T1#market
Deep Blue が Garry Kasparov を破る

メタデータ
- 日付
- 年代
- 1990s
- Tier
- T1
- 参照年表
- IT全史 ── 計算機が世界を編み変える · AIの歴史
- 出典数
- 05
- 関連項目
- 01
- Tags
- #market
1997年のマッチを決めた最終局は、 わずか19手で終わった。 5月11日、 2.5対2.5で迎えた第6局で、 黒番の Garry Kasparov はカロ・カン・ディフェンスを選び、 Deep Blue は早い段階でナイトを捨て、 Kasparov は20手目を待たずに投了した。 両マッチを通じて最も短い対局であり、 現役の世界王者が計算機にマッチで敗れた最初の例を締めくくる1局だった。
勝った機械は、 Kasparov が15か月前に破った機械と同じものではなかった。 1997年の物語の大半は、 その間に何が変わったかにある。
IBM 以前の Deep Blue ── ChipTest と Deep Thought
計画の出発点は1980年代のカーネギーメロン大学にある。 ChipTest と後継の Deep Thought は1チップのチェス用指し手生成器を核に作られ、 IBM は ChipTest を開発したのは Feng-hsiung Hsu(許峰雄)だとしている。 開発チーム自身の記録では、 探索速度は ChipTest が毎秒約50万局面、 Deep Thought が約70万局面。 1988年、 Deep Thought は大会の対局でグランドマスターを破った最初のチェス専用機になった。
1989〜90年、 チームの一部 ── Thomas Anantharaman、 Murray Campbell、 Hsu ── が IBM の T.J. ワトソン研究所へ移り、 1990年末には Joe Hoane が Anantharaman と交代した。 中間段階の機械 Deep Thought 2 は、 1991年と1994年の ACM コンピュータチェス選手権で優勝している。 IBM は Jerry Brody とプロジェクトマネージャーの C. J. Tan も中核チームの一員として挙げている。
1996年2月、 フィラデルフィア
Kasparov との最初のマッチは1996年2月10日から17日まで行われた。 このときの版をチームはのちに Deep Blue I と呼ぶ。 36ノードの IBM RS/6000 SP にチェス・チップ216個を載せ、 全体で毎秒5000万〜1億局面を探索した。
第1局は Deep Blue が勝った。 IBM はこれを、 現役世界王者が通常の持ち時間で計算機に敗れた最初の1局としている。 その後 Kasparov は第2・5・6局に勝ち、 第3・4局を引き分けて、 4対2でマッチを制した。 チームの2002年の論文はこのスコアを「かなり決定的」と書きつつ、 4局を終えた時点では2対2の五分だったと付け加えている。
1997年に向けて何が変わったか
Campbell、 Hoane、 Hsu の3人が Artificial Intelligence 誌に書いた論文「Deep Blue」(2002年)は、 リターンマッチに向けた変更を列挙している。 「速くなった」というよくある要約より、 ずっと具体的である。
| Deep Blue I(1996年) | Deep Blue II(1997年) | |
|---|---|---|
| ホスト計算機 | 36ノードの IBM RS/6000 SP | 30ノードの IBM RS/6000 SP(新しい世代) |
| チェス・チップ | 216個 | 480個(1ノードあたり16個) |
| 評価関数の特徴量 | 約6400 | 8000超 |
| チップあたりの速度 | 毎秒約160万〜200万局面 | 毎秒200万〜250万局面 |
新しいチップは作り直しに近い設計だった。 追加された評価特徴の多くは、 1996年の対局と、 グランドマスター Joel Benjamin との練習対局で見つかった具体的な弱点への対応である。 Benjamin は、 1チップ版の Deep Blue Jr. が彼との短いマッチに敗れたことがきっかけで、 チームのグランドマスター顧問になった。 論文は、 2つのマッチの間に費やした時間の「大部分」を評価関数の設計・試験・調整にあてたと書いており、 探索能力のほうはすでに十分と判断していた。 約4000局面の序盤定跡は手作業で作られ、 主に Benjamin が、 グランドマスターの Nick De Firmian、 John Fedorowicz、 Miguel Illescas の助けを得てまとめた。
