人物 :: PERSON

ヤン・ルカン

畳み込みニューラルネットワーク(CNN)を開発したフランス出身の計算機科学者。トロント大学で Geoffrey Hinton のもと博士研究員を務めたあと、1988年に AT&T ベル研究所に入り、1989年に手書き数字を読む LeNet を発表。小切手の読み取りシステムとして実用化され、AT&T Labs では画像圧縮技術 DjVu を開発した。2003年にニューヨーク大学の教授となり、2013年12月から Facebook(現 Meta)の AI 研究所 FAIR を創設して率い、2018年にチーフ AI サイエンティストとなった。2018年度の ACM チューリング賞を Hinton、Yoshua Bengio と共同受賞。2025年11月に Meta を離れて世界モデルを開発する AMI Labs を立ち上げると表明し、同社は2026年3月に約10億ドルを調達した。

エコール・ポリテクニークの会議で話すヤン・ルカン(2025年)
出典Jérémy Barande, École polytechnique (Flickr, via Wikimedia Commons) · CC BY-SA 2.0 · Commons で見る ↗

プロフィール

生年
1960
存命
存命
在世
1960–
関連事象
01
名称
ENYann LeCunJAヤン・ルカン

ヤン・ルカン(Yann LeCun、 1960年 ── )は、 畳み込みニューラルネットワーク(CNN)を開発したフランス出身の計算機科学者である。 ベル研究所で手書きの数字を読ませた LeNet(1989年) はやがて銀行の小切手を読むようになり、 2010年代に画像認識の主流となる CNN の原型になった。 2018年度の ACM チューリング賞を Geoffrey Hinton、 Yoshua Bengio と共同で受け、 その後は Meta の AI 研究所 FAIR を率いる立場から、 大規模言語モデル一辺倒の流れに異を唱え続けた。 2025年に Meta を離れ、 世界モデルを開発する AMI Labs を立ち上げている。

経歴

ACM の受賞者紹介によれば、 ルカンはパリ郊外で育ち、 技師だった父の影響で電子工作や機械いじりに親しんだ。 姓はもともと Le Cun と書いたが、 米国で Le をミドルネームと取り違えられるため空白を詰めた。 1983年に ESIEE(パリの電気電子技術者学校)で技師の学位を得て、 在学中から独自に機械学習の研究を始め、 1987年にピエール・エ・マリー・キュリー大学(現ソルボンヌ大学)で計算機科学の博士号を取った。

ACM は、 ルカンの研究が Hinton の発見と独立に並行していたと書く。 二人とも当時は流行らなかったニューラルネットワークに惹かれ、 のちに誤差逆伝播法と呼ばれる方法で中間層を訓練すれば単純なネットワークの限界を超えられることに気づいていた。 1985年にフランス・アルプスの Les Houches で開かれたワークショップで国際的な研究者たちと接し、 数か月後にパリを訪れた Hinton と知り合ったことから、 1987〜88年にトロント大学の Hinton の研究室で博士研究員を務めた。

年所属・役職(ACM による)
1987〜88年トロント大学 博士研究員
1988〜1996年AT&T ベル研究所 Adaptive Systems Research 部門 研究員
1996〜2002年AT&T Labs Research 画像処理研究部門長
2002〜03年NEC Research Institute フェロー
2003年〜ニューヨーク大学 Courant 研究所 教授(2008年から Silver 教授)
2013年12月〜2018年Facebook AI Research(FAIR)を創設し所長
2018年〜2025年Facebook(現 Meta)副社長・チーフ AI サイエンティスト

ベル研究所 ── CNN と小切手

ベル研究所 でのルカンの最大の仕事が畳み込みネットワークである。 画像の左上にある特徴に反応するよう学習した単純なネットワークは、 同じ特徴が別の位置に現れても反応しない。 畳み込みネットワークは小さなフィルタを入力全体に走らせるので、 上位の層は模様が画像のどこにあっても気づける。 学習は速くなり、 ネットワークは小さくなった。 ACM の授賞発表は、 ルカンが1980年代末にトロント大学とベル研究所で、 手書き数字の画像で CNN を初めて訓練したと書いている。

論文・データセット・精度・郵便番号の読み取りといった LeNet の詳細は LeNet のページ に譲る。 ACM によれば、 Bengio、 Léon Bottou、 Patrick Haffner と1990年代初めに作った小切手の数字を読むシステムは NCR などの銀行システム業者にライセンスされ、 ルカンは一時、 米国で書かれる小切手の10%以上を読んでいたとしている。 ほかに、 不要な結合を取り除いてネットワークを小さくする「Optimal Brain Damage」もこの時期の仕事である。

1996年に AT&T が Bell Labs の大部分を Lucent Technologies として分離すると、 ルカンは AT&T に残って画像処理の研究グループを率い、 Bottou、 Haffner、 Paul G. Howard と画像圧縮技術 DjVu を開発した。 スキャンした文書を Adobe Acrobat より効率よく圧縮でき、 2000年代初めには Internet Archive で広く使われた。

チューリング賞(2018年度)

2019年3月27日、 ACM は2018年度のチューリング賞を Bengio、 Hinton、 ルカンの3人に贈ると発表した。 授賞理由は “for conceptual and engineering breakthroughs that have made deep neural networks a critical component of computing”。 2000年代初めにニューラルネットワークに賭け続けた少数の研究者として3人をまとめて評価し、 ルカン個人の業績としては次の三つを挙げている。

