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エキスパートシステムの隆盛

Computer History Museum に展示された Symbolics 3620 と LMI Lambda の Lisp マシン ── エキスパートシステム全盛期を支えたハードウェア
出典Jason Riedy (Wikimedia Commons) · CC BY 2.0 · Commons で見る ↗

メタデータ

日付
年代
1980s
Tier
T1
参照年表
AIの歴史
出典数
11
関連項目
01

エキスパートシステム(expert system)とは、特定の分野の専門家が持つ知識を「もし〜ならば〜」という規則の形でコンピュータに書き込み、その規則をたどって専門家並みの判断や助言を出させる人工知能のプログラムである。中身は、規則を集めた知識ベースと、規則を組み合わせて結論を導く推論エンジンの2つに分かれる。1960年代半ばに Stanford で始まった DENDRAL を源流に、1970年代の MYCIN で形が整い、1980年に DEC が R1(のちの XCON)を実務に使い始めると、1980年代に産業界で大きなブームになった。日本では同じ時期に、通商産業省が第五世代コンピュータ・プロジェクトを動かしている。

定義 ── 専門家の判断を規則で書く

MYCIN の研究をまとめた Buchanan と Shortliffe の1984年の本は、エキスパートシステムを、(a) 複雑な問題に専門家水準の解を出し、(b) 理解でき、(c) 新しい知識を容易に受け入れられるよう設計された AI プログラムだと説明している。知識は主に次のような条件文で表した。

IF: There is evidence that A and B are true, THEN: Conclude there is evidence that C is true.

規則を推論の手順から切り離しておけば、専門家が規則を足したり直したりするだけでシステムを育てられる。専門家の知識をこうして規則に写し取る作業は知識工学(knowledge engineering)と呼ばれた。同書によれば、この語は Edward Feigenbaum の造語で、「エキスパートシステム」という呼び名とともに一般に使われ始めたのは1975年ごろからである。

3つの代表的なシステム

システム時期開発分野特徴
DENDRAL1960年代半ばに開始Stanford(Joshua Lederberg、Edward Feigenbaum)有機化学分析データから未知の化合物の分子構造を推定。汎用の問題解決より専門知識の力を重視した最初の AI プログラムとされる
MYCIN1970年代Stanford(Edward Shortliffe、Bruce Buchanan ら)感染症菌血症、のちに髄膜炎の抗菌薬の選択を助言。Interlisp で書かれ、確信度(certainty factor)で不確かさを扱った
R1(XCON)1980年1月から実務で使用Carnegie Mellon(John McDermott)と DECコンピュータの構成顧客の注文から VAX-11/780 の部品構成を決め、足りない部品を補う

DENDRAL は、1960年代半ばに Lederberg と Feigenbaum が仮説形成への AI の応用として始めた。Buchanan と Shortliffe は、DENDRAL を汎用の問題解決手法よりも専門知識の力を強調した最初の AI プログラムと位置づけ、Feigenbaum の後押しで知識の多くが規則の形に書き直されたと記している。

MYCIN は、細菌感染症の患者にどの抗菌薬を使うかを、医師との対話を通じて助言するシステムだった。1979年に JAMA に載った評価では、髄膜炎の10症例について、MYCIN と人間側の9つの処方(Stanford の教員5人、感染症のフェロー、研修医、学生、実際に行われた治療)を、誰の処方か伏せたまま8人の外部専門家が採点した。MYCIN の処方が容認できると評価された割合は65%で、Stanford の感染症の教員5人は42.5〜62.5%(平均55.5%)だった。William van Melle が博士研究として書いた EMYCIN は、MYCIN の仕組みをほかの分野にも一般化できるかという問いへの答えで、規則型のエキスパートシステムを組み立てるための道具になった。

R1 は、研究室の外で毎日使われた点で違っていた。McDermott の1980年の論文によれば、R1 は顧客の注文を受け取り、技術者が実機を組み立てるための配置図を出力する。注文に欠けている部品を見つけて補うのも大きな仕事だった。1980年6月の時点で規則は772個、1980年1月以降に500件を超える注文を構成し、DEC の製造部門に組み込まれ、営業部門でも使われ始めていた。DEC 社内では XCON と呼ばれた。

1980年代のブーム

成功例が知られると、企業は社内に AI 部門を置くようになった。Wikipedia は Daniel Crevier の AI 史(1993年)を引いて、1985年には企業の AI 支出が年10億ドルを超え、その大半が社内の AI 部門に向かったとまとめている。AI のプログラムには Lisp が好んで使われ、Lisp を高速に動かす専用機(Lisp マシン)を売る会社も現れた。このページの写真は、その Symbolics と LMI の Lisp マシンである。

エキスパートシステムは、当時の新しいハードウェアの売り文句にもなった。1986年7月、英国の Acorn が ARM プロセッサの評価システムを発表したとき、プレスリリースは想定用途の例に通信やマイクロコンピュータと並べてエキスパートシステムを挙げている(ARM の歴史)。

