人物 :: PERSON
スティーブ・ウォズニアック
Apple I と Apple II を単独で設計した技術者。Hewlett-Packard で電卓を設計しながら Homebrew Computer Club に出入りし、1976年に Apple I の基板を、1977年に Apple II を作った。カラー表示・ROM 内蔵 BASIC・8本の拡張スロット・8個の集積回路だけで組んだフロッピーコントローラ ── いずれも部品を減らす方向に徹底した設計である。1981年2月の飛行機事故を経て Apple の常勤を1985年初頭に離れ、同年 Steve Jobs とともに米国国家技術賞を受けた。

プロフィール
- 生年
- 1950
- 存命
- 存命
- 在世
- 1950–
- 関連事象
- 01
- 名称
- ENSteve WozniakJAスティーブ・ウォズニアック
スティーブン・ゲイリー・ウォズニアック(Stephen Gary Wozniak、 1950年8月11日生まれ)は、 Apple の共同創業者であり、 Apple I と Apple II を設計した技術者である。 彼の設計に一貫している性質は、 性能でも美しさでもなく部品点数だった。 同じことを他社より少ないチップでやる ── それは1970年代半ばには、 そのまま値段の差になった。
経歴
カリフォルニア州サンノゼ生まれ。 父は Lockheed の技術者だった。 カリフォルニア大学バークレー校に在籍したが中退し、 Hewlett-Packard で電卓の設計に従事する。 電卓は、 少ない部品で決まった機能を出す訓練としては理想的な題材だった。
1975年、 パロアルトで始まった Homebrew Computer Club に出入りするようになる。 マイクロプロセッサを手に入れた人々が、 動いたものを持ち寄って見せ合う集まりである。 Wozniak が Apple I の基板を作ったのは、 製品を売るためではなく、 この場で見せるためだった ── 基本設計は1976年3月1日に完成している。
Apple II の設計判断
Apple II で下した判断のうち、 後世に効いたものは3つある。
カラーを NTSC の仕組みから引き出したこと。 MOS 6502 を1.023MHz で動かしたのは、 これが NTSC のカラー副搬送波周波数のちょうど7分の2だからである。 専用のカラー生成回路を持たずに、 タイミングの一致だけで色を出した。 動機は高尚ではない ── かつて Atari のためにハードウェアで作った Breakout を、 ソフトウェアで書き直したかった。 そのために色を足し、 音のためにスピーカーを足し、 パドル回路を足していったのである。
8本の拡張スロット。 Apple II History によれば、 Steve Jobs はプリンタとモデムで2本あれば十分だと考えていた。 Wozniak は HP での経験から、 利用者は空いたスロットを必ず何かで埋めると主張して譲らなかった。 製造原価は上がり、 そして Apple II の周辺機器市場という資産が生まれた。
8個の集積回路で組んだフロッピーコントローラ。 1977年のクリスマス休暇に Randy Wigginton とまとめた Disk II の制御装置は、 Computer History Museum の記述によれば8個の IC で構成されている。 他社が専用ハードウェアで実装していた処理を、 プログラムされた論理へ押し込んだ結果である。 1978年1月の CES で実演された。
Integer BASIC も彼が書いた。 アセンブラを使わず、 紙の上に命令を書き、 手で16進に直している。
1981年以降
1981年2月7日、 自ら操縦する小型機がサンタクルーズ近郊で墜落。 頭部を負傷し、 前向性健忘(新しい記憶が定着しない状態)を残した。 これを機に Apple の常勤から距離を置く。
その後、 中退していたバークレーに戻り、 1986年に電気工学・計算機科学の学士を取得した。 1982年と1983年には音楽と技術の催し US Festival を主催している。 Apple の常勤としての勤務は1985年初頭に終わったが、 従業員としての籍そのものは長く残った。
受賞・栄誉
- 1985年 ── 米国国家技術賞。 Steve Jobs との共同受賞で、 授賞理由は「パーソナルコンピュータの開発と導入により、 計算機の力を個人の利用者へ広げる新しい産業の誕生をもたらしたこと」。 この年が同賞の第1回である
- 1998年 ── IEEE Computer Society Computer Entrepreneur Award(Paul Allen、 Bill Gates、 Steve Jobs と共同)
- 2000年 ── 全米発明家殿堂入り
その後の活動
Apple を離れたあとは、 汎用リモコンの CL 9(1985年設立、 製品は1987年)、 無線位置測位の Wheels of Zeus(2001年設立、 2006年に終了)、 オンライン技術教育の Woz U(2017年)、 宇宙デブリの追跡を扱う Privateer(2021年、 Alex Fielding と共同創業)と続いている。 いずれも Apple II ほどの成功には至っていない。
しかし彼の評価はそこにない。 Macintosh 以降の Apple を作ったのは Jobs の意志と Bill Atkinson らの実装だが、 その Apple を存在させたのは Apple II が稼いだ利益である。 そしてその Apple II は、 一人の技術者が「もっと少ない部品でできるはずだ」と考え続けた結果として存在した。
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