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ドットコム・バブルの頂点と崩壊 ── NASDAQ 5,048.62

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- 2000s
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ドットコム・バブル(日本では IT バブル とも呼ばれる)は、1990年代後半にインターネット関連企業の株価が実態を大きく超えて上がり、2000年春から急落した出来事である。米国の新興企業が多く上場する NASDAQ 総合指数は、2000年3月10日に終値5,048.62 をつけて頂点に達した。そこから2年7カ月後の2002年10月9日には1,114.11まで下がり、頂点からの下落率は約78%に及んだ。終値で頂点を上回ったのは、2015年4月23日のことである。
数字で見る上昇と崩壊
以下はセントルイス連邦準備銀行の FRED が公開している NASDAQ 総合指数の日次終値である。
| 日付 | 終値 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 1995年7月17日 | 1,005.89 | 1,000台に乗る |
| 1998年7月17日 | 2,008.76 | 3年で約2倍 |
| 1999年12月31日 | 4,069.31 | 1999年の大納会 |
| 2000年3月10日 | 5,048.62 | 頂点 |
| 2000年4月14日 | 3,321.29 | 5週間で約34%下落 |
| 2000年12月29日 | 2,470.52 | 2000年の大納会 |
| 2002年10月9日 | 1,114.11 | 底。頂点から約78%下 |
| 2015年4月23日 | 5,056.06 | 終値で頂点を更新 |
指数が5,000を超えて引けたのは2000年3月9日(5,046.86)が最初で、翌10日が頂点になった。1999年末から頂点までの上昇は10週間で約24%、頂点から1カ月あまりで3分の1を失っている。
「根拠なき熱狂」
市場の過熱を当局者が公に問うたのは、頂点の3年以上前である。1996年12月5日、連邦準備制度理事会(FRB)の Alan Greenspan 議長は講演で、irrational exuberance(根拠なき熱狂)が資産価格を不当に押し上げたとき、それをどう見分け、金融政策にどう織り込むのかと問いかけた。その例として挙げたのは、過去10年に資産価格が予想外の長い収縮を経験した日本だった。
この講演の時点で NASDAQ はまだ1,300前後だった。指数はそこからさらに4倍近くまで上がることになる。熱狂の始まりとしてよく挙げられるのは1995年8月の Netscape の新規株式公開で、その経緯は同社のページにある。
Pets.com ── 上場から9カ月
崩壊を象徴する企業として繰り返し名前が挙がるのが、ペット用品のネット通販 Pets.com である。米証券取引委員会(SEC)に提出された書類から、その短い上場期間をたどれる。
| 日付 | 出来事(SEC 提出書類から) |
|---|---|
| 1999年2月 | 会社設立 |
| 2000年2月10日 | 目論見書の日付。750万株を1株11ドルで公開し、総額8,250万ドル。NASDAQ の銘柄コードは IPET |
| 2000年11月4日 | 取締役会が、7日朝までに買収・出資の申し出がなければ事業を清算すると決定 |
| 2000年11月7日 | 申し出が無く、事業の段階的な閉鎖と従業員320人のうち約255人の解雇を発表 |
目論見書は、集客を Amazon.com との広告契約に頼っていることをリスク要因として明記していた。清算発表の報道発表によれば、Merrill Lynch を通じて国内外の50社以上に出資や買収を打診したが、会社を訪れる気があったのは8社に満たなかった。同社は当時の顧客を57万人近くとしている。発表文の中で CEO の Julie Wainwright は、消費者向けインターネット企業にとってきわめて難しい環境であることはよく知られている、と述べている。
崩壊は株価から実体経済へ
全米経済研究所(NBER)は、米国の景気の山を2001年3月、谷を2001年11月と認定している。株価の頂点から1年後に景気後退が始まったことになる。
崩壊はネット通販だけにとどまらなかった。平成15年版の情報通信白書は、米国の情報通信産業が1990年代後半に伸びた理由として、景気拡大とインターネット関連の需要増、ベンチャーキャピタルや個人投資家からの豊富な資金、1996年の連邦通信法改正による参入の容易化を挙げている。そして崩壊の要因として、需要の一巡、過大な通信需要の見通しに基づく設備投資と M&A による負債の増加、新規参入による過当競争を挙げた。
