T1#enterprise
Atari Pong 商業展開

メタデータ
- 日付
- 年代
- 1970s
- Tier
- T1
- 参照年表
- ゲーム機・ゲーム技術の歴史
- 出典数
- 08
- 関連項目
- 00
- Tags
- #enterprise
ポン(Pong)は、米国の Atari が1972年に作った業務用のテニス(卓球)ゲームである。画面の左右にあるパドルをつまみで上下に動かし、行き来する四角いボールを打ち返す。試作機は1972年、カリフォルニア州サニーベールの酒場 Andy Capp's Tavern に置かれて客を集め、Atari は11月29日に製品として発表した。設計したのは技術者の Allan Alcorn で、Atari 創業者の Nolan Bushnell が練習課題として割り当てたものだった。Pong は世界で最初のビデオゲームではないが、ビデオゲームを商売として成り立たせた最初の大きな成功作である。
練習課題から始まったゲーム
Alcorn は Ampex で Bushnell と同僚だった技術者である。Bushnell は、先に作ったビデオゲーム Computer Space を Nutting Associates から出していたが、Alcorn の回想では売れ行きは芳しくなかった。新しい会社(当初は Syzygy、のちの Atari)に Alcorn を迎えた Bushnell は、最初の仕事として、点が1つ動くだけのごく単純なテニスゲームを作るよう指示した。General Electric から家庭用ゲームの契約を取ったから、という説明だった。
Computer History Museum のオーラルヒストリーで、Alcorn はこの課題が実はただの練習だったと語っている。本物の製品だと思い込んでいたからこそ、遊びやすくするための工夫をいくつも盛り込んだ。Bushnell が卓球の発想を得たのは、Magnavox の家庭用ゲーム機 Odyssey の実演を見たからだろう、とも Alcorn は述べている。
Andy Capp's Tavern の試作機
試作機は手近な部品の寄せ集めだった。Alcorn は Walgreens で75ドルの白黒テレビを買ってモニターに改造し、コインランドリー用の硬貨箱を筐体にボルトで留めた。硬貨はパン焼き型で受けたが、Alcorn によれば、そのパン焼き型さえ時に溢れるほど稼いだ。説明書きは1つもなかった。製品版でようやく付いた3行の指示 ── 硬貨を入れる、ボールは自動で出る、ボールを打ち損じないようにして高得点を狙う ── は、Alcorn が皮肉まじりに書いたものだという。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 設置場所 | Andy Capp's Tavern(カリフォルニア州サニーベール) |
| 設置時期 | 1972年(8月とする資料と9月とする資料がある) |
| モニター | 改造した白黒テレビ(約75ドル) |
| 操作 | 2つのつまみ |
| 料金 | 1プレイ25セント |
| 現存 | 実際に設置された試作機を Alcorn が Computer History Museum に寄贈。2002年の時点でまだ動いた |
この1台が噂になり、人が遊びに来るようになった。Atari はもともと、ゲームを設計して Bally のような大手にライセンスするつもりで、製造を自分でやる気はなかった。Alcorn は Andy Capp's のカウンターで、稼いでいる試作機を眺めながら、Bushnell が自分たちで作ると決めた場面を回想している。
1972年11月29日 ── 製品としての Pong
Atari が Pong を発表したのは1972年11月29日とされる。その5日前の11月24日、Bushnell は画面上の像をつまみで動かす制御方式の特許を出願しており、1974年2月19日に米国特許3,793,483として成立した。
Alcorn によれば、Bushnell は筐体を1台1,200ドルで売り、運営業者は前金で支払った。それ以前の業務用ゲームは1回10セントが普通で、25セントで遊ばせる Pong は運営業者の収入を倍にしえた。
「最初のビデオゲーム」ではない
Pong を世界初のビデオゲームと呼ぶのは誤りである。1958年には米ブルックヘブン国立研究所でオシロスコープを使った Tennis for Two が公開されており、Pong に先立って Magnavox の家庭用ゲーム機 Odyssey がテニスに似たゲームを備えていた。Strong 国立遊戯博物館も、Pong は最初の電子ゲームではないが、広く一般の注目を集めた最初のゲームだと書いている。正確な言い方は、商業的に大きく成功した最初期のビデオゲーム、あるいはビデオゲームを産業にした作品、である。
