T1#market#enterprise
IBM 305 RAMAC ── 世界初の商用ハードディスク

メタデータ
- 日付
- 年代
- 1950s
- Tier
- T1
- 出典数
- 06
- 関連項目
- 01
- Tags
- #market#enterprise
1956年9月14日、 IBM は記者会見を開き IBM 305 RAMAC を発表した。 RAMAC は Random Access Method of Accounting and Control の頭字語である。 このシステムの中核にあった IBM 350 ディスク記憶装置 が、 商用として最初のハードディスクドライブだった。
日付を分ける
RAMAC の日付は、 資料によって4つが混ざっている。 分けて書くとこうなる。
| 日付 | 何が起きたか |
|---|---|
| 1956年6月 | 試作機(305-A)がサンフランシスコの Zellerbach Paper 社へ出荷 |
| 1956年9月4日 | IBM 社内向けの発表 |
| 1956年9月13日 | 最初の1台が出荷 |
| 1956年9月14日 | 記者会見での公表 |
| 1957年11月 | 量産出荷開始。 デンバーの United Airlines へ |
「9月13日に発表」と書く資料が多いのは、 出荷日と公表日が1日違いだからである。 RAMAC の復元プロジェクトは、 6月に出た機械が量産品ではなく試験用の試作機であり、 のちに回収・廃棄されたことも記録している。
テープには出来なかったこと
1956年の商用データ処理はパンチカードと磁気テープの世界だった。 どちらも 順次アクセス である。 顧客番号 48213 の残高を知りたければ、 リールをそこまで読み進めるしかない。 だから業務は自然とバッチになる ── 一日分の伝票を溜め、 夜にソートし、 マスタファイルを頭から舐めて更新する。 在庫を今すぐ知りたい、 という問いには構造上答えられなかった。
RAMAC が変えたのはそこである。 IBM 自身の記述によれば、 それ以前は計算機を通した情報の取り出しに数時間から数日を要した。 350 は任意のレコードへ平均0.6秒で届いた。 どのレコードでも同じ時間 というのが要点で、 これによって「締めのあとで知る」ことしかできなかった数値が「いま引く」ものになった。 RAMAC の設計動機がリアルタイムの会計処理にあったことは、 名前の AC が accounting and control を指すことにも残っている。
機械の中身
サンノゼの IBM 研究所で Reynold B. Johnson が率いたチームは、 棒・帯・テープ・平板を試したうえで、 アルミの円盤に酸化鉄塗料を塗って磁化する方式に落ち着いた。 円盤は高速で回すと波打つので、 2枚を貼り合わせて剛性を稼いだ。 ヘッドは円盤に触れてはならないので、 圧縮空気を吹き出して浮かせた。 1枚では容量が足りないので重ねた ── この見込みの薄い設計を、 IBM の重役たちは "baloney slicer"(ソーセージのスライサー)と呼んだ、 と IBM 自身が書いている。
主な諸元は次のとおり。
- 直径24インチ(610mm)の円盤の積層。 使用する記録面は 100面。 円盤の枚数は資料により50枚とも52枚とも書かれる
- 各面100トラック、 回転数 1,200rpm、 転送速度 8,800文字/秒
- レコード探索の平均時間 約600ミリ秒
- 重量 約1トン。 別置きの空気圧縮機を伴う
最後の難所は、 一対のヘッドを目的の場所へ即座に運ぶことだった。 Johnson は IBM の記録にこう残している ── 「それが我々の目標でした。 ディスクの内側6インチの位置にある任意のトラックから外へ出て、 2フィート下へ降り、 また6インチ内側へ入る ── それを0.5秒で」。 そして「達成したのは800ミリ秒くらいで、 そこで製品になりました」。
「500万文字」を現代の単位に直す
RAMAC の容量は 500万文字 と記録されている。 これを MB に直そうとすると、 答えが割れる。
- 1文字あたりのデータは6ビット。 500万×6ビット=3,000万ビット= 3.75MB(10進の MB。 2進なら約3.6MiB)
- パリティを加えて7ビットとすれば約4.4MB
- 1文字を1バイトと数えれば 5MB
「世界初のハードディスクは5MB」という言い方が広まったのは、 三つ目の数え方である。 IBM 自身の現行のヘリテージ記事も「5メガバイト」と書き、 同じ記事の別の箇所では「7ビットで符号化された500万文字」とも「5〜10メガバイト」とも書いている。 RAMAC 復元プロジェクトは、 6ビット文字を8ビットバイトへ換算した3.75MB が正しいとして、 5MB を神話の側に分類している。
この記事では、 出典が一致している「500万文字」を一次の数字として扱う。 単位換算は解釈であって測定ではない。
値段と広がり
305 システムのリース料は月額3,200ドルだった。 当時の IBM の標準的な提供形態はリースであり、 顧客の帳簿には設備投資ではなく経費として載る。 これが計算機の導入障壁を下げていた面は小さくない。
初期の顧客には 3M、 ニューヨーク大学、 Norfolk 海軍造船所、 Pfizer、 United Airlines などが並ぶ。 1958年のブリュッセル万国博覧会の米国館で実演され、 1960年のスコーバレー冬季五輪では採点処理に使われた。 305 は1,000台以上が作られ、 350 は1969年に正式に販売終了となった。
RAMAC 計画から出た米国特許 3,503,060(William A. Goddard と John J. Lynott、 1970年3月24日成立、 発明の名称は Direct access magnetic disc storage device)は、 ディスクドライブの基本特許とされている。
その後
以後70年、 記憶装置の設計は「回転する円盤に浮かせたヘッドで書く」という RAMAC の形を引き継ぎ続けた。 SSD がその形を置き換えたのは2010年代である。 だが置き換わったのは実装であって、 RAMAC が持ち込んだ前提 ── どのデータにも同じ時間で届く ── のほうは、 いまも動いているあらゆるシステムの土台にある。
IBM 自身は、 RAMAC が関係データベースの発明への道を開いたと書いている。 Codd の関係モデル が1970年に成立するには、 その14年前に、 どこにでも届く記憶装置が要った。
出典
最終更新: