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ブレンダン・アイク

JavaScript の作者(1995年)。Netscape で最初の試作を約10日で書き、その後 Mozilla を共同創業して CTO、2014年には11日間だけ CEO を務めた。2015年にプライバシー重視のブラウザ Brave と Basic Attention Token の Brave Software を共同創業し、現在も CEO。

ブレンダン・アイクのポートレート
出典Darcy Padilla / Mozilla Foundation (Wikimedia Commons) · CC BY-SA 3.0 · Commons で見る

プロフィール

生年
1961
存命
存命
在世
1961–
関連事象
01
名称
ENBrendan EichJAブレンダン・アイク

ブレンダン・アイク(Brendan Eich、 1961年7月4日生)は、 1995年に NetscapeJavaScript を作った米国のプログラマである。 「10日間で書き上げた」 という有名な逸話は、 Netscape Navigator 2.0 ベータの納期に追われて仕上げた最初の試作を指す。 その後 Mozilla の共同創業者、 Mozilla Corporation の CTO、 そして2014年には11日間だけ CEO を務めたが、 個人的な政治献金をめぐる論争の末に辞任した。 2015年にプライバシー重視のブラウザ Brave と Basic Attention Token(BAT)の Brave Software を共同創業し、 現在も CEO である。

数学と計算機科学、 そしてイリノイの修士

アイクは1961年7月4日に生まれ、 ピッツバーグ、 メリーランド州ゲイザースバーグ、 そしてカリフォルニア州パロアルトで育った。 パロアルトの Ellwood P. Cubberley 高校を1979年に卒業。 サンタクララ大学で数学と計算機科学を学び、 1985年にイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校で修士号を取得した。

Silicon Graphics に7年間在籍し、 オペレーティングシステムとネットワークのコードを担当。 1992年に、 音声・映像向けのデータストリーミング・プロセッサを開発する MicroUnity へ移る。 1995年4月に Netscape Communications Corporation へ入社した。

Scheme を入れるつもりが、 Java に似せろと言われた

JavaScript(1995-)

アイクは Scheme を「ブラウザの中に」入れるつもりで Netscape に入社した。 経営側の要求は別だった。 本人の言葉ではこうである ── 「上級のエンジニアリング管理職からの指令は、 その言語が『Java のように見える』ことだった」(原文は英語)。 これで Perl も Python も Tcl も、 そして Scheme も外れた。 結果としてできたのは、 Scheme の機能の多く、 Self のオブジェクトモデル、 そして Java の見た目を持つ言語である。

Navigator 2.0 ベータの日程に合わせるため、 最初に動くものを約10日で仕上げた。 「10日」が指すのはこの試作であって、 出荷された言語ではない。 出荷までにはずっと長くかかっており、 アイクはそれを走らせる SpiderMonkey エンジンも書いている。 それでもこの10日間は、 関数の第一級性とクロージャ、 プロトタイプベースのオブジェクト指向、 動的型付け、 そして数々の意図せざる罠(nullundefined の二重存在、 ===== の区別、 typeof null === "object" の歴史的バグ)を Web プラットフォーム全体に残すことになった。

命名の経緯はしばしば取り違えられる。 社内コード名は Mocha、 1995年9月に LiveScript として公開され、 12月4日の Netscape・Sun 共同発表で JavaScript に改名された。 これは Netscape が Java の人気に便乗した命名ではない。 Sun との提携に基づくもので、 商標「JavaScript」は Sun が取得して Netscape にライセンスした ── Java との関係は技術ではなくこの取り決めにある。 JavaScript 1.0 を載せた Navigator 2.0 製品版の出荷は1996年3月である。 経緯の全体は JavaScript の記事で扱う。

標準化は Ecma International の TC39 で進み、 1997年6月に ECMA-262 第1版 ── ECMAScript ── として結実した。 アイクはその後も標準の議論に関わっているが、 2014年に Mozilla を離れているため、 Mozilla を代表する立場ではない。

Mozilla と Firefox(1998-2014年)

1998年初頭、 Netscape はブラウザのソースコードを公開し、 アイクは Jamie Zawinski らと共に mozilla.org プロジェクトを立ち上げ、 チーフアーキテクトを務めた。 1999年に AOL が Netscape を買収し、 2003年7月に Netscape のブラウザ部門を閉じた後、 アイクは Mozilla Foundation の分離設立に関わる。 2005年8月、 新設された Mozilla Corporation の CTO に就任した。

Firefox(当初は Phoenix、 のち Firebird、 2004年から Firefox)は、 2000年代を通じて Microsoft Internet Explorer に対抗しえた唯一のブラウザであり、 StatCounter の計測では2009年11月に世界シェア約32%という頂点に達した。 アイクは SpiderMonkey モジュールの責任者を2011年に Dave Mandelin へ引き継ぐまで務め、 その期間は TraceMonkey・JägerMonkey・IonMonkey という JIT コンパイラの世代に重なる。

Mozilla CEO 就任と辞任(2014年)

