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集積回路(IC)の発明

Jack Kilby が1958年に作った最初の集積回路の複製(Heinz Nixdorf MuseumsForum 所蔵)
出典Florian Schäffer (Wikimedia Commons user MAbW) · CC BY-SA 4.0 · Commons で見る ↗

メタデータ

日付
年代
1950s
Tier
T1
出典数
11
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集積回路(IC)は、トランジスタ・抵抗・コンデンサといった回路素子を1つの半導体の塊の中に作り込み、まとめて1つの部品にしたものである。発明者として名が挙がるのは2人いる。Texas Instruments(TI)の Jack Kilby は1958年9月12日、ゲルマニウムの小片に作り込んだ発振回路を初めて動かした。Fairchild Semiconductor の Robert Noyce は翌1959年1月23日、シリコンの酸化膜の上に金属配線を載せて素子どうしをつなぐ方式をノートに記した。前者は最初に動いた集積回路であり、後者は量産に使える形を与えた。「どちらが発明したか」という問いには、この2つの日付で答えるのが正確である。

数の暴政 ── 部品を減らすという問題

Kilby は2000年のノーベル賞講演で、当時の電子機器が抱えた問題から話を始めている。1946年の ENIAC は1万7000本を超える真空管を使った。トランジスタが真空管に取って代わっても、何万、何十万という部品を組み立てて配線しなければならない点は変わらず、システムは大きく、重く、信頼性を保てなくなる。小型化を早くから後押ししたのは、米国の軍と宇宙機関だった。

1950年代前半には、英国王立レーダー研究所の Geoffrey Dummer が、電子機器全体を1つのブロックとして作れるはずだと提唱していた。Kilby はこれを注目すべき提言と評しながらも、Dummer は作り方を示さず、1956年に英国のメーカーに発注した試作は成功しなかったと述べている。

1958年夏、TI に入ったばかりの Kilby

Kilby が TI に入社したのは1958年5月である。社員の約9割が一斉に休む「mass vacation」の期間、入社したばかりで休暇のない Kilby は1人で考える時間を得た。7月24日、彼はのちに「Monolithic Idea」と呼ばれる構想を実験ノートに書く。抵抗・コンデンサ・トランジスタをすべて同じ半導体材料で作れば、1つのチップに収められる、という考えである。

上司の Willis Adcock は乗り気だったが、半導体だけで回路が組めることの証明を求めた。Kilby はまず個別のシリコン素子で回路を組み、8月28日に Adcock の前で動かしてみせた。ただしこれは別々の部品の寄せ集めで、集積回路ではない。

1958年9月12日 ── 最初の発振回路

次に Kilby は、TI がすでに作っていたゲルマニウムのメサ型トランジスタのウェハを使った。拡散と電極付けが済んだウェハの上に、既存の接点を生かして2つの構造を配置できるよう回路を選んだ。最初に試したのは、当時アナログ回路の実演によく使われた移相発振回路である。

項目内容
日付1958年9月12日(最初の3個が完成)
材料ゲルマニウム
回路移相発振回路(トランジスタ1つと、分布定数の抵抗・容量網)
大きさKilby の講演では約0.12×0.4インチの棒。IEEE の記念銘板は7/16×1/16インチ(約11.1×1.6mm)とする
素子間の接続細い金線(flying wire)による手作業の配線
結果電源を入れると最初の1個が約1.3MHz で発振した
続く成果9月19日にフリップフロップ版が完成

IEEE は2009年にこの成果を IEEE マイルストーンに認定し、銘板は Kilby が同日、TI の管理職たちに最初の動作する集積回路を実演したと記している。大きさの値が講演と銘板で食い違うので、ここでは両方を示した。

1959年 ── 発表と、Noyce の平面型

TI は1959年3月に「Solid Circuit」として構想を公表し、Kilby の特許「Miniaturized Electronic Circuits」は1959年2月6日に出願された(米国特許3,138,743、1964年6月23日成立)。最初の製品は1960年3月の Type 502 バイナリ・フリップフロップで、Computer History Museum によれば1個450ドル、評価用に数十個が出荷されたにとどまる。金線を手で張る方式は量産に向かなかった。

その弱点を解いたのが Fairchild の Robert Noyce である。同僚の Jean Hoerni は1957年12月1日、シリコンの表面を酸化膜で覆って p-n 接合を保護する平面(プレーナ)技術を書き留めていた。Noyce は1959年1月23日のノートに、その酸化膜を絶縁層として使い、上に金属の配線を載せれば、ウェハ上の複数のトランジスタを1つの回路に結べると書いた。特許は1959年7月30日に出願され、1961年4月25日に米国特許2,981,877として成立する。Fairchild のチームが最初に動くモノリシック IC を作ったのは1960年5月で、素子の分離には Sprague Electric の Kurt Lehovec が特許を持つ p-n 接合分離が使われた。

Kilby(TI)Noyce(Fairchild)
決定的な日付1958年9月12日(動作)1959年1月23日(ノートの記載)
半導体ゲルマニウムシリコン
素子のつなぎ方手作業の金線酸化膜上の金属配線
米国特許の出願1959年2月6日1959年7月30日
米国特許の成立1964年6月23日1961年4月25日

Kilby 自身も講演で、Noyce が酸化膜上に金属配線を載せる平面技術の利点を示したと認めている。両社は何年も特許で争い、Computer History Museum によれば、裁判所は最終的に Noyce 側に有利な判断を下したが、その前に両社はクロスライセンスで和解していた。

