1995年5月23日T1
MySQL 1.0 公開 ── LAMP スタックを支えたオープン RDB
Michael「Monty」Widenius・David Axmark・Allan Larsson がスウェーデンで MySQL AB を設立、 GPL/商用デュアルライセンスの RDBMS「MySQL」の最初のバージョンを公開。 Linux・Apache・MySQL・PHP/Perl/Python の頭文字を取る LAMP スタックの中核として、 2000 年代の Web 隆盛を支えた。 2008 年 Sun Microsystems が 10 億ドルで MySQL AB を買収、 2010 年 Oracle が Sun を買収したことで Oracle 傘下へ。 Monty は 2009 年に MariaDB をフォーク、 オープンな後継系統を維持し続けている。
メタデータ
- 日付
- 1995年5月23日
- 年代
- 1990s
- Tier
- T1
- 参照年表
- データベースの歴史
- 出典数
- 04
- 関連項目
- 00
MySQL 1.0 公開 ── LAMP スタックを支えたオープン RDB
1995年5月23日、 スウェーデンの Michael「Monty」Widenius が、 自宅で開発を続けていた小さな RDBMS の最初のバージョンを公開した。 のちに MySQL と呼ばれることになるこのデータベースは、 2000 年代のインターネット ブームを土台から支え、 「Web 開発の標準 RDB」という言葉の同義語になる。
起源 ── TcX 社の内製ツール
MySQL の前史は 1979 年にさかのぼる。 Widenius は当時 17 歳、 スウェーデンの会社 TcX DataKonsult AB(後の TcX) に入社し、 倉庫管理用に「UNIREG」という ISAM ベースのデータベース ライブラリを書いていた。 1990 年代、 TcX は UNIREG を SQL 対応にする必要に迫られた。
選択肢として既存の mSQL(1994 年、 Hughes Technologies) を検討するが、 性能と機能が要件に合わない。 そこで Widenius は、 UNIREG の高速なストレージエンジンの上に、 mSQL 互換の SQL インタフェースを乗せた独自製品を作る ── これが MySQL の起源である。
名称「MySQL」は、 Widenius の長女 My の名前に由来する(次女は Maria、 のちの MariaDB の名前の由来となる)。
1995 年 5 月 23 日 ── 最初のリリース
1995 年 5 月 23 日、 Widenius は David Axmark・Allan Larsson と組んで MySQL AB を実質的に設立し、 MySQL の最初の社内バージョンをリリース。 1996 年 10 月には MySQL 3.11.1 が一般公開され、 Linux・Solaris 向けのフリー版が世界中の開発者に届くようになった。
ライセンスは独特で、 GPL(オープンソース) と商用ライセンスの デュアルライセンス。 Web 開発者など個人ユーザは無償で使え、 組み込み製品ベンダーや GPL 配布を避けたい企業は商用ライセンスを購入する ── という二段構えで収益化した。 これは後の OSS ビジネスモデルの原型の一つとなる。
LAMP スタック ── Web 2.0 の土台
MySQL が爆発的に普及したのは、 LAMP スタック の中核を担ったからである。 Linux(OS)、 Apache(Web サーバ)、 MySQL(DB)、 PHP/Perl/Python(言語) ── すべて無料で揃うこの組合せは、 2000 年代の Web サイト・ブログ・SaaS の標準構成となった。
WordPress(2003 年) は MySQL がデフォルト、 phpBB、 MediaWiki(Wikipedia の中核) も MySQL、 Facebook が初期に使ったのも MySQL、 YouTube、 Twitter、 Booking.com ── 当時の主要 Web サービスの多くが MySQL の上に立っていた。 「ACID は弱くてもいいから、 速くて手軽な RDB が欲しい」という Web 開発者の需要に、 MySQL がぴたり嵌った。
その速度の秘密は、 デフォルトの MyISAM ストレージエンジン だった。 トランザクション非対応・行ロックなし・クラッシュ時の整合性保証が弱い ── これらを諦める代わりに、 読み込み中心のワークロードで Oracle・PostgreSQL を上回るスループットを叩き出した。 後に InnoDB エンジンが ACID 対応を追加し、 5.5 で InnoDB がデフォルトに昇格する(2010 年)。
Sun 買収、 そして Oracle 傘下へ
2008 年 1 月、 Sun Microsystems が MySQL AB を 10 億ドルで買収。 当時のオープンソース企業として史上最大の買収額となった。 「Sun が MySQL を持つ意味は、 Sun が Java を持つ意味と同じだ」 ── Jonathan Schwartz CEO のこの言葉どおり、 Sun はサーバ・ストレージ・OS・言語・DB を垂直統合する構想を持っていた。
しかし 2010 年、 今度は Oracle が Sun を 74 億ドルで買収。 MySQL は Larry Ellison が王者として君臨する Oracle Database の傘下に入ることになる。 オープンソース コミュニティに衝撃が走ったのは言うまでもない ── 「商用 RDB 最大手が、 最も人気のあるオープンソース RDB を所有する」という構図が完成したからである。
MariaDB フォーク ── オープンな後継
Oracle 買収に先立つ 2009 年、 Widenius 自身が MySQL のフォーク MariaDB を立ち上げ た。 名前は次女 Maria に由来。 「Oracle が MySQL の開発を絞り始めたら、 オープンな代替が必要だ」という判断だった。
2012 年、 Wikipedia と Google が MariaDB への移行を発表。 多くの Linux ディストリビューション(Debian、 Red Hat 系、 Arch) がデフォルトを MySQL から MariaDB に切り替えていく。 Oracle 側の MySQL も開発を続け、 2018 年の MySQL 8.0 でドキュメント型データのサポート(JSON、 MongoDB 互換 API) を強化、 2024 年には 8.4 LTS をリリース ── 二系統が並走している状態が、 現在まで続いている。
1995 年 5 月 23 日が意味するもの
MySQL は、 Codd の関係モデル → Oracle V2 → IBM DB2 という商用 RDB の系譜に、 「無料で、 速くて、 Web のために」という第四の極を加えた事件だった。 SQL の標準性能を犠牲にしてでも「とりあえず動く RDB」を全世界に配ること ── その選択が、 2000 年代以降のインターネットの形を決めた。 Facebook がもし当時の Oracle ライセンス料を払わねばならなかったとしたら、 Web 2.0 はずいぶん違う形をしていただろう。