人物 :: PERSON
ラリー・エリソン
Oracle の共同創業者。1977年6月に Bob Miner・Ed Oates と Software Development Laboratories を興し、Codd の関係モデルを商用 SQL データベースとして製品化した。1977年6月から2014年9月まで CEO を務め、以後は Executive Chair 兼 CTO。現在の CEO ではなく、2025年9月22日に Clay Magouyrk と Mike Sicilia が CEO に就任している。Sun 買収による Java と MySQL の取得、Google との Java 訴訟、2025年の Stargate と TikTok 米国事業への関与が近年の主題。

プロフィール
- 生年
- 1944
- 存命
- 存命
- 在世
- 1944–
- 関連事象
- 02
- 名称
- ENLarry EllisonJAラリー・エリソン
ローレンス・ジョゼフ・エリソン(Lawrence Joseph Ellison、 1944年8月17日 ── )は、 1977年6月に Bob Miner・Ed Oates と Software Development Laboratories を興し、 それを Oracle にした共同創業者である。 研究論文にとどまっていた関係モデルを商用製品にした点で、 計算機史における位置は動かない。
まず肩書きから正しておく。 エリソンは現在 Oracle の CEO ではない。 2025年9月22日、 Oracle は Clay Magouyrk と Mike Sicilia の CEO 就任と Safra Catz の取締役会 Executive Vice Chair 就任を発表した。 同社の2026年5月期 Form 10-K は、 エリソンを「Executive Chair of the Board of Directors and Chief Technology Officer」と記載している。
1977年 ── Software Development Laboratories
Oracle 自身の30周年年表(社内誌 Profit 2007年5月号)はこう書く。「1977 Software Development Laboratories, the precursor to Oracle, is founded by Larry Ellison, Bob Miner, and Ed Oates.」 三人は Ampex の同僚で、 出発点はエリソンが読んだ Codd の関係モデル論文 だった。 製品名の「Oracle」は、 同じ年表によれば三人が知り合った当初に関わっていた CIA のプロジェクト名から採られている ── 社名になるのはずっと後のことである。
V1 は1978年に PDP-11 上の RSX で、 128K のメモリで動いたが公式にはリリースされず、 V2 が1979年に出荷 されて社名も Relational Software, Inc. になった。 その後 Oracle Systems へ改称した年は Oracle 自身の年表(1982年)と多くの二次資料(1983年)で食い違っており、 決着していない。
初期の空気は、 最初の三世代のデータベースを共同設計した Bruce Scott の証言が伝えている。「I've thought a lot about why Oracle was successful. I really think that it was Larry Ellison.」 端末の配線を通す場所が無かったとき、 エリソンはハンマーで壁に穴を開けた ── 「It's just the way he thinks—make a hole, make it happen somehow.」
37年間の CEO と、 肩書きの空白
2026年5月期の Form 10-K は略歴をこう書く。「He served as our Chief Executive Officer from June 1977, when he founded Oracle, until September 2014. He has served as a Director since June 1977.」 CEO 在任37年は、 米国の大企業では例外的な長さである。
見落とされやすいのは会長職が連続していないことだ。 同じ略歴は「He previously served as our Chairman of the Board from May 1995 to January 2004」と続ける。 創業から18年は会長ですらなく、 2004年から2014年までも会長ではなかった。 一貫していたのは CEO 職と、 1977年6月から途切れない取締役の席である。
買って手に入れたものは、 法廷で削られた
エリソン期の Oracle は、 発明よりも買収で拡張する会社になった。 個人史として最も重いのは2010年1月27日に完了した Sun Microsystems の取得で、 これにより Java と MySQL が Oracle の資産になった。
その Java を根拠に Google を訴えた11年の訴訟は、 2021年4月5日に連邦最高裁が Android による Java SE API の複製(約11,500行)をフェアユースと判断して終わった。 判断したのは規制当局ではなく最高裁である。 MySQL のほうは、 Sun 買収の完了前にすでに MariaDB としてフォークされていた。 買収で握った資産の支配力は、 判決と分岐の両方から削られている。
Oracle の外側
社外での役職としては Tesla の取締役が記録に残る。 Tesla の Form 8-K は2018年12月27日付で取締役会の定数を9から11に増やし、 エリソンと Kathleen Wilson-Thompson を独立取締役に選任したと記す。 英語版 Wikipedia によれば、 エリソンは2022年8月に Tesla の取締役会を離れた。 Elon Musk の会社の取締役席に、 一世代前のソフトウェア創業者が4年近く座っていたことになる。
2025年以降 ── 基盤と政治の近さ
2025年1月21日、 エリソンはホワイトハウスで Sam Altman・孫正義とともに立ち、 Stargate の発表に加わった。 同年9月に CEO 職を二人に引き渡し、 自身は CTO として技術側に残っている。 データベース会社を、 AI 向けの計算資源と政府の判断に賭ける会社へ振り替えた最終判断の場に、 創業者は依然として座っている。
1977年に他社が商品化しなかった論文を製品にした人物が、 半世紀後には国家規模の計算基盤の発表台に立っている。 同じ会社で、 同じ一人が。 計算機史でこの継続性に並ぶ例はほとんどない。
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