T1
Windows 11 発売

メタデータ
- 日付
- 年代
- 2020s
- Tier
- T1
- 参照年表
- OSの歴史
- 出典数
- 12
- 関連項目
- 01
発表は2021年6月24日、 一般提供の開始は10月5日。 対象機への配信は段階的で、 Microsoft は全機種へ行き渡るのは2022年半ばになると告知していた。 「最後の Windows」の出所も、 ここで正確に書いておく。 2015年5月7日、 Microsoft の開発者エバンジェリスト Jerry Nixon が Ignite のセッションでこう述べた ── 「Right now we're releasing Windows 10, and because Windows 10 is the last version of Windows, we're all still working on Windows 10」。 公式方針の発表ではない。 ただし The Verge の照会に対して Microsoft はこれを否定せず、 「Recent comments at Ignite about Windows 10 are reflective of the way Windows will be delivered as a service」と答え、 同時に「We aren't speaking to future branding at this time」と将来のブランド名については言質を避けていた。 6年後、 その含みのほうが正解だったことになる。
新 OS は中央揃えのスタートメニュー、 角丸ウィンドウ、 Fluent デザインの刷新、 Snap Layouts、 Microsoft Teams 統合、 そして DirectStorage や Auto HDR といったゲーム強化機能を持って登場した。 だが業界が記憶することになるのは、 UI の刷新でも DirectStorage でもなく ── ハードウェア要件 だった。
TPM 2.0 と「数億台が切られる」議論
Windows 11 のシステム要件は、 これまでの Windows メジャー更新と質的に異なっていた。
- TPM 2.0(Trusted Platform Module 2.0)を必須
- Secure Boot を必須
- 第8世代 Intel Core(2017年以降)または同等の AMD Ryzen 2000 シリーズ以降の CPU
- 4GB 以上の RAM、 64GB 以上のストレージ
CPU 世代の線引きは特に厳しかった。 2016〜2017年に出荷された第7世代 Core(Kaby Lake)搭載 PC ── つまり当時まだ4〜5年しか経っていない機種 ── が、 公式には Windows 11 非対応となった。 Microsoft 自社の Surface Studio 2 ですら発表時のリストから漏れており、 8月27日に第7世代の一部(Core X シリーズ、 Xeon W、 そして Surface Studio 2 が積む Core i7-7820HQ) が追加されて救済された。 i7-7820HQ については「DCH 準拠のドライバで出荷された機種に限る」という条件付きである。
規模の見積もりで最も広く引かれたのは、 IT 資産管理の Lansweeper が2021年9月末に出した調査である。 6万組織・推定3000万台を対象に、 CPU 要件を満たしたワークステーションは44.4%、 要件を満たす TPM が有効だった機器は52.55% ── つまり職場の PC の半数以上が、 何らかの項目で落ちた。 これは業務用端末の母集団に対する数字であり、 全世界の Windows PC の分布とは別物だが、 桁の感覚としては数億台規模を指していた。
セキュリティ強化を掲げる Microsoft の理屈と、 「まだ動く PC を OS 側で強制廃棄させる構造ではないか」という批判は、 ここから4年間ずっと並走した。 そして Microsoft は緩めなかった。 2024年12月3日、 Windows IT Pro Blog は要件をあらためて名指しで固定している ── 「By instituting TPM 2.0 as a non-negotiable standard for the future of Windows, we elevate the security benchmark」。 同月に更新されたサポート文書も、 要件を満たさない端末への導入は「サポート対象外で推奨しない」、 入れてしまったなら「直ちに Windows 10 へ戻すこと」と書いている。 この時期に「Microsoft が TPM 2.0 必須を撤回した」と報じた記事が複数出たが、 一次資料が言っているのは逆のことだった。
Android サブシステム ── 鳴り物入りで始まり、 沈黙のうちに終わる
6月の発表で目玉のひとつとされたのが Windows Subsystem for Android(WSA)だった。 Windows 上で Android アプリを動かす ── Linux カーネルと AOSP 11 ベースの Android を仮想マシンで抱える構成である。 ただし10月5日の提供開始には間に合わず、 米国の Beta チャネル向けプレビューが始まったのは10月20日、 初期のカタログは Amazon Appstore の約50本だった。
