T1#open-source#market

pgvector が本格化 ── RDB に AI のベクトル検索を載せる

出典Gknor (Wikimedia Commons) · CC BY-SA 4.0 · Commons で見る

メタデータ

日付
年代
2020s
Tier
T1
出典数
08
関連項目
06
Tags
#open-source#market

2023年5月3日、 AWS が Amazon RDS for PostgreSQL(15.2 以降) での pgvector サポート を発表した。 4 月には Supabase が Launch Week 7 で打ち出し、 6月27日に Google Cloud SQL と AlloyDB、 7月に Amazon Aurora PostgreSQL、 Azure Database for PostgreSQL も同年のうちに続く。 主要マネージド PostgreSQL が、 この一つの拡張を公式機能として揃えるまでに数ヶ月しかかからなかった。

ChatGPT 公開(2022 年 11 月) から半年。 LLM 時代の 「ベクトル DB は専用品か、 PostgreSQL の拡張か」 という業界論争に、 pgvector は明確な解答を示し始めた。

ベクトル DB とは何か ── RAG 時代の必須インフラ

LLM はテキストを embedding(埋め込み) と呼ばれる高次元ベクトル(典型的には 768〜3072 次元の浮動小数点配列) に変換できる。 例えば OpenAItext-embedding-3-small モデルは 1536 次元、 text-embedding-3-large は 3072 次元。 意味的に近いテキストは、 高次元空間で近い座標にマッピングされる。

LLM アプリケーション、 特に RAG(Retrieval-Augmented Generation) では、 こうした embedding を大量に保存し、 ユーザの質問を embedding 化してから「近いベクトル」を検索する。 検索した文書を LLM のプロンプトに含めることで、 LLM の知識の範囲外にある最新情報・社内文書・専門知識を回答に反映できる。

ここで必要なのが 近傍検索(Approximate Nearest Neighbor、 ANN) ── 数百万〜数十億のベクトルから、 クエリベクトルに最も近いものを高速に取り出す技術である。 距離関数は コサイン類似度、 L2 距離(ユークリッド)、 内積 の三種が標準。 ANN アルゴリズムとしては HNSW(Hierarchical Navigable Small World)IVFFlat(Inverted File with Flat lists) が主流。

pgvector の起源 ── 2021 年、 Andrew Kane

pgvector は 2021年4月20日、 Andrew Kane(GitHub: ankane) が公開した PostgreSQL 拡張である。 Kane は Ruby コミュニティで知られる OSS 作者で、 機械学習関連のライブラリ群を数多く整備してきた。

初版 v0.1.0 の README は、 すでに現在とほぼ同じ姿をしている ── vector 型、 <->(L2 距離)・<#>(内積)・<=>(コサイン距離) の演算子、 そして USING ivfflat のインデックス。 「公開当初は全件スキャンしかできなかった」という話が流布しているが、 IVFFlat は最初のリリースから入っていた

潮目が変わったのは 2023年8月28日の v0.5.0 で HNSW インデックスが追加された時である。 HNSW(Hierarchical Navigable Small World) はベクトル DB のデファクト アルゴリズムで、 Pinecone・Weaviate・Milvus・Qdrant など主要な専用ベクトル DB が採用している。 これを pgvector が取り込んだことで、 性能面で専用品との差が縮まった。 マネージド側の追随も早く、 Amazon Aurora PostgreSQL は 2023年10月に v0.5.0 対応を発表している。 その後も v0.6.0(2024年1月) で HNSW の並列インデックス構築、 v0.7.0(2024年4月) で halfvecsparsevec 型と二値量子化、 v0.8.0(2024年10月) で反復インデックス スキャンと、 機能追加は続いている。

2023 年の業界状況 ── 専用 vs 拡張

ChatGPT のショック以降、 ベクトル DB の市場は急成長した。 専用ベクトル DB として:

  • Pinecone(2019 年-、 マネージド SaaS のみ) ── 2023年4月27日に Andreessen Horowitz 主導で 1 億ドルの Series B、 評価額は 7.5 億ドル。 「RAG = Pinecone」のイメージを作った先駆者。
  • Weaviate(2019 年-、 OSS + マネージド) ── オランダ発、 GraphQL ベース API、 ハイブリッド検索が強み。
  • Milvus(2019 年-、 LF AI & Data 寄贈、 Zilliz が商用化) ── 中国発、 大規模ベクトル処理に強い。
  • Qdrant(2021 年-、 Rust 製、 OSS + クラウド) ── ベルリン発、 速度重視の新興。
  • Chroma(2022 年-、 OSS) ── 開発者体験重視、 LangChain との連携。