  • 畳み込みニューラルネットワーク: 1980年代に開発し、 今日のコンピュータビジョン・音声認識・画像生成などの標準となった
  • 誤差逆伝播法の改良: 初期の版を提案し、 変分原理に基づく簡潔な導出を与え、 学習を速める二つの方法を示した(誤差逆伝播法 参照)
  • ニューラルネットワークの視野の拡大: Bottou とともに、 学習システムを自動微分で誤差逆伝播するモジュールの網として組むという、 今日のすべての深層学習ソフトウェアが使う考え方を提案した

3人は CIFAR の Learning in Machines & Brains プログラムでもつながっており、 ルカンは2014年から Bengio と共同でこのプログラムを率いてきた。 2006年前後の深層学習の復活については 深層信念ネットワーク のページを参照。

FAIR と Meta(2013〜2025年)

ACM によれば、 2010年代初めに大手 IT 企業がニューラルネットワークの研究者を奪い合うなか、 ルカンは2013年12月に Facebook に招かれて AI 研究所 FAIR を作り、 2018年までニューヨークで率いた。 NYU と兼務し、 Facebook の AI の顔として新聞や雑誌に頻繁に登場するようになる。 2018年に所長を退いてチーフ AI サイエンティストとなり、 戦略と科学面の指導に専念した。 ルカンはオープンソースの開発と公開の研究を一貫して支持してきた(The Decoder)。 チーフ AI サイエンティスト在任中の2023年には、 Meta が大規模言語モデル LLaMA を研究者向けに公開している。

この時期のルカンは、 AI が人類の存続を脅かすという議論を一貫して退けてきた研究者でもある。 同じ賞を分け合った Hinton が2023年に Google を離れて AI のリスクを語り始めたときの対比は その出来事のページ にある。

Meta 退社と AMI Labs(2025年〜)

2025年11月、 ルカンは Meta を年末で離れ、 高度機械知能(Advanced Machine Intelligence、 AMI)の研究を新しい会社で続けると自ら公表した。 The Decoder によれば、 本人は Meta での12年間を FAIR の創設所長として5年、 チーフ AI サイエンティストとして7年と振り返り、 FAIR の創設を技術以外で最も誇れる仕事と呼んだ。 新会社は物理世界を理解し、 持続的な記憶を持ち、 推論して複雑な行動を計画できるシステムを目指し、 Meta はそのパートナーになるとした。 報道は背景として、 Meta が大規模言語モデルと製品寄りの開発に重心を移し、 超知能研究所の新設と新たなチーフ AI オフィサーの任命によってルカンの影響力が弱まっていたことを挙げている。

2026年3月、 パリに本社を置く AMI Labs は、 シードラウンドで約10億3,000万ドル(heise によれば8億9,000万ユーロ)を調達したと発表した。 Tech.eu によれば評価額は35億ドルで、 欧州の企業として過去最大のシードラウンドとされる。 CEO は医療 AI の Nabla を率いていた Alexandre LeBrun、 ルカンは会長を務め、 拠点はパリ・ニューヨーク・モントリオール・シンガポールに置く。 大規模言語モデルの代わりに、 世界の振る舞いを予測する世界モデルで現実の物理を理解するという路線は、 ルカンが FAIR 時代から唱えてきたものである。

人物として

ルカンの経歴は、 一つのアイデアが30年かけて産業の標準になる過程と重なる。 1989年に郵便番号を読んだネットワークの構造は、 2012年の AlexNet を経て画像認識の主流になり、 彼自身はその成功の頂点で、 次の主流と見なされた言語モデルに対して、 それだけでは知能に届かないと言い続ける側に回った。 研究所の創設者として企業の研究を率いた12年のあと、 60代半ばで自ら会社を立ち上げたのは、 その主張の延長線上にある。

関連する出来事

  1. LeNet ── 郵便番号と小切手を読んだ畳み込みニューラルネットワーク

よくある質問

ヤン・ルカンは何をした人か
畳み込みニューラルネットワークを開発し、1980年代末にベル研究所で手書き数字の画像で初めて訓練した人物です。ACM はこれを理由の一つとして、2018年度のチューリング賞を Geoffrey Hinton、Yoshua Bengio とともに彼に贈りました。
ルカンはなぜ Meta を辞めたのか
本人は2025年11月、FAIR とニューヨーク大学で進めてきた高度機械知能(AMI)の研究を独立した会社で続け、Meta の事業以外の分野にも広げるためだと説明し、Meta は新会社のパートナーになるとしました。報道は、Meta が製品寄りの開発に重心を移したことを背景に挙げています。
AMI Labs とは何の会社か
ルカンが共同創業したパリ本社の会社で、大規模言語モデルとは別の路線として、物理世界の振る舞いを予測する世界モデルを開発しています。2026年3月にシードラウンドで約10億3,000万ドルを調達し、CEO は Alexandre LeBrun、ルカンは会長を務めます。
LeNet とルカンの関係は
LeNet はルカンらがベル研究所で開発した畳み込みネットワークの系列です。1989年の論文で米国郵便の郵便番号を読み、1998年の論文で LeNet-5 を示しました。小切手を読むシステムとして銀行で使われています。

出典

  1. 一次資料Yann LeCun — A.M. Turing Award laureate biography, ACM (archived copy, January 2026)

    学歴と職歴、1985年の Les Houches、Hinton のもとでの博士研究員、ベル研究所での CNN と小切手読み取り、DjVu、NYU、2013年12月からの FAIR、2018年のチーフ AI サイエンティスト

    取得日: 2026-10-26[archived]

  2. 一次資料Fathers of the Deep Learning Revolution Receive ACM A.M. Turing Award — ACM, March 27, 2019

    授賞理由、CNN・誤差逆伝播の改良・モジュール型の学習システムという LeCun の三つの業績

    取得日: 2026-10-26

  3. 三次資料Yann LeCun — Wikipedia

    取得日: 2026-10-26

最終更新:

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