日本の第五世代コンピュータ

日本では、通商産業省が1982年に第五世代コンピュータ・プロジェクトを始めた。情報処理学会のコンピュータ博物館によれば、技術目標は「知識情報処理を指向した新しいコンピュータ技術の研究開発」で、推進母体として新世代コンピュータ技術開発機構(ICOT)が作られた。並列推論マシン(PIM)と呼ばれる大規模な並列ハードウェアが開発され、512台の要素プロセッサからなる PIM/p や256台の PIM/m などが作られた。

項目内容
開始1982年(通商産業省)
推進母体新世代コンピュータ技術開発機構(ICOT)
技術目標知識情報処理を指向した新しいコンピュータ技術の研究開発
主なハードウェア並列推論マシン PIM(PIM/p は512プロセッサ、PIM/m は256プロセッサ)
期間と費用11年間で約540億円、1992年度で終了
現在PIM/p と PIM/m は国立科学博物館で保存

エキスパートシステムが規則を書く技術だとすれば、第五世代はその推論を高速に実行する計算機を国家計画で作ろうとした試みだった。

なぜブームは終わったのか

ブームは1980年代の終わりに冷えた。Wikipedia の「AI winter」の項がまとめる要因は2つある。1つは、1987年に Lisp 専用機の市場が崩れたこと。Sun、Apple、IBM の汎用ワークステーションが、より安く同じ仕事をこなせるようになった。もう1つはエキスパートシステム自体の弱さで、保守に費用がかかりすぎ、更新が難しく、学習できず、想定外の入力に対して脆かった。この落ち込みは、1970年代の 最初の AI の冬 に続く第二の冬と呼ばれる。

規則を人が書くという方法は、知識が増えるほど書き手と保守の負担が増えるという限界を抱えていた。2010年代以降、AI の主流は、規則を人が書くのではなくデータから学習する 深層学習 に移った。転換点は AlexNet を参照。

時代の前後は AI の年表 に、MYCIN が書かれた言語は LISP にある。

よくある質問

エキスパートシステムとは何ですか。
特定分野の専門家の知識を「もし〜ならば〜」という規則で書き込み、その規則をたどって専門家並みの判断や助言を出す AI プログラムです。規則を集めた知識ベースと、規則を組み合わせて結論を導く推論エンジンから成ります。
代表的なエキスパートシステムには何がありますか。
1960年代半ばに Stanford で始まった化学の DENDRAL、1970年代に Stanford で作られ感染症の抗菌薬選択を助言した MYCIN、そして Carnegie Mellon の John McDermott が DEC と作り、1980年1月から VAX-11/780 の構成に実務で使われた R1(社内名 XCON)です。
第五世代コンピュータとは何ですか。
通商産業省が1982年に始めた国家プロジェクトで、知識情報処理を指向した新しいコンピュータ技術の研究開発を目標に、新世代コンピュータ技術開発機構(ICOT)が並列推論マシン(PIM)を開発しました。11年間で約540億円を投じ、1992年度で終了しています。
エキスパートシステムのブームはなぜ終わったのですか。
1987年ごろ、Lisp 専用機の市場が Sun や IBM などの汎用ワークステーションに押されて崩れたこと、そしてエキスパートシステム自体が保守に費用がかかり、更新が難しく、学習できず、想定外の入力に脆かったことが挙げられます。この落ち込みは第二の AI の冬と呼ばれます。

出典

  1. 一次資料Buchanan, B. G., & Shortliffe, E. H. (1984). Rule-Based Expert Systems: The MYCIN Experiments of the Stanford Heuristic Programming Project (Addison-Wesley; full text released by the authors)

    第1章:エキスパートシステムの定義、知識ベースと推論エンジン、規則の形式、knowledge engineering の語源、DENDRAL の位置づけ。第31章:1979年の評価(65%、教員42.5〜62.5%)

    取得日: 2026-10-05

  2. 一次資料McDermott, J. (1980). R1: An Expert in the Computer Systems Domain — Proceedings of AAAI-80, pp. 269–271 (PDF)

    VAX-11/780 の構成、OPS4、772規則、1980年1月以降500件超の注文、DEC の製造部門での常用

    取得日: 2026-10-05

  3. 二次資料Polit, S. (1984). R1 and Beyond: AI Technology Transfer at Digital Equipment Corporation — AI Magazine 5(4)

    R1 が DEC 社内で XCON と呼ばれたこと

    取得日: 2026-10-05

  4. 二次資料第五世代コンピュータ — 情報処理学会 コンピュータ博物館

    1982年の開始、ICOT、技術目標、PIM/p と PIM/m、11年間で約540億円、1992年度の終了、国立科学博物館での保存

    取得日: 2026-10-05

  5. 二次資料Fifth Generation Computer Project — IPSJ Computer Museum (English)

    取得日: 2026-10-05

  6. 三次資料Expert system — Wikipedia

    取得日: 2026-10-05

  7. 三次資料Fifth Generation Computer Systems — Wikipedia

    取得日: 2026-08-03

  8. 三次資料AI winter — Wikipedia

    1987年の Lisp 専用機市場の崩壊、保守の重さと脆さ、Crevier(1993)を引いた1985年の企業 AI 支出

    取得日: 2026-10-05

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