疑いの5年と、その後

今では信じがたいが、と Kilby は書いている。1959年に構想を公表したとき、批判は大きかった。歩留まりが低すぎて採算が取れない、最良の抵抗やコンデンサは半導体では作れない、トランジスタの専門家は自分の素子をほかのものと一緒にされたくない ── どれも当時は事実だった。流れを変えたのは1960年代の2つの軍事・宇宙計画、アポロ計画とミニットマン・ミサイルによる採用だったという。

その後の進展は Kilby の予想も超えた。1958年にトランジスタ1個が約10ドルだったのに対し、講演の時点では同じ値段で1億個を超えるトランジスタを積んだチップが買える、と彼は述べている。この増え方を言い当てたのが ムーアの法則 であり、1971年には1チップの CPU、Intel 4004 が現れる。

2000年のノーベル物理学賞と、日本のキルビー特許

2000年のノーベル物理学賞は、半分が集積回路の発明への貢献に対して Kilby に贈られ、残り半分を半導体ヘテロ構造の Zhores Alferov と Herbert Kroemer が分け合った。

同じ2000年、日本では Kilby の名を冠した特許をめぐる判決が出ている。TI は日本の特許第320275号(発明の名称「半導体装置」)を根拠に富士通の DRAM などが侵害にあたると主張したが、富士通は損害賠償請求権がないことの確認を求めて争った。最高裁判所第三小法廷は2000年4月11日、無効理由があることが明らかな特許に基づく請求は、特段の事情がない限り権利の濫用として許されないと判断し、TI の上告を棄却した。通称キルビー判決と呼ばれるこの判断は、侵害訴訟を扱う裁判所が、無効審決の確定を待たずに特許の無効理由の有無を判断できることを認めたものである。

関連する人物は Gordon Moore に、同時代の機械と部品は ハードウェアの年表 と 全体の年表 にある。

よくある質問

集積回路を発明したのは誰ですか。
2人の名が挙がります。Texas Instruments の Jack Kilby が1958年9月12日にゲルマニウム上の発振回路を初めて動かし、Fairchild Semiconductor の Robert Noyce が1959年1月23日、シリコンの酸化膜の上に金属配線を載せる量産向きの方式をノートに記しました。
Kilby の最初の集積回路はどんなものでしたか。
ゲルマニウムの小片にトランジスタ1つと抵抗・容量網を作り込んだ移相発振回路で、素子は細い金線で手作業でつながれていました。電源を入れると約1.3MHz で発振しました。大きさは Kilby の講演では約0.12×0.4インチ、IEEE の銘板では7/16×1/16インチとされています。
Kilby と Noyce の方式は何が違うのですか。
Kilby はゲルマニウムを使い、素子間を金線でつなぎました。Noyce は Jean Hoerni の平面技術を土台に、シリコンを覆う酸化膜を絶縁層にして金属配線を載せました。金線を手で張る方式は量産に向かず、量産の基礎になったのは Noyce の方式です。
Kilby はノーベル賞を受けたのですか。
はい。2000年のノーベル物理学賞の半分が、集積回路の発明への貢献に対して Kilby に贈られました。残り半分は Zhores Alferov と Herbert Kroemer が分け合っています。

出典

  1. 一次資料Kilby, J. S. (2000). Turning Potential into Realities: The Invention of the Integrated Circuit. Nobel Lecture, December 8, 2000 (PDF)

    1958年5月の入社、7月24日の Monolithic Idea、8月28日の実演、9月12日の発振回路(約0.12×0.4インチ、約1.3MHz)、9月19日のフリップフロップ、批判とアポロ・ミニットマン

    取得日: 2026-10-05

  2. 一次資料Kilby, J. S. (2000). Nobel Lecture — NobelPrize.org

    取得日: 2026-10-05

  3. 一次資料The Nobel Prize in Physics 2000 — NobelPrize.org

    取得日: 2026-10-05

  4. 一次資料最高裁判所第三小法廷 平成12年4月11日判決 平成10(オ)364 債務不存在確認請求事件 — 裁判所 裁判例検索

    特許第320275号、無効理由が明らかな特許による請求は権利の濫用にあたるとの判断、上告棄却

    取得日: 2026-10-05

  5. 二次資料1958: All Semiconductor 'Solid Circuit' is Demonstrated — The Silicon Engine, Computer History Museum

    金線(flying-wires)、1959年3月の Solid Circuit 公表、1960年3月の Type 502

    取得日: 2026-10-05

  6. 二次資料1959: Practical Monolithic Integrated Circuit Concept Patented — The Silicon Engine, Computer History Museum

    Noyce の特許(1959年7月30日出願、1961年4月25日成立)、1960年5月の最初のモノリシック IC、特許紛争とクロスライセンス

    取得日: 2026-10-05

  7. 二次資料Laws, D. (2013). Invention of the Planar Integrated Circuit & Other Stories from the Fairchild Notebooks — CHM Blog, Jun 19, 2013

    Noyce の1959年1月23日のノート、Hoerni の1957年12月1日の記載

    取得日: 2026-10-05

  8. 二次資料IEEE Milestone: First Semiconductor Integrated Circuit (IC), 1958 — Engineering and Technology History Wiki

    銘板の文言(管理職への実演、7/16×1/16インチ)、2009年の認定

    取得日: 2026-10-05

  9. 三次資料Integrated circuit — Wikipedia

    取得日: 2026-10-05

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