStation(日本版 SCPH-1000)本体と付属コントローラー、メモリーカード
    Evan-Amos · Public domain · Commons ↗

    ソニーとソニー・ミュージックエンタテインメントの合弁として1993年11月に設立されたソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)が発売した家庭用 32 bit ゲーム機。日本発売は1994年12月3日(39,800円)、北米は1995年9月9日、欧州は同年9月29日と続いた。もとは任天堂の SNES 向け CD-ROM 拡張機器の共同開発から始まったが、1991年に任天堂が一方的に提携を打ち切ったのち、ソニーが独自路線で開発を継続した経緯を持つ。32 bit の R3000 CPU(毎秒36万ポリゴン)と CD-ROM の大容量を組み合わせ、3D ポリゴングラフィクスを家庭用機の標準に押し上げた。32 bit 機としては 3DO やセガサターン(日本では11日前の1994年11月22日発売)が先行していたが、規模で決定づけたのは PlayStation で、2006年までに全世界で1億200万台を超えた。

    よくある質問

    PlayStation は最初の 32 bit 家庭用機でしたか。
    いいえ。3DO が先行し、セガサターンは日本で11日早い1994年11月22日に発売されています。規模で3D ポリゴンを標準にしたのが PlayStation で、2006年までに全世界1億2千万台を超えました。
  2. グレーの純正コントローラを添えた NINTENDO64 本体
    Evan-Amos · Public domain · Commons ↗

    任天堂が 64bit の家庭用ゲーム機 NINTENDO64 を日本で発売(北米は同年9月29日、欧州は1997年3月1日)。CPU は MIPS R4000 系をカスタマイズした 64bit RISC チップで、グラフィックスとサウンドは SGI と共同開発したメディアコプロセッサ RCP が担った。本体には4つのコントローラポートを標準装備し、同梱コントローラは「3Dスティック」と呼ぶアナログスティックを備えて、3D空間を歩き回る操作系を家庭機の標準に押し上げた。手に振動を返す「振動パック」は本体と同時ではなく、発売から10か月後の1997年4月27日に別売アクセサリ(希望小売価格1,400円・税別)として登場している。同時発売の『スーパーマリオ64』と1998年の『ゼルダの伝説 時のオカリナ』が、3Dゲームの操作とカメラの文法を確立した。本体の全世界販売台数は3,293万台、ソフトは2億2,497万本(任天堂公表、2026年3月末時点)。

    関連企業・組織
    任天堂

2000年代

  1. 初代 Xbox 本体と Controller S(コントローラ)
    Evan-Amos · Public domain · Commons ↗

    Microsoft が初の家庭用ゲーム機 Xbox を北米で発売(日本は2002年2月22日、欧州は同年3月14日)。希望小売価格299ドル。実質的に PC ハードウェア(733MHz の Pentium III 系 CPU、NVIDIA の GPU、8GB のハードディスク)の派生で、後に Xbox Live(2002年11月)によるオンラインプレイの大衆化を主導することになる。PlayStation・任天堂の二強構造に三つ目の柱を加え、現在まで続く三社競争を確立した。

    関連企業・組織
    Microsoft
    関連用語
    GPU
    登場する年表
    Microsoftの歴史
  2. 縦置きスタンドに立てた Wii 本体と Wiiリモコン
    Evan-Amos · Public domain · Commons ↗

    任天堂が、加速度センサと赤外線による位置検出を組み合わせた「Wiiリモコン」で操作する家庭用ゲーム機 Wii を発売。最初の発売は11月19日の北米(249.99ドル)で、日本は12月2日(25,000円)、オーストラリアが12月7日、欧州が12月8日と続いた。性能では PlayStation 3 / Xbox 360 に劣ったが、テレビに向けて振る・指すという直感的な操作モデルが、それまでゲームを遊ばなかった高齢者や家族層にまで届いた。任天堂は発売から5か月で584万台を販売したと報告している。最終的な販売台数は全世界で本体1億163万台、ソフト9億2,185万本(2026年3月末時点)に達し、家庭用機として歴代有数の売上を記録した。

    関連企業・組織
    任天堂

2010年代

  1. 携帯モードの Nintendo Switch を手に持ち、ホーム画面からソフトを選ぶ人
    InclusiveGameLab (Wikimedia Commons) · CC BY-SA 4.0 · Commons ↗

    任天堂が、据置機と携帯機の境界を消したハイブリッド型ゲーム機 Nintendo Switch を発売。日本・米国・カナダ・欧州主要国・豪州・香港などで3月3日の同日発売、日本での希望小売価格は29,980円(税別)。NVIDIA 製カスタム Tegra プロセッサ、着脱式コントローラ Joy-Con、TV モードと携帯モードの瞬時切替が特徴。全世界連結販売数量は1億5,659万台(任天堂 IR、2026年6月末時点)で、家庭用ゲーム機として歴代上位に入る。後継機 Nintendo Switch 2 は2025年6月5日発売(49,980円)、同時点で2,368万台。

    関連企業・組織
    任天堂 · NVIDIA

2020年代

  1. Xbox Series X 本体とコントローラ
    Der. Bellemer (Wikimedia Commons), background removed by L0Ldu82 · CC BY 4.0 · Commons ↗

    Microsoft が高性能版 Xbox Series X(499ドル)と廉価な全デジタル版 Xbox Series S(299ドル)を40市場で同時発売。 同一世代で GPU 規模と想定解像度そのものが異なる二機種を並べた点が新しかった。 Quick Resume、 Smart Delivery、 4世代分の後方互換を備え、 サブスクリプション Game Pass を主軸に「ハード本体ではなくサービスで囲い込む」戦略を敷いた。 2022年発表・2023年完了の Activision Blizzard 買収(発表額687億ドル、 完了時754億ドル)を経て、 2024年にはファーストパーティ作品を PS5・Switch へ出す方針に転換。 2026年2月に Phil Spencer が退任し、 Asha Sharma が Microsoft Gaming CEO に就いた。

    関連企業・組織
    Microsoft
    関連用語
    GPU

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  2. PlayStation 5 本体と DualSense コントローラ
    Howardcorn33 (Wikimedia Commons) · CC0 1.0 (Public domain) · Commons ↗

    Sony が PlayStation 5 を北米・日本で発売。 AMD Zen 2 ベースの 8 コア CPU、 RDNA 2 GPU、 カスタム SSD(5.5 GB/s)で読み込み時間を劇的に短縮。 触覚フィードバックとアダプティブトリガを備えた DualSense コントローラを採用。 COVID-19 によるサプライチェーン混乱で発売後2年近く慢性的な品薄が続いた。 同時期に発売された Xbox Series X/S と合わせ「第9世代家庭用機」の幕開けとなる。 2024年11月の PS5 Pro 発売(699ドル)まで、 単一世代としては累計約6500万台を販売。

    関連用語
    GPU · SSD
    登場する年表
    IT全史 ── 計算機が世界を編み変える

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  3. EVT.011T1Microsoft、Activision Blizzard を687億ドルで買収完了Microsoftの歴史詳細を読む