1997年の全体の速度は局面によって大きく変わり、 戦術的に激しい局面で毎秒約1億、 静かな局面では2億近くに達した。 コンピュータ歴史博物館はこの1年をもっと短くまとめている ── 複数のグランドマスターと試験対局を行い、 ハードウェアの性能を倍にした、 と。
1997年5月、 ニューヨーク ── 6局の記録
リターンマッチは1997年5月3日から11日まで、 ニューヨークのエクイタブル・センターで行われた。 賞金は勝者70万ドル、 敗者40万ドル。
| 局 | 日付 | 白番 | 結果 | 手数 |
|---|---|---|---|---|
| 第1局 | 5月3日 | Kasparov | Kasparov 勝ち | 45 |
| 第2局 | 5月4日 | Deep Blue | Deep Blue 勝ち | 45 |
| 第3局 | 5月6日 | Kasparov | 引き分け | 48 |
| 第4局 | 5月7日 | Deep Blue | 引き分け | 56 |
| 第5局 | 5月10日 | Kasparov | 引き分け | 49 |
| 第6局 | 5月11日 | Deep Blue | Deep Blue 勝ち | 19 |
コンピュータ歴史博物館の記述は第2局を転機とみる。 Kasparov は第2局で好機を逃して敗れ、 そのあと平静を取り戻せず、 残りの対局を守勢で戦った、 と。 第2局のあと Kasparov は、 機械には巧妙すぎると考えた手の背後に人間のグランドマスターがいたのではないかとして IBM の不正を疑った。 この疑惑は、 マッチの中で最も論争を呼んだ出来事としてその後も語られ続けた。
Deep Blue は人工知能だったのか
当時から問われていた問いだが、 いまのほうが答えやすい。 2002年の論文は勝因を複数の要素の組み合わせに帰している ── 巨大な探索能力、 多数の延長を伴う不均一な探索、 複雑な評価関数、 そして補助的な役割として終盤データベース、 拡張定跡、 評価関数の調整。 そのうえで、 評価関数の特徴と重みの「大多数」は人手で作られ調整されたと明記している。 自動化した分析が使われたのは2か所だけで、 そのひとつは比較訓練(comparison training)という手法で、 人手で決めたポーンの守り(pawn shelter)の重みが系統的に低すぎることを示したものだった。
1997年の改良点としてよく挙げられる終盤データベースは、 実際にはほとんど効いていない。 論文によれば、 データベースが必要になる局面に近づいたのは第4局だけだった。
つまり Deep Blue は、 シリコンに焼き込んだ専門家の知識に導かれる力ずくの探索であって、 学習するシステムではなかった。 ここが 2016年に AlphaGo が李世乭を破った出来事 との最も鋭い対比になる。 AlphaGo では局面の判断を人が書くのではなく、 ニューラルネットワークが学習した。 コンピュータ歴史博物館も同じ枠組みで問いを残している。 Deep Blue は「膨大な計算」によって最強の人間を破った ── では、 それは考える機械だったのか、 と。
マッチのあと
IBM によれば、 Deep Blue は勝利のあと引退した。 機械は2つのラックからなり、 一方はスミソニアン協会の国立アメリカ歴史博物館が所蔵し、 もう一方は1997年にコンピュータ歴史博物館が取得している。 チームはこの勝利で、 正規のマッチで人間の世界王者を破ることに懸けられていたフレドキン賞を受けた。
この対局が AI の歴史のどこに位置するかは AI の年表 を参照。 記号処理の時代と、 ニューラルネットワークが復権する2010年代との間にある。
よくある質問
- Deep Blue が Kasparov に勝ったのはいつか
- 1997年5月11日、ニューヨークで行われた6番勝負の最終局です。マッチの結果は3.5対2.5でした。IBM はこれを、標準的な大会の持ち時間で計算機が現役世界王者を破った最初の例としています。
- 1996年の対戦はどうだったのか
- 1996年2月のフィラデルフィアでの初戦マッチは Kasparov の4対2勝ちです。ただし第1局は Deep Blue が取り、IBM はこれを現役世界王者が通常の持ち時間で計算機に負けた最初の1局としています。
- Deep Blue は AI で学習していたのか
- ほとんど使っていません。開発チームの2002年の論文によれば、評価関数の特徴と重みの大半は人手で作られ調整されました。自動化した分析はポーンの守りに関する重みの調整など2か所に限られます。強さの源は、480個の専用チップによる毎秒最大2億局面の探索でした。
出典
Deep Blue I(1996年: 36ノード・216チップ)と II(1997年: 30ノード・480チップ)の違い、評価関数の特徴量6400→8000超、人手による調整、Joel Benjamin の役割
最終更新: