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ゴールドマン・サックス「3億人分の雇用」推計 ── 生成 AI に「さらされる」とは何を意味したか

「AI で3億人の仕事がなくなる」という見出しの元になったのは、ゴールドマン・サックスの経済調査部門が2023年3月26日付(米東部時間)で出したリポート「The Potentially Large Effects of Artificial Intelligence on Economic Growth」(人工知能が経済成長に与えうる大きな影響)である。エコノミストの Joseph Briggs と Devesh Kodnani は、生成 AI がもたらす作業の流れの変化によって、フルタイム換算で3億人分の雇用が自動化に「さらされうる」 と推計した。
ここで重要なのは「さらされる(expose)」という言葉の意味である。リポートは同時に、大半の職業は部分的にしかさらされず、置き換えられるより補完される可能性が高いと書き、例示の仮定のもとでは米国の雇用のうち AI に代替されるのは7%だとしている。3億人という数字は、失業者の数ではなく、AI が肩代わりしうる仕事量の大きさをフルタイム勤務の人数に換算したものだった。
何をどう推計したのか
リポートが出たのは、ChatGPT の公開から4か月、GPT-4 の発表から2週間ほど後である。推計の手順は次のとおり。
- 米労働省の職業データベース O*NET にある900超の職業について、タスクの中身を調べる(のちに欧州の ESCO にある2,000超の職業にも拡張)
- 生成 AI の用途に関する既存研究をもとに、O*NET の39の作業活動のうち13を「AI による自動化にさらされる」と分類する
- 基本ケースでは、AI がこなせるのは O*NET の7段階の難易度で4までのタスクと仮定する
- 屋外や身体労働に多くの時間を使う職業は、AI では自動化できないと仮定する
- 重要度と複雑さで重み付けし、職業ごとに「仕事量のうち AI が代替しうる割合」を出す
結果は次のとおりである。
| 指標 | 推計値 | 範囲 |
|---|---|---|
| 何らかの程度で自動化にさらされる職業 | 約3分の2 | 米国の職業 |
| さらされる職業で代替されうる仕事量 | 多くが25〜50% | 同上 |
| 自動化されうる仕事量 | 4分の1 | 米国の雇用加重 |
| 事務/法律の職業 | 46%/44% | 米国 |
| 建設/保守の職業 | 6%/4% | 米国 |
| 自動化されうる仕事量 | 18% | 世界の雇用加重 |
| 自動化にさらされうる雇用 | フルタイム換算3億人分 | 世界への外挿 |
| シナリオによる幅 | 15〜35% | 米国の仕事量 |
最後の行が示すように、AI がこなせるタスクの難しさや、ロボットとの組み合わせを仮定し直すだけで、推計は15〜35%の間で動く。リポートは自らの基本ケースを、既存研究の中では控えめな側だと位置づけている。
「さらされる」と「失われる」の違い
リポートは、さらされる度合いで職業を3つに分ける例示を示した。重要度と複雑さで重み付けしたタスクの50%以上がさらされる職業は AI に代替されやすく、10〜49%なら補完されやすく、0〜9%なら影響を受けにくい、という仮定である。
| 区分 | 米国の雇用に占める割合 |
|---|---|
| 代替される(さらされる割合50%以上) | 7% |
| 補完される(10〜49%) | 63% |
| 影響を受けにくい(0〜9%) | 30% |
リポートは、これらの割合も、部分的な省力化に対して労働需要や仕事量がどう反応するかで変わると断っている。そのうえで、自動化による離職は歴史的に新しい仕事の創出で相殺されてきたと書いた。ゴールドマン・サックスの紹介記事は、経済学者 David Autor の研究を引き、今日の労働者の60%は1940年には存在しなかった職業に就いていると紹介している。
生産性については、生成 AI が広く普及した後の10年間で、米国の労働生産性の伸びを年1.5ポイント弱押し上げ、最終的に世界の年間 GDP を7%(約7兆ドル)押し上げうると推計した。ただし、そのブームがいつ来るかは予測しにくいとも書いている。
同時期の別の推計
同じ2023年3月17日には、OpenAI などの研究者による論文「GPTs are GPTs」(Eloundou、Manning、Mishkin、Rock)が arXiv に投稿された。米国の労働者の約80%は仕事のタスクの10%以上が大規模言語モデルの影響を受けうる一方、約19%はタスクの50%以上が影響を受けうるとし、普及の時期については予測しないと明記している。ゴールドマン・サックスと同じく、測っているのは「影響を受けうるタスクの割合」であり、雇用の増減ではない。
2013年のフレイ&オズボーン論文が職業をまるごと「自動化されるか否か」で分けたのに対し、2023年の推計はどちらも職業の中のタスクの割合を測った。その分、「代替」と「補完」を分けて論じられるようになったと言える。
批判と、その後の数字