そして Google Play は最後まで載らなかった。 Microsoft が組んだのは Amazon Appstore ── アプリ数も品質も Google Play に遠く及ばないストア。 「Android が動くと言われたが、 使えるアプリがほとんどない」という状態で WSA は迷走した。
2024年3月、 Microsoft は打ち切りを予告。 Microsoft Learn の記載はこうである ── 「Starting March 5, 2025, Windows Subsystem for Android™ and the Amazon Appstore are no longer available in the Microsoft Store」。 プレビュー開始から3年半で終わったプラットフォーム機能となった。 「Android が Windows で動く」というメッセージは、 Windows 11 のローンチイベントを飾った後、 ほとんど誰も使わない機能としてフェードアウトしていった。
DirectStorage、 Copilot、 そして23H2/24H2
UI 以外の地味な改善のうち、 開発者・ゲーマーから評価されたのは DirectStorage だった。 NVMe SSD から GPU へデータを送り、 展開処理を CPU に通さない仕組みで、 ゲームのロード時間の短縮を狙った基盤技術。 Xbox Series X/S と共通の技術が PC に降りてきた、 という意味で世代の変わり目を示した。
一方、 2023〜2024年の Windows 11 の方向性を決定づけたのは Copilot だった。 Copilot in Windows がプレビューとして降りてきたのは2023年9月26日、 22H2 向けの「Moment 4」更新でのことで、 23H2 本体のリリースはその後の10月31日である。 2024年5月20日には Copilot+ PC という新カテゴリ ── 40 TOPS 以上の NPU、 16GB のメモリ、 256GB のストレージを満たす機種のみに機能を限定する枠組み ── が発表され、 6月18日に発売。 24H2 の一般提供は同年10月1日。 目玉だった Recall は、 プライバシーとセキュリティへの批判を受けて発売時点の搭載が撤回され、 Insider 向けプレビューを経て Copilot+ PC 全般へ展開されたのは2025年4月 ── 発表からほぼ1年後である。
これによって Windows 11 は、 「Windows 10 の後継」から「AI PC 時代の入口」へと位置づけを変えていった。 同時に、 ハードウェア要件はまた一段引き上げられた。
採用ペース ── Windows 10 を超えるのに4年近く
Windows 10 のときは速かった。 Microsoft は2016年6月30日、 発売から1年足らずで「350 million devices」で動いていると公表している(同社の自己申告値である)。 Windows 11 はそうはいかなかった。 Statcounter の Windows デスクトップ内シェアで追うと:
- 2024年7月: Windows 10 が 66.04%、 Windows 11 は 29.75%
- 2025年7月: Windows 11 が 50.24% で Windows 10(46.84%)を初めて上回る ── 発売から3年9か月
- 2025年11月: Windows 11 53.7% 対 Windows 10 42.7%
Statcounter は約150万サイトの訪問データで、 個人と法人が混ざる標本である。 その但し書きを付けてもトレンドは明白だった ── Windows 11 が Windows 10 を抜くのに4年近くかかり、 サポート終了(2025年10月14日)から1か月半が過ぎても4割超の Windows PC がまだ Windows 10 で動いていた。 差が開かない理由として調査会社が挙げるのは、 買い替えても旧機を副機として使い続ける行動、 法人の変更管理の遅さ、 そして有償・無償の ESU(拡張セキュリティ更新) が移行の猶予として機能していることである。
OS 更新という経済イベント
Windows 11 が示したのは、 OS のメジャー更新が技術的な世代交代ではなく、 巨大な PC 群を強制的に陳腐化させる経済イベント であるという構造だった。 TPM 2.0 という1チップの有無で、 まだ動く数億台の PC が「公式には次に進めない」状態に置かれた。
Microsoft の立場から見れば、 セキュリティの底上げ、 Pluton、 仮想化ベースのセキュリティ、 Copilot+ PC への布石 ── 一貫した戦略だった。 ユーザの立場から見れば、 6年前に買った PC が「使えないことになる」体験だった。
この二つの視点のあいだに横たわる溝は、 4年後の Windows 10 サポート終了(2025年10月14日)で、 環境負荷と電子廃棄物の議論として再噴出することになる。 Windows 11 のローンチは、 その伏線を全て持ったまま始まっていた。
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