1998年1月22日T1

Netscape ソースコード公開 ── mozilla.org 設立

Internet Explorer に追い込まれた Netscape Communications が、 主力製品 Netscape Communicator のソースコード公開を発表。 3月31日に実際にコードが公開され、 同時に mozilla.org が新規プロジェクトの調整役として設立された。 商用主力製品をオープンソース化する初の本格的事例で、 Eric Raymond の論文「伽藍とバザール」が経営判断に影響を与えたとされる。 ここから Mozilla Suite、 2002年 Mozilla 1.0、 2004年 Firefox 1.0、 そして現在の Mozilla Foundation / Corporation 構造に至る系譜が始まる。

Mozilla の恐竜頭ロゴ ── 1998年に Shepard Fairey が制作
出典Mozilla Foundation (Wikimedia Commons) · CC BY 3.0 / MPL 2.0 · Commons で見る

メタデータ

日付
1998年1月22日
年代
1990s
Tier
T1
出典数
04
関連項目
00

Netscape ソースコード公開 ── mozilla.org 設立

1998年1月22日、 Netscape Communications がプレスリリースを発出した。 主力 Web ブラウザ製品である Netscape Communicator のソースコードを公開する。 当時、 商用ソフトウェア業界では前例のない決断だった。

3月31日、 実際にソースが Mozilla Public License 1.0(その後 MPL 1.1) で公開される。 同日、 プロジェクトの調整役として mozilla.org が設立された。 ロゴはアーティスト Shepard Fairey に依頼された恐竜頭のアイコン ── 後の20年以上にわたって Mozilla の象徴となる。

この決断から、 Mozilla Suite、 Mozilla 1.0(2002年)、 Firefox 1.0(2004年)、 Thunderbird、 そして現在の Mozilla Foundation / Corporation 構造に至る系譜が始まる。

なぜ商用主力をオープンにしたか

1995年から1997年までの Netscape は飛ぶ鳥を落とす勢いだった。 Navigator はブラウザ市場の8割超を握り、 1995年8月の IPO は初日に株価3倍 ── ドットコム時代の象徴的出来事。

しかし1995年12月、 Microsoft が Internet Explorer の開発を本格化させる。 1997年に IE 4.0、 1998年に IE 5.0 を Windows 標準バンドルで投入。 ブラウザ単体を販売していた Netscape は、 「OS にバンドルされる無料製品」と価格競争に持ち込まれ、 経営が急速に悪化した。

この状況下で、 Netscape CEO の Jim Barksdale と幹部のフランク・ハッセンフラッツ、 そしてエンジニアの Frank Hecker が議論を重ね、 「失う物がないなら、 オープンソースに賭ける」という判断に至る。

特に Frank Hecker が社内向けに書いた "Netscape Source Code As Netscape Product" と題する企画書(1998年1月)が、 経営陣を動かしたとされる。

Eric Raymond「伽藍とバザール」の影響

Eric S. Raymond が1997年5月にリヌクスカイカファレンスで発表し、 同年8月に公開した論文 "The Cathedral and the Bazaar"(伽藍とバザール) が、 経営判断に影響を与えたという証言が残っている。

論文の核心:

  • 伽藍モデル: 少数の専門家が閉じた環境で計画的に作る(伝統的な商用ソフト)
  • バザールモデル: 大量の参加者が分散して並列に作る(Linux 型)
  • "Given enough eyeballs, all bugs are shallow"(十分な目があれば全てのバグは浅い)

Raymond は1997年12月に Netscape の経営層に招かれ、 直接プレゼンテーションを行った。 これが社内議論の触媒になったと、 Marc Andreessen 自身が後に証言している。

論文はその後 The Cathedral and the Bazaar(1999年) として書籍化、 OSS 運動の哲学的バイブルとして広く読まれる。 「OSS が商用ソフトウェアより優れた開発モデルになり得る」という主張が、 Netscape の決断によって経営判断レベルで正当化された瞬間だった。