推計の大きさには異論も出た。MIT の経済学者 Daron Acemoglu は論文「The Simple Macroeconomics of AI」で、AI が今後10年で GDP を押し上げる幅を1.1〜1.6%と、はるかに控えめに見積もった。MIT News によると、Acemoglu は AI の影響を受けるのはデータの要約や画像の照合、パターン認識といった一群のオフィス業務で、経済のおよそ5%にあたると述べ、業界や報道の約束に比べて期待外れだと語っている。
ゴールドマン・サックス自身も2025年8月13日の続報で数字を更新した。AI が広く普及すれば米国の労働者の6〜7%が職を失いうるが、新しい仕事が生まれるため影響は一時的で、移行期の失業率の上昇は0.5ポイント程度だとした。現在の AI の用途が経済全体に広がった場合に職を失うおそれがあるのは米国の雇用の2.5%とも書いている。Briggs と Sarah Dong は、採用が広がれば影響も広がりうるとしつつ、「AI が今後10年で大きな雇用減につながることには引き続き懐疑的だ」("we remain skeptical that AI will lead to large employment reductions over the next decade")と記した。一方で同じ続報は、2025年初め以降、テック系の職種で20〜30歳の失業率がほぼ3ポイント上がったことに触れ、若い働き手への影響を指摘している。実際の雇用データで若い層を調べた研究は「炭鉱のカナリア」論文のページにある。
日本からの見方
日本では内閣府が2024年7月の「世界経済の潮流 2024年 I」で「AI で変わる労働市場」を特集し、AI が人の仕事を置き換えるのか、人を助けて生産性を上げるのかという区別を軸に、各国の研究を整理した。その整理の中身は、2015年に日本の49%を推計した野村総合研究所の推計のページで紹介している。3億人という数字をめぐる議論も、つまるところ代替と補完の境目をどこに引くかの議論だった。
AI と雇用をめぐる出来事の流れは AI と社会の年表 で追える。
よくある質問
- ゴールドマン・サックスは「AI で3億人が失業する」と言ったのですか。
- いいえ。リポートの表現は、生成 AI がフルタイム換算で3億人分の雇用を自動化に「さらしうる」というものです。同じリポートは、大半の職業は部分的にしかさらされず補完される可能性が高いとし、例示の仮定では米国の雇用のうち代替されるのは7%としています。
- 3億人という数字はどう計算されたのですか。
- 米労働省の O*NET にある900超の職業のタスクを調べ、39の作業活動のうち13を AI にさらされるものと分類し、職業ごとに仕事量のうち AI が代替しうる割合を推計しました。欧州の職業データにも当てたうえで国ごとの産業構成の違いを調整して世界に広げ、世界の仕事量の18%が AI で自動化されうるとし、世界に外挿するとフルタイム換算で3億人分の雇用がさらされうるとしています。
- どの職業が最もさらされているとされましたか。
- 米国では事務(46%)と法律(44%)の職業でさらされる仕事量の割合が高く、建設(6%)や保守(4%)のような身体を使う仕事は低いとされました。屋外作業や身体労働に多くの時間を使う職業は AI では自動化できないと仮定しています。
- この推計はその後どう評価されましたか。
- MIT の Daron Acemoglu は、AI が今後10年で GDP を押し上げる幅は1.1〜1.6%程度と、はるかに控えめに見積もりました。ゴールドマン・サックス自身も2025年8月、AI が広く普及すれば米国の労働者の6〜7%が職を失いうるが影響は一時的だとし、今後10年で大きな雇用減につながることには懐疑的だと書いています。
出典
リポート本文。O*NET の900超の職業、39作業活動中13、難易度4まで、約3分の2の職業、4分の1の仕事量、事務46%・法律44%・建設6%・保守4%、世界18%、3億人分、15〜35%の幅、7%代替・63%補完・30%影響なし、年1.5ポイント弱、世界 GDP 7%
一次資料Generative AI could raise global GDP by 7% — Goldman Sachs, Apr 5, 2023
Briggs と Kodnani の名前、補完が多いとする著者の言葉、1940年に存在しなかった職業に今日の労働者の60%が就くという Autor の研究の紹介
一次資料How Will AI Affect the Global Workforce? — Goldman Sachs, Aug 13, 2025
6〜7%の離職、移行期に失業率0.5ポイント上昇、現在の用途の拡大で2.5%、大きな雇用減には懐疑的、20〜30歳のテック系職種の失業率がほぼ3ポイント上昇
二次資料What do we know about the economics of AI? — MIT News, Dec 6, 2024
Acemoglu の「The Simple Macroeconomics of AI」の推計(10年で GDP 1.1〜1.6%)
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