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BlackBerry 850 発売 ── ハードウェア QWERTY と push メールが企業を支配する

カナダの Research In Motion(RIM) が1999年1月19日に BlackBerry 850 を発表。 双方向ページャ形式の端末に、 ハードウェア QWERTY キーボード(親指打鍵用) と push 型のメール受信(サーバから端末への即時配信、 暗号化付き) を搭載した。 ビジネスマン必携の道具として米国企業の幹部・弁護士・金融業界に浸透し、 2009年ピーク時には世界で5000万ユーザを抱える。 オバマ大統領が就任時にも手放さなかった逸話で象徴される、 2000年代の「企業のスマートフォン」。 2007年 iPhone と Android の波に押され、 2016年に RIM は自社端末事業から撤退、 ブランドはライセンス供与に転じた。

初期 BlackBerry 端末(双方向ページャ型、 QWERTY キーボード)
出典Shiny Things via Flickr / Traveler100 (Wikimedia Commons) · CC BY 2.0 · Commons で見る

メタデータ

日付
1999年1月19日
年代
1990s
Tier
T1
出典数
04
関連項目
00
Tags
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BlackBerry 850 発売 ── ハードウェア QWERTY と push メールが企業を支配する

1999年1月19日、 カナダ・ウォータールーに本社を構える Research In Motion(RIM、 1984年設立、 Mike Lazaridis 創業) が、 BlackBerry 850 と命名された製品を発表した。 同社の社内ブランド戦略を担当していたマーケティング会社 Lexicon Branding が、 キーボードのキーが果物のブラックベリーの実に似ているという観察から「BlackBerry」 という名前を提案した、 という逸話が残る。

BlackBerry 850 は、 厳密に言えば電話機ではない。 双方向ページャ(Two-way pager) という形態に、 ハードウェア QWERTY キーボード(親指打鍵に最適化された配置) と、 RIM が独自に構築した push 型のメール配信システムを統合した端末だった。 単4電池1本で約3週間動作し、 Intel 386 系の32ビットプロセッサと独自 OS を搭載。 メールサーバから端末へ、 ユーザの操作を待たず即時に新着メッセージを配信する仕組み(push email) は、 当時の業界では新規性のある実装だった。

なぜ企業幹部に刺さったか

1999年から2003年ごろにかけての米国企業環境において、 BlackBerry は急速に「幹部の標準装備」 になっていった。

  • メールの即時受信: 競合各社の携帯メール(i モードのような国外も含めて) は、 当時ほぼポーリング方式で、 数分から数十分の遅延があった。 RIM の push 方式は、 メール到着とほぼ同時に端末が振動する。 営業・金融・法務といった「メール返信が秒単位の競争」 となる業界では、 この遅延差が決定的だった。
  • ハードウェア QWERTY: 親指で長文を打つことを前提に設計されたキー配列とキー間隔は、 ソフトウェアキーボードよりはるかに高速で正確だった。 BlackBerry 利用者は「電車内・会議の合間・タクシーで長文メールを返す」 という習慣を獲得する。
  • 企業向けセキュリティとサーバ管理: BlackBerry Enterprise Server(BES) を企業内に設置すると、 端末との通信は AES 暗号で保護され、 IT 管理者は遠隔から端末をワイプできた。 金融・法律事務所・政府機関にとって、 これは譲れない要件だった。

2003年に音声通話機能を統合した BlackBerry 6210(Quark) が登場すると、 「メール端末」 から「スマートフォン」 への移行が始まる。 2007年には BlackBerry Pearl 8100 が一般消費者市場に拡大、 2009年にユーザ数は世界で約5000万人のピークに達した。

「クラックベリー」 と CrackBerry

BlackBerry の依存性は、 メディアで頻繁に揶揄された。 端末を手放せず、 食事中もメールを返し続ける幹部の姿は、 2000年代米国ビジネス文化の風景の一部となる。 「クラックベリー(CrackBerry)」 という造語は、 米国の方言協会が2006年の Word of the Year に選出した。

2009年1月、 オバマ大統領が就任時に「BlackBerry を手放したくない」 と表明し、 NSA(国家安全保障局) が特別仕様の暗号化機を提供する形で大統領継続使用が認められた事件は、 BlackBerry の文化的位置を象徴している。

なぜ崩壊したか

BlackBerry の崩壊は、 2007年6月29日に起きた。 初代 iPhone の発売 である。

当初、 RIM の経営陣は iPhone を脅威とみなさなかった。 マルチタッチには物理キーボードのような速度・精度がなく、 バッテリ寿命は短く、 セキュリティモデルは企業向けではない ── そう判断していた。 2008年に Android 1.0 が登場した時点でも同様の評価が続いた。

しかし市場が選んだのは別の論理だった。

  • タッチスクリーンと App Store の組み合わせ: ハードウェアキーボードという「メール返信を速くする道具」 は、 「アプリで人生を再構成する」 という別カテゴリの提案の前で、 局所最適化の道具に見えた。
  • 個人購買から企業導入へ(BYOD): 幹部が個人で iPhone を買い、 「これを業務でも使いたい」 と要求し、 IT 部門が後追いで MDM(Mobile Device Management) を整備する。 BlackBerry の「企業 IT 主導」 モデルが、 「個人主導の BYOD」 モデルに反転した。
  • OS の近代化失敗: RIM は BBOS 10 / BlackBerry 10 への移行を進めたが、 2013年のリリースは既に手遅れだった。 アプリエコシステムを構築できず、 開発者は離れた。

2013年に RIM は社名を BlackBerry Limited に変更、 2016年9月に自社設計端末からの完全撤退を発表する。 BlackBerry ブランドは中国 TCL や他のライセンシーに移管され、 RIM 自身は企業向けセキュリティソフト企業(BlackBerry Cylance など)へと業態転換した。

何を残したか

BlackBerry が残したのは、 「モバイル端末で企業の業務情報を扱う」 という前提そのものだった。 push メール、 サーバ管理されたモバイル端末、 暗号化された業務通信 ── これらはいまの iPhone・Android にも Microsoft Intune や Apple Business Manager のような形で受け継がれている。

ハードウェア QWERTY キーボード自体は、 局所的なファン市場以外では絶滅した。 だが「親指で打つ」 という身体動作と、 「移動中にメールを返す」 という労働習慣は、 BlackBerry が一旦完成させたものを iPhone 世代がソフトウェアキーボードで継承した、 という見方ができる。


関連する出来事

同じ1999年の翌月、 NTT ドコモが日本で i モードを開始 し、 「モバイルでメールを読む・送る」 文化の東西実装が同時並行的に走り出した。 BlackBerry が定義した企業セキュリティと push メールの語彙は、 2007年の 初代 iPhone 発売 によって別の物理形態とエコシステムで再実装され、 BlackBerry を市場から押し出すことになる。 携帯端末の系譜については 携帯電話・スマートフォンの歴史年表を参照されたい。

出典

  1. 二次資料First BlackBerry device hits the market — HISTORY

    取得日: 2026-05-25

  2. 二次資料BlackBerry — Wikipedia

    取得日: 2026-05-25

  3. 二次資料BlackBerry 850 — IT History Society

    取得日: 2026-05-25

  4. 二次資料The first BlackBerry turns 25 — Cantech Letter

    取得日: 2026-05-25

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