Mozilla Suite から Firefox へ

公開された Communicator のソースは、 実は当初の予想ほど簡単には扱えなかった。

  • C++ のレガシーコードベース(推定数百万行)
  • AOL / Time Warner との内部依存
  • レンダリングエンジン Gecko のリライト需要

mozilla.org は1998年から2002年まで、 Gecko レンダリングエンジンの書き直しと UI の整備に費やされる。 2002年6月、 Mozilla 1.0 が正式リリース ── 公開から4年以上経っての完成だった。

しかし Mozilla Suite はモノリシックで重い。 Dave Hyatt、 Joe Hewitt、 Blake Ross という若手3人が、 「ブラウザに特化した軽量版」として Phoenix プロジェクトを立ち上げる(2002年)。 商標問題で Firebird、 さらに Firefox へ改名し、 2004年11月9日に Firefox 1.0 リリース。

Firefox は IE 一極時代に風穴を開けた。 2009年にはピーク約30%のシェアに達し、 タブブラウジング、 拡張機能、 Web 標準準拠 ── 後の Chrome に引き継がれる現代ブラウザの基本要素を確立した。

Mozilla Foundation / Corporation 構造

2003年7月、 AOL(旧 Netscape の親会社) が Netscape 部門を解散。 mozilla.org の運営を継続するため、 Mozilla Foundation が設立された(米国の501(c)(3)非営利法人)。

しかし Foundation 単体では商業契約(特に検索エンジンとのデフォルト契約) を扱いにくい。 そこで2005年8月、 100%子会社として Mozilla Corporation(営利法人) を設立。 構造としては:

  • Mozilla Foundation(非営利): 全株式を保有、 ガバナンスと使命を担保
  • Mozilla Corporation(営利): Firefox 等の開発・運営、 Google 等との契約

この 「非営利持株会社 + 営利事業会社」のハイブリッド構造は、 後の OpenAI(2015年設立、 同様にハイブリッド構造) を含む多くの OSS / AI 系組織に参照される設計となった。

Mozilla Public License の遺伝子

MPL 1.0(1998年) は、 GPL と BSD の中間を目指したライセンスだった:

  • ファイル単位のコピーレフト: GPL のように派生物全体ではなく、 改造したファイルのみ MPL 下に
  • 改造したファイルのソース公開は必須、 ただし他ファイルとリンクして独自製品にする際は閉じてよい

MPL 2.0(2012年) で GPL 互換性が整備され、 現在も Rust の標準ライブラリの一部などで採用されている(Rust の言語自体は MIT/Apache デュアル)。

何が示されたか

Netscape 1998 は、 単独で見れば商業的に成功した出来事ではない。 Netscape 自体は1999年に AOL に42億ドルで買収され、 ブランドは消滅した。

しかし「商用主力製品をオープンソース化し、 コミュニティで再生する」という前例を作ったことの長期的影響は、 計り知れない。

  • Apache、 Linux に続く「企業発の OSS」の道筋を提示
  • Mozilla Foundation 構造が AI 時代の OpenAI 等の参照設計
  • Firefox が Chrome(2008年) の登場まで Web 標準の番人として機能
  • WebKit、 Chromium、 Servo(Rust 製) へと続くレンダリングエンジンの自由ライセンス系譜

「失う物がないから賭けた」決断が、 結果的に Web を一企業のロックインから守る制度的装置となった。 mozilla.org の設立は、 OSS が思想運動から 多国籍企業との対抗装置 へと成熟した転換点として記録される。

出典

  1. 一次資料The Cathedral and the Bazaar — Eric S. Raymond, 1997 / 1999

    取得日: 2026-05-25

  2. 二次資料History of Mozilla Application Suite — Wikipedia

    取得日: 2026-05-25

  3. 二次資料Mozilla — Wikipedia

    取得日: 2026-05-25

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