T1#research
第五世代コンピュータ ── 通産省と ICOT が挑んだ並列推論マシン
第五世代コンピュータ・プロジェクトは、通商産業省(現 経済産業省)が1982年度に始めた国家研究開発計画である。推進母体として1982年4月に新世代コンピュータ技術開発機構(ICOT)が設立され、「知識情報処理を指向した新しいコンピュータ技術の研究開発」を技術目標に掲げた。中心に据えたのは、論理に基づく推論を大量のプロセッサで並列に実行する並列推論マシンと、そのための並列論理型言語である。計画は1993年3月に終了し、国の最終評価は当初目標を達成したと結論した。一方で、成果がそのまま製品になることはほとんどなく、日本の計算機産業はその後の PC とネットワークの時代に出遅れた ── これは計画の当事者自身が後に書いていることである。
予算の規模や、同じ時代に企業へ広がったルールベースの AI については エキスパートシステムの隆盛 のページにまとめてある。このページでは、計画がなぜ生まれ、何を作り、世界がどう反応し、何を残したかを扱う。
なぜ「第五世代」だったのか
ICOT の所長を務めた内田俊一は、2005年にまとめた記録で計画の背景をこう説明している。1965年ごろから通産省は補助金や大型工業技術開発制度で国産メーカーを支え、米欧に追いつく戦略は家電・半導体・自動車で大きく成功した。しかし半導体摩擦が起き、日本は基礎研究に貢献せずコピーばかりしているという非難が高まった。通産省は、日本も独創的な研究開発で世界に貢献できることを示す必要に迫られた。
東京大学の元岡達を委員長とする「元岡委員会」が約2年かけて中身を議論し、通産省の中野正孝が「第五世代コンピュータ」という名前を付けた。採られたのは、電子技術総合研究所の渕一博のグループが提案した、人工知能を主な応用とし、1,000台規模のプロセッサを持つ並列ハードウェアの構想だった。内田はこれを、ノイマン型ではない、世界の誰も考えたことのない独自の計算機だったと振り返り、並列推論言語も並列 OS も、ほとんどゼロからの出発だったと書いている。最終評価報告書の「はじめに」は、国際的にみても創造的・先駆的な技術という意味を込めてこの名を付けたと記す。
何を作ったか
最終評価報告書によれば、試作システムはハードウェアから応用ソフトまで「並列論理型」という1つの考え方で一貫して作られた。
| 層 | 主な成果 | 報告書の説明 |
|---|---|---|
| ハードウェア | 並列推論マシン PIM(5モデル) | 総計1,000プロセッサ以上。大規模モデルで毎秒1億回以上の推論 |
| 言語 | KL1 | 並列論理型言語。全モデル共通の仕様で、各モデル向けに最適化 |
| OS | PIMOS | PIM の全モデルに共通の OS。最初の版は KL1 で約44,000行 |
| 知識処理 | MGTP、Quixote、Kappa-P、GDCC | 並列定理証明、知識表現言語、並列データベース、制約処理 |
| 応用の実証 | HELIC-II、遺伝子情報処理、LSI-CAD ほか約20種 | 判例と法律を使う法的推論、タンパク質配列の類似解析など |
報告書が「注目すべき成果」として挙げた数字もある。PIM は 150MLIPS(毎秒1億5千万回)を超える推論速度に達し、これは汎用大型計算機の約100倍で、当時世界最高だとした。並列定理証明システム MGTP は256プロセッサで200倍以上の高速化を示し、群論の未解決問題の一部を自動証明した。いずれも計画を推進した委員会による自己評価である点には注意がいる。
世界の反応 ── 米国・英国・欧州
日本の計画は、海外ではまず脅威として受け止められた。Edward Feigenbaum と Pamela McCorduck は1983年の著書 The Fifth Generation で、推論する計算機を先に握った国が経済的・戦略的な優位を得ると論じた。Christian Science Monitor の書評によれば、2人は米国が技術的な優位を急速に失いつつあると警告し、国立研究所の設立を含む強い対応を求めた。書評は、2人の言葉として "We are writing this book because we are worried." を引いている。
各国は対抗計画を立ち上げた。
| 国・地域 | 計画 | 内容(出典の説明) |
|---|---|---|
| 米国 | MCC(Microelectronics and Computer Technology Corporation) | 米国の大手12社による共同研究事業。年約1億ドルの研究開発を計画(1983年の Christian Science Monitor) |
| 米国 | DARPA 戦略計算計画(Strategic Computing) | 1983年に発表、10年で10億ドルを約束(米国学術研究会議) |
| 英国 | Alvey 計画 | 5年間で総額3億5,000万ポンド、うち2億ポンドを政府が負担(同紙) |
| 欧州共同体 | Esprit | 西欧諸国の情報技術研究を束ねる計画を準備中(同紙) |
内田は、米国は第五世代コンピュータ自体は日本の力ではできないと見つつ、そこに含まれる AI や超並列の研究が重要な技術を生むと評価し、DARPA は日本以上の予算規模の AI 中心の計画を立ち上げたと書いている。ただし米国学術研究会議の歴史書は、戦略計算計画の発表を説明する際に日本には触れていない。日本の計画がどこまで各国の決定の理由だったかは、資料によって描き方が違う。
1983年8月の Christian Science Monitor は、日本の計画が米国・欧州で同種の共同研究を促したと書き、そのうえで、日本からの共同研究の誘いに対する西側の最初の反応はおおむね冷笑的で、日本が西側の研究を持ち去るだけになるという懸念があったと伝えている。英国で計画を率いた Brian Oakley は同紙に、まず自国の体制を整えてから日本との協力を話すべきだと語った。