その帰結が通信会社の破綻である。2002年1月に Global Crossing が、同年7月に WorldCom が連邦破産法第11章の適用を申請した。白書によれば WorldCom の申請は売上高213億ドル・資産1,070億ドル・負債410億ドルで、米国史上最大規模だった。欧州でも通信業の株価は2000年3月を頂点に2年半で83%下落し、第3世代携帯電話の電波オークションの落札額の高騰が大手通信事業者の業績を圧迫した。
雇用への影響は 2023年のテック企業の大量解雇 のページが参照している。そこで比較の基準になっているのが、テック部門の年間人員削減発表の過去最高記録 ── 2001年の16万8,395人である。
日本の「IT バブル」
日本でも同じ時期にネット関連株が買われ、その後に急落した。平成13年版の情報通信白書は、米国でドットコム企業の株価が2000年3月ごろを頂点に1年で4分の1程度まで下がり、ベンチャーキャピタルが収益重視に転じたため、赤字の企業がリストラや倒産に追い込まれていると記している。日本についても、電子商取引の市場は拡大を続けているが寡占化が進み、知名度の高い一部の企業を除いて生き残り競争が激化していると書いた。
平成15年版の情報通信白書によれば、日本の情報通信産業の市場規模は1995年の79兆円から2001年の123兆円へ拡大したが、2000年から2001年にかけて、パソコンや携帯電話の需要の一巡と欧米の低迷の影響で情報通信企業の業績は悪化した。特に米国への依存度が高い機器メーカーへの打撃が大きかった。
何が残ったのか
株価は崩れたが、インターネットそのものは残った。平成15年版の情報通信白書によれば、日本の情報通信機器・サービスの需要は2002年、ブロードバンドの急増やカメラ付き携帯電話などの新しい需要で一部持ち直している。米国でも、破綻した新興通信事業者のうち Teligent・Williams Communications・XO Communications は2002年9月から2003年1月にかけて連邦破産法第11章の手続を終え、再建に入った。
インターネットとウェブの流れは インターネットとウェブの年表 に、同じ年の出来事は 年表の概観 にある。株価が頂点に向かっていた2000年1月1日には、2000年問題 の年越しがあった。
よくある質問
- ドットコム・バブルの頂点はいつですか。
- NASDAQ 総合指数の終値で見ると2000年3月10日で、5,048.62でした。前日の3月9日に初めて5,000を超えて引けています。そこから2002年10月9日の1,114.11まで、約78%下落しました。
- NASDAQ が2000年の頂点を回復したのはいつですか。
- 終値で5,048.62を上回ったのは2015年4月23日(5,056.06)で、頂点から15年あまり後でした。
- Pets.com はどうなったのですか。
- SEC への提出書類によれば、2000年2月に1株11ドルで750万株を公開し、同年11月7日に事業の段階的な閉鎖と従業員320人のうち約255人の解雇を発表しました。上場からわずか9カ月でした。
- 日本の IT バブルはどうだったのですか。
- 情報通信白書によれば、日本の情報通信産業の市場規模は1995年の79兆円から2001年の123兆円に拡大した一方、2000年から2001年にかけてパソコンや携帯電話の需要の一巡と欧米の低迷の影響で情報通信企業の業績が悪化し、特に米国依存の高い機器メーカーが打撃を受けました。
出典
一次資料NASDAQ Composite Index (NASDAQCOM), daily close — Federal Reserve Bank of St. Louis, FRED
1995〜2015年の日次終値(頂点5,048.62、底1,114.11、2015年4月23日の5,056.06)
一次資料Pets.com, Inc. Prospectus (Form 424B4), February 10, 2000 — U.S. Securities and Exchange Commission
750万株・1株11ドル・総額8,250万ドル、銘柄コード IPET、1999年2月設立、Amazon.com との広告契約への依存
清算の発表、320人中約255人の解雇、50社以上への打診、顧客約57万人
一次資料平成15年版 情報通信白書 IT バブルの崩壊と情報通信産業 — 総務省
米国の情報通信産業の成長と崩壊の要因、Global Crossing と WorldCom の破綻、欧州通信株の83%下落、日本の情報通信産業の79兆円から123兆円への拡大と業績悪化
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