これら専用ベクトル DB に対し、 pgvector は「追加のシステムを増やしたくない」という運用ニーズを直撃した。 アプリケーションが既に PostgreSQL を使っているなら、 ベクトル検索のためだけに別の DB を運用するのは負担。 トランザクションも結合クエリも一貫した型システムも、 PostgreSQL 内で完結する方が楽 ── この実務的な判断が、 pgvector を急速に押し上げた。

2023 年の連鎖採用 ── マネージド PostgreSQL の合意

2023 年、 マネージド PostgreSQL は数ヶ月のうちに横並びで pgvector を載せた。

  • 2023 年 4 月: Supabase(Launch Week 7、 4月10-14日)
  • 2023 年 5 月 3 日: Amazon RDS for PostgreSQL(15.2 以降)
  • 2023 年 6 月 27 日: Google Cloud SQL for PostgreSQL と AlloyDB for PostgreSQL
  • 2023 年 7 月: Amazon Aurora PostgreSQL
  • 2023 年: Azure Database for PostgreSQL Flexible Server
  • 2023 年 10 月: Amazon Aurora PostgreSQL が v0.5.0(HNSW) に対応

「マネージド PostgreSQL を使うなら、 ベクトル検索のためにわざわざ別の DB を契約する必要はない」 ── これが 2023 年後半の業界の相場観になった。

「データベースに AI 機能を載せる」というアプローチ

pgvector の成功は、 単なる一拡張の話を超えて、 「既存の RDB に AI 機能を追加する」というアーキテクチャ選択肢 を確立した。 これは「AI のために新しい DB を作る」という Pinecone 型のアプローチと対立する。

同じ流れで、 2024 年以降は以下のような動きが続く ── MySQL は 2024年7月1日の 9.0.0 で VECTOR 型を追加、 Oracle Database 23ai は AI Vector Search を主力機能の一つに据え、 Microsoft は Azure SQL Database でネイティブのベクトル型をプレビューから GA へ進め、 SQL Server 2025 では VECTOR 型と VECTOR_DISTANCE を正式機能、 DiskANN ベースのベクトル インデックスをプレビューとして出した。 Snowflake は Cortex Search でベクトル検索を SQL から呼べる。 主要 DBMS はいずれも「自分のところでベクトル検索ができる」状態へ向かった。

それでも Pinecone・Weaviate などの専用品が消えるわけではない。 数十億規模のベクトル、 多テナント分離、 特殊な距離関数、 GPU アクセラレーションなどの要件では専用品が優位を保つ。 とはいえ「ふつうの RAG アプリケーション」の大多数は、 PostgreSQL + pgvector で十分という結論に落ち着きつつある。

2023 年が意味するもの

pgvector の本格化は、 LLM の波が既存のデータ基盤を作り変えた最初の具体例 である。 ChatGPT 公開後、 業界は「AI 専用の新しいインフラを構築するのか、 既存のインフラを拡張するのか」という選択に直面した。 pgvector はその選択に対して「拡張で十分対応できる」という答えを、 ベクトル DB という具体的な領域で示した。

そして PostgreSQL にとっては、 拡張可能性を中核に据えてきた設計が AI 時代に強烈なアドバンテージとなって返ってきた事例でもある。 Berkeley で POSTGRES の実装が始まり、 ユーザ定義型・ユーザ定義演算子・独自インデックス アクセス手法という枠組みが敷かれたのは 1986 年。 その 37 年後、 誰も想定していなかったデータ型が、 コアに手を入れずに拡張として載った。 pgvector が PostgreSQL License(PostgreSQL 本体と同じ) で配布されていることも、 マネージド サービス各社が一斉に取り込めた理由の一つである。

出典

  1. 一次資料pgvector CHANGELOG (v0.5.0, 2023-08-28: 'Added HNSW index type')

    取得日: 2026-08-08

  2. 一次資料Vector search in Azure Database for PostgreSQL (pgvector) — Microsoft Learn

    取得日: 2026-08-08

  3. 三次資料Retrieval-augmented generation — Wikipedia

    取得日: 2026-08-08

最終更新:

共有