開かれた研究という遺産
国内向けには異例の決定もあった。内田によれば、通産省は当初から成果を公開すると宣言した。国の資金で得た成果は国に属し、公開は有償という当時の標準からは外れた判断で、これが海外研究者との交流を生んだ。ICOT に出向した研究者・技術者は約200人、大学と連携する作業部会にも約200人が参加した。
最終評価報告書は、海外研究者の受け入れやソフトウェアの無償公開を、今後の国の研究開発のモデルになると評価し、フランス国立研究所 INRIA のジル・カーン博士の言葉を載せている。「第五世代コンピュータ以前は、日本の技術は見えても研究者の顔は見えなかった。」計画で作られたソフトウェアは「ICOT フリーソフトウェア」として、1992年6月の国際会議 FGCS'92 で71本が公開され、1995年3月末までに計100本になった。KL1 を UNIX 機で動かす処理系 KLIC は、計画終了後も有志の団体が改良を続けた。
製品にならなかった成果と、日本の産業
成果の評価は立場によって大きく分かれる。最終評価報告書は、計画が当初の期待に十分応え、日本のナショナルプロジェクトのモデルを示したと結論した。一方、同じ内田の記録は、約80人の参加者が大学へ移るなど人材は育ったものの、直接の成果物は時代に先行しすぎていてすぐ製品にできるものは少なかったと認める。その間に市場はメインフレームから、ワークステーションや PC を高速ネットワークで結ぶ時代へ移り、日本のメーカーはメインフレームの時代がまだ10年続くと読み違え、インターネットと PC の普及で後手に回った。内田は、UNIX をはじめとする分散ソフトウェア技術の変革に乗り遅れたことを、その後の日本の計算機産業にとって致命的とも言えると書いている。Wikipedia の項目は、汎用プロセッサの性能向上が専用の並列ハードウェアを追い越したことを失敗の理由の一つに挙げる。
内田はまた、国が主導し産業界が一丸となる「日本株式会社」型の大型計画は、これが最後になったと書く。AI への期待は1980年代の終わりに冷え込み、2010年代には規則を書く方式ではなくデータから学ぶ 深層学習 が主流になった(転換点は AlexNet)。日本が AI を正面から扱う法律を持つのは、40年以上後の AI 推進法(2025年)である。Wikipedia の項目は、プロセッサのクロック周波数の伸びが止まり、マルチコアや GPU による並列計算が広がるなかで、計画の主題の多くが形を変えて戻ってきたとも記している。最終評価報告書も1993年の時点で、並列処理に基づく計算機が次の時代の主流になるという認識が広がったと書いていた。
よくある質問
- 第五世代コンピュータとは何ですか。
- 通商産業省が1982年度に始めた国家研究開発計画です。新世代コンピュータ技術開発機構(ICOT)が、論理に基づく推論を多数のプロセッサで並列に実行する並列推論マシン PIM と、並列論理型言語 KL1 を中心に開発しました。1993年3月に終了しています。
- 第五世代コンピュータは成功したのですか。
- 評価は分かれます。1993年の最終評価報告書は当初目標を達成したと結論しました。一方、ICOT の所長を務めた内田俊一は、人材は育ったものの成果は時代に先行しすぎて製品化できたものは少なく、日本のメーカーは PC とネットワークの時代に出遅れたと振り返っています。
- 海外は第五世代コンピュータにどう反応しましたか。
- 1983年の Christian Science Monitor によれば、日本の計画は米国の MCC(大手12社の共同研究事業)、英国の Alvey 計画(5年間で3億5,000万ポンド)、欧州共同体の Esprit など、同種の共同研究を促しました。Feigenbaum と McCorduck の著書 The Fifth Generation は、米国が優位を失いつつあると警告しました。
- 第五世代コンピュータのソフトウェアは公開されましたか。
- はい。ICOT フリーソフトウェアとして、1992年6月の国際会議 FGCS'92 で71本が公開され、1995年3月末までに計100本になりました。成果の公開は通産省が当初から宣言していた方針でした。
出典
命名の趣旨と技術目標、試作システムの構成(PIM・KL1・PIMOS・MGTP・HELIC-II ほか)、150MLIPS、MGTP の200倍以上の高速化、社会的影響とジル・カーン博士の言葉、総合評価
一次資料本プロジェクトが実施された時代背景 — 内田俊一、2005年12月1日(AITEC・ICOT アーカイブス)
通産省のキャッチアップ政策と半導体摩擦、元岡委員会と命名、渕一博グループの提案、成果公開の宣言、約200人の出向者、米国と DARPA の反応、製品化の少なさと日本の計算機産業の出遅れ
一次資料What is FGCS Technologies? — ICOT (AITEC・ICOT Archives)
ICOT の1982年4月の設立、1993年3月の終了、PIM/p と PIM/m
一次資料ICOT フリーソフトウェアについて — ICOT(AITEC・ICOT アーカイブス)
1992年6月の FGCS'92 での71本の公開、1993年4月からの後継プロジェクト、1995年3月末までに計100本
二次資料Britain weighs advanced computer project — Peter Marsh, The Christian Science Monitor, Aug 4, 1983
MCC(12社、年約1億ドル)と Esprit、Alvey 計画の3億5,000万ポンド、日本の誘いへの西側の冷笑的な反応、Oakley の発言
最終更新: