企業・組織 :: ORG

ゼロックス

1906年にニューヨーク州ロチェスターで写真用感光紙メーカー Haloid Company として創業。1947年に Battelle Memorial Institute から Chester Carlson の乾式複写技術(ゼログラフィ)の実用化権を得て、1959年に普通紙複写機 914 を投入し、社名を Haloid Xerox、1961年に Xerox とした。1970年に設立したパロアルト研究所(PARC)から、Alto、Ethernet、レーザプリンタ、Smalltalk、GUI が生まれる。研究成果を製品化しきれなかった企業の代名詞として語られる一方で、Star(1981年)と 9700 レーザプリンタは自ら世に出している。2023年に PARC を SRI International へ寄贈し、2025年7月に Lexmark を買収した。

Xerox のロゴ
出典Xerox Corporation (via Wikimedia Commons) · Public domain (trademark) · Commons で見る

組織情報

設立
1906
状態
稼働中
活動期間
1906–
関連事象
03
名称
ENXeroxJAゼロックス

Xerox は、 1906年にニューヨーク州ロチェスターで写真用感光紙メーカー Haloid Company として創業した米国企業である。 1938年10月22日にニューヨーク・アストリアの間借りの実験室で Chester Carlson が最初の乾式複写像を作り、 その技術の実用化権を1947年に Haloid が取得した。 1959年の普通紙複写機 914 が会社を一変させ、 社名は Haloid Xerox を経て1961年に Xerox となる。 1970年に開いたパロアルト研究所(PARC)は、 AltoEthernet、 レーザプリンタ、 Smalltalk、 そして GUI を生んだ。 現在の持株会社は Xerox Holdings Corporation、 本社はコネチカット州ノーウォーク。

沿革 / History

Xerox 自身の社史 "The Story of Xerography" によれば、 Carlson は10年にわたって20社以上に断られ続けた。 1944年に非営利研究機関 Battelle Memorial Institute がロイヤルティ分配契約を結んで開発を引き受け、 1947年1月1日発効の契約で Haloid にゼログラフィ機の開発権が与えられる。 当時の Haloid は1946年の売上675万ドル・利益10万1,000ドルの小企業だった。 社長の Joseph C. Wilson は、 なぜ Battelle が自社を選んだのかを後年こう振り返っている ── 我々は財務も販売も研究も限られていたが、 これに社運を賭ける会社だった。

914 が顧客に最初に出荷されたのは1960年3月。 3年で5,000台という予測に対し、 1962年末までに1万台が出た。 純利益は1959年の200万ドルから1963年に2,260万ドルへ跳ね上がる。

1970年、 Xerox はカリフォルニア州パロアルトに PARC を設立した。 そこで起きたことは、 IT 史でもっとも密度の高い10年である。

PARC から出たもの
1971レーザプリンタの試作(Gary Starkweather)。 商用機 9700 までさらに数年
1973Alto ── ビットマップ表示・マウス・ネットワークを1台に
1973Ethernet の提案(Robert Metcalfe)
1970年代Bravo(WYSIWYG 文書編集)、 SmalltalkAlan Kay の研究室)
1981Xerox 8010 Star Information System ── アイコンとフォルダのデスクトップを最初に商用化した機械。 導入価格16,595ドル

「発明したが売れなかった」という物語について

Xerox は、 研究成果を取り逃した企業の代名詞として語られる。 その語り方は半分だけ正しい。

正しい部分: Alto は製品にならなかった。 Star は高価すぎ、 Macintosh の2,495ドルとは桁が違った。 Ethernet の商業化を担ったのは Xerox ではなく、 1979年に同社を離れた Metcalfe の 3Com である。 1979年12月に PARC を訪れた Apple が持ち帰ったものは、 Lisa と Macintosh に流れ込んだ。

正しくない部分: レーザプリンタは Xerox 自身が製品にし、 9700 系は複写機事業と並ぶ収益源になった。 Star も出荷された ── 売れなかっただけである。 そして PARC は「無駄な研究所」ではなく、 その成果が業界全体の共有資産になったという意味では、 20世紀後半で最も費用対効果の高い研究投資のひとつだったとも言える。 ベル研究所 と同じく、 巨大な外部効用を生みながら、 それを生んだ企業自身は回収しきれなかった。

重要事件 / Key Events

  • 1906年: Haloid Company として創業
  • 1938年10月22日: Carlson がアストリアで最初の乾式複写像を作る
  • 1947年1月1日: Battelle と Haloid の契約が発効
  • 1959年: 914 発表。 1960年3月に初出荷
  • 1961年: 社名を Xerox に変更、 ニューヨーク証券取引所に上場
  • 1970年: パロアルト研究所(PARC)設立
  • 1981年4月: Xerox 8010 Star Information System
  • 2002年: PARC を独立子会社化
  • 2019年: 持株会社 Xerox Holdings Corporation へ再編
  • 2023年4月24日: PARC を非営利研究機関 SRI International へ寄贈すると発表。 Xerox 側には研究委託の枠組みと PARC 内のイノベーションハブが残る
  • 2025年7月1日: Lexmark の買収完了。 取引価額は純有利子負債と引受負債を含めて15億ドル

業績指標 / Key Metrics

  • 2025年通期売上: 70.2億ドル(前年比 +12.9%)。 GAAP ベースの純損失は10.3億ドル
  • 2025年第4四半期売上: 20.3億ドル(前年比 +25.7%)。 増収の主因は Lexmark の連結
  • Lexmark 統合による相乗効果目標: 少なくとも3億ドル
  • 買収後の規模: 170か国以上・20万社超の顧客、 16か国に125の製造・物流拠点(Xerox 発表)

影響と批判 / Influence and Criticism

Xerox という社名は、 英語で「コピーする」という動詞になった。 商標としては危険な成功であり、 同社は長く普通名詞化を防ぐ努力を続けている。

批判の中心は常に PARC の扱いに向けられてきた。 ただし論点は「研究者が優秀だったのに経営が愚かだった」という単純な話ではない。 1970年代の Xerox にとって、 複写機は圧倒的に儲かる事業であり、 1台1万ドルの計算機を年に数千台売ることは、 経営指標の上ではほとんど見えなかった。 破壊的技術が既存事業の収益構造の陰に隠れるという型の、 最も早い大規模な実例である。

現在の Xerox は、 印刷機器と IT サービスの事業者として再編の途上にある。 2023年の PARC 寄贈は、 基礎研究を自社で抱える時代の終わりを意味した。 一方で Lexmark の統合により、 縮小し続ける印刷市場の中で規模を取りにいく戦略へ転じている。 20世紀に「オフィスの未来」を発明した会社が、 21世紀にはオフィスそのものの縮小と向き合っている。

関連する出来事

  1. Xerox Alto ── 売られなかった機械が、机の上のコンピュータを定義した
  2. Ethernet の提案 ── 建物の中を1本のケーブルで結ぶ
  3. Smalltalk-80 ── オブジェクト指向の規範

最終更新:

共有