Magnavox との関係は後に法廷沙汰になりかけた。Alcorn の回想では、Magnavox から特許侵害を指摘する書面が届き、1976年6月の家電ショーの直前、Atari は争う費用と時間を避けて和解した。Alcorn はその額を、約30万ドルの一括払いのライセンスだったと記憶している。
家庭へ、そして日本へ
1975年、Atari は Pong を1つの専用チップに収めた家庭用版を、Sears の販売網を通じて売り出した。Computer History Museum によれば、Sears の最初の注文は20万台で、1975年のクリスマス商戦に向けて Tel-Games のブランドで出荷された。
日本にも Pong はすぐに届いた。ギネス世界記録によれば、タイトーは1973年7月に最初の業務用筐体として白黒の「エレポン」を発売している。4Gamer.net の記事は、一般に日本初のビデオゲームとされるエレポンやセガ・エンタープライゼスの「ポントロン」が、いずれも Atari の PONG をコピーしたものだったと指摘し、純国産のビデオゲームとして1973年11月に岩手大学で公開された作品を挙げている。その10年後の家庭用ゲーム機の時代については ファミコン を参照。
Pong の年表
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1972年 | Alcorn が練習課題として Pong を作り、試作機を Andy Capp's Tavern に設置 |
| 1972年11月24日 | Bushnell が画面上の像を動かす制御方式の特許を出願 |
| 1972年11月29日 | Atari が Pong を製品として発表 |
| 1973年7月 | 日本でタイトーの「エレポン」、セガ・エンタープライゼスの「ポントロン」が発売 |
| 1974年2月19日 | Bushnell の特許が米国特許3,793,483として成立 |
| 1975年 | 家庭用 Pong を Sears の販売網で発売。最初の注文は20万台 |
| 1976年6月 | Atari が Magnavox と和解し、ライセンスを受ける(Alcorn の回想) |
この表が示すとおり、Pong は1台の試作機から4年足らずで、業務用、家庭用、海外の模倣品、特許の和解までを一通り経験した。
よくある質問
- Pong はいつ発売されたのですか。
- 試作機が1972年にサニーベールの酒場 Andy Capp's Tavern に置かれ(8月とする資料と9月とする資料があります)、Atari は1972年11月29日に製品として発表しました。
- Pong は世界初のビデオゲームですか。
- いいえ。1958年の Tennis for Two や、Pong に先立つ Magnavox Odyssey のテニスゲームがあります。Pong は、ビデオゲームを商業として成り立たせた最初の大きな成功作と言うのが正確です。
- Pong を作ったのは誰ですか。
- Atari の技術者 Allan Alcorn です。創業者の Nolan Bushnell が練習課題として割り当て、Alcorn は General Electric 向けの家庭用ゲームだと聞かされていました。
- 日本で最初に出た Pong 型のゲームは何ですか。
- 1973年7月にタイトーが発売した「エレポン」と、セガ・エンタープライゼスの「ポントロン」がよく挙げられます。4Gamer.net の記事は、いずれも Atari の PONG をコピーしたものだと指摘しています。
出典
練習課題と General Electric の話、Odyssey、75ドルのテレビと硬貨箱とパン焼き型、Andy Capp's での決断、1,200ドルと25セント、Magnavox との和解
二次資料Spicer, D. (2022). 50 Years of Fun With PONG — Computer History Museum blog, Nov 30, 2022
Sears の家庭用版(20万台、Tel-Games)
二次資料Pong — World Video Game Hall of Fame, The Strong National Museum of Play
Pong は最初の電子ゲームではないが、広く一般の注目を集めた最初のゲームだという位置づけ
三次資料Pong — Wikipedia
1972年11月29日の発表(Atari の生産台数資料を出典とする)
最終更新: