1995年4月T1
Apache HTTP Server 公開 ── "a patchy server" が Web を支えた
NCSA HTTPd の開発が停滞したことを受けて、 Brian Behlendorf ら8人の Web 管理者が独立して維持・拡張を続け、 1995年4月に Apache HTTP Server 0.6.2 を公開した。 名前の由来は NCSA HTTPd へのパッチ集 ── 「a patchy server」。 1996年には世界最大シェアの Web サーバとなり、 以後20年以上にわたり過半数シェアを維持。 1999年に Apache Software Foundation 設立、 Apache License 2.0(2004年)は現代 OSS の最も広く採用される寛容ライセンスの一つに。
メタデータ
- 日付
- 1995年4月
- 年代
- 1990s
- Tier
- T1
- 参照年表
- オープンソースの歴史
- 出典数
- 04
- 関連項目
- 00
Apache HTTP Server 公開 ── "a patchy server" が Web を支えた
1995年4月、 8人の Web 管理者からなる小さなグループが、 Apache HTTP Server 0.6.2 を公開した。 中心人物は当時 Wired 誌の Web 担当だった Brian Behlendorf。
名前の由来は、 イリノイ大学 NCSA が開発を停止していた HTTPd(当時最も使われていた Web サーバ)に対する、 寄せ集めのパッチ集だったことから ── 「a patchy server」。 ネイティブアメリカンの部族名と発音が同じになったのは、 ほぼ偶然である(後にロゴは羽根モチーフに統一)。
このパッチ集は、 翌1996年に Web サーバの世界シェア1位となり、 以後 20年以上にわたり過半数シェアを維持することになる。 1990年代後半から2000年代の Web の物理層は、 ほぼ Apache の上にあった。
なぜ NCSA HTTPd が止まったか
1993年、 イリノイ大学 NCSA の Rob McCool が NCSA HTTPd を開発。 同じ研究室から Mosaic ブラウザ(1993年)が出ており、 Web 黎明期の事実上の標準サーバとなっていた。
しかし1994年、 McCool が NCSA を去る(Netscape 創業メンバーとして合流)。 NCSA 内部での後継体制は組まれず、 HTTPd の開発は事実上停止する。 一方で世界中の Web 管理者は、 NCSA HTTPd にバグ修正・機能追加のパッチを当てて使い続けていた。
「同じパッチを各自が独立して当てている。 これは無駄ではないか?」 ── そう考えた Behlendorf が、 1995年2月に "new-httpd" メーリングリストを立ち上げる。 集まったのは、 ロサンゼルス、 ボストン、 メリーランド、 ドイツ、 ハワイなどに散らばる8人。 一度も物理的に会ったことのないメンバーだけで、 グローバル分散開発が始まった。
初期の8人と "Apache Group"
最初の Apache Group(コアメンバー)は以下:
- Brian Behlendorf(コーディネータ役、 後の Apache Software Foundation 初代 CEO)
- Roy T. Fielding(HTTP プロトコルの仕様化者、 後の REST 論文著者)
- Rob Hartill
- David Robinson
- Cliff Skolnick
- Randy Terbush
- Robert Thau
- Andrew Wilson
特筆すべきは Roy Fielding。 Apache の設計に深く関与しつつ、 HTTP/1.1 の仕様策定にも参加し、 2000年の博士論文で REST アーキテクチャを定式化することになる。 「Web プロトコル」と「実装の参考リファレンス」が同じ人物の頭の中で同時に進化していた稀有な例。
Apache Group はガバナンスにも先進的だった。 「BDFL(仁慈な独裁者)」型を取らず、 メリットベースの合議制を採用。 議論はメーリングリストで公開、 決定は投票で行う。 この運営モデルは後の多くの OSS プロジェクトに継承される。
Apache が勝った理由
1996年から、 Microsoft IIS(Windows NT 上)、 Netscape Enterprise Server(商用) が市場に投入される。 しかし Apache は無料、 ソース公開、 移植性が高い ── 特に Linux と組み合わさったときの破壊力が決定的だった。
LAMP スタック(Linux + Apache + MySQL + PHP/Perl/Python) という用語が1998年ごろから定着。 Web 開発者にとってのデフォルトの実行環境となり、 ドットコムバブル期のスタートアップの大半がこの構成で立ち上がった。
Netcraft の Web サーバ調査によれば:
- 1996年4月: Apache が NCSA HTTPd を抜き、 シェア1位(約30%)
- 2000年: 約60%
- 2005年: 約70%(ピーク)
- 2015年: Nginx に首位を譲るまで、 約20年間1位を維持
Apache License と OSS 経済
Apache HTTP Server のライセンスは独自の Apache License として始まったが、 2004年の Apache License 2.0 で大きく整備された。
GPL との重要な違いは、 コピーレフトを取らないこと。 Apache License 2.0 でリリースされたコードは、 改造して閉じたまま再配布できる。 企業が自社製品に Apache ライセンスのコードを取り込んでも、 自社製品を OSS にする義務はない。
この性質が、 2010年代以降のクラウド時代の標準ライセンスとしての地位を確立した:
- Kubernetes(Google → CNCF): Apache 2.0
- Apache Spark / Hadoop / Kafka: Apache 2.0
- Android Open Source Project: Apache 2.0
- TensorFlow / PyTorch(一部): Apache 2.0 系
- Swift(Apple): Apache 2.0
「企業も使いやすい OSS ライセンス」というポジションを Apache 2.0 が独占したことで、 GPL 系と Apache 系の二大潮流が現代の OSS ライセンス地形を形作っている。
Apache Software Foundation の設立
1999年6月、 Apache Group は Apache Software Foundation(ASF) として米国デラウェア州に501(c)(3)非営利法人を設立。 個人プロジェクトでも企業所有でもない 「コミュニティ所有のソフトウェア」を法的に保持する器となった。
ASF は Apache HTTP Server だけでなく、 350以上のトップレベルプロジェクトをホストする。 Hadoop、 Spark、 Kafka、 Cassandra、 Lucene、 Tomcat ── ビッグデータと Web 基盤の根幹を担うプロジェクト群。
現代への接続
2026年現在、 Apache HTTP Server は Web サーバの首位ではない(Nginx と Cloudflare が上回る)。 しかし:
- HTTPS の半分以上のサーバは依然 Apache 系(Apache Tomcat、 派生品を含む)
- Apache ASF プロジェクト群は AI / ビッグデータ基盤の中核(Spark、 Kafka、 Hadoop、 Beam)
- Apache License 2.0 は新規 OSS プロジェクトの選択ライセンスとして MIT と並ぶ
「8人が一度も会わずに作ったパッチ集」が、 30年後にクラウドネイティブ時代の法的・技術的基盤の片翼を担っている。 Apache HTTP Server 1995 は、 OSS が単なる思想運動から「世界の Web の物理層を実際に運用するシステム」へ移行した瞬間として記録される。