2014年3月24日、 Mozilla Corporation の取締役会はアイクを CEO に任命した。 直後、 2008年にカリフォルニア州 Proposition 8(同性婚を禁じる州憲法修正案)を支持して1,000ドルを個人献金していた事実と、 2008年から2010年にかけて Proposition 8 支持者の Tom McClintock に2,100ドルを献金していた事実に注目が集まった。 Proposition 8 への献金は2012年以来公開情報だった。 出会い系サイト OkCupid は Firefox 利用者にこの件を告げるメッセージを表示し、 CREDO Mobile は辞任を求める署名を5万筆以上集め、 Mozilla 社内からも公然と異議が出た。

アイクは就任から11日後の4月3日に辞任し、 こう書いた ── 「私は4月3日付で CEO を辞任し、 Mozilla を去ることに決めた。 我々の使命は我々の誰か一人より大きい。 そして現在の状況下で、 私は実効的な指導者たりえない」(原文は英語)。 同日の Mitchell Baker による Mozilla の声明はこうである ── 「Mozilla は自らをより高い基準で律することを誇りとしてきたが、 この一週間、 我々はそれに達しなかった。 …論争が始まってから人々と向き合うのが遅すぎた。 申し訳なく思う。 我々はもっとうまくやらねばならない」(同)。 この事件は、 シリコンバレーにおける「従業員の私的政治信条と職務の関係」 をめぐる議論の分岐点として、 今もしばしば参照される。

Brave Software と Basic Attention Token(2015-)

2015年、 アイクは Brian Bondy(元 Mozilla)と共に Brave Software を共同創業し、 エンジェル投資家から250万ドルを調達した。 2016年1月に、 デフォルトで広告とトラッカーを遮断する Chromium ベースのブラウザ Brave の開発者版を公開している。

アイクが共同で設計した ERC-20 トークン Basic Attention Token(BAT)は、 2017年5月31日に ICO を行い3,500万ドルを調達した ── 完売まで30秒ほどだったとして知られる。 BAT の構想は、 Google が支配する現行アドテック市場への直接的な対案である。 広告主はユーザの注意(attention)に対して BAT で支払い、 ユーザは見たい広告を選んでその対価の一部を直接受け取る。

2024年から2025年にかけて、 Brave は AI アシスタント Leo を展開した。 2025年11月には Leo の「検証可能なプライバシー」を発表している。 モデルは NEAR AI の Nvidia ベース Trusted Execution Environment(TEE)の内部で動き、 会話が私的に保たれたことと、 意図したモデルが応答したことを、 利用者が暗号学的に検証できる。 この機能は DeepSeek V3.1 と共に Brave Nightly に入った ── ローカル推論ではなく、 機密計算による遠隔実行である。

賞は無い。 位置は成果物そのものによる

アイクには目立った学術賞の記録はなく、 ACM チューリング賞も受賞していない。 彼の位置は賞ではなく成果物そのものによる。

いまも Brave の CEO として

アイクは現在も Brave Software の共同創業者・CEO として、 サンフランシスコを拠点に勤務している。 Brave Wallet は Bitcoin、 Ethereum、 Solana、 Avalanche などに対応し、 2025年には Cardano が加わった。 2025年6月、 ブルックリンで開かれた Blockworks の Permissionless IV では、 Midnight Foundation の Fahmi Syed と共に登壇し(基調講演ではない)、 こう述べた ── 「我々はいわば、 JavaScript の上で進化した big tech の監視権力に対する形而上学的反乱(metaphysical rebellion against the big tech surveillance powers that evolved on JavaScript)の中にいる」。 クッキーは「第三者による追跡のためのものではなかったが、 そう進化してしまった。 そして JavaScript はその火に油を注いだだけだった」とも語り、 インターネット広告は「有害な仕組み」であって、 ゼロ知識証明と「人間であることの証明」を組み合わせれば置き換えうる、 と論じている(いずれも原文は英語)。 同記事が引く Brave の透明性ページの数字は、 デイリーアクティブ3,860万、 マンスリー8,810万だった。

X では @BrendanEich として現在も活発で、 暗号通貨・自由主義・Web 標準について発信を続けている。

粗雑な初期設計にもかかわらず、 残った

アイクの技術的遺産は、 単純である ── JavaScript を書いた。 そして JavaScript はその粗雑な初期設計にもかかわらず ── あるいは、 その粗雑さの寛容性ゆえに ── Web の事実上唯一のクライアント側言語となった。 Node.js(2009年)以降はサーバ側でも、 React、 Electron、 そして WebAssembly のホスト環境としても、 JavaScript/TypeScript の存在感は2026年現在も拡大している。

政治的遺産はより複雑である。 2014年の辞任は、 IT 業界における「会社の文化的価値観と経営者の私的信条の関係」 という問いを公衆の場に投げ出した最初の大きな事例だった。 その後の転回は明確で、 Brave と BAT は既存 Web の広告経済に対する代案として設計されている。 結果として、 一人の技術者が同じ Web プラットフォームに対して、 1990年代には基幹技術として、 2010年代以降は批判的代替案として、 二度根本的な影響を与えた稀有な経歴を持つに至っている。

関連する出来事

  1. JavaScript 発表 ── 10日間の試作から生まれた言語

出典

  1. 三次資料Brendan Eich — Wikipedia

    取得日: 2026-08-10

最終更新:

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