人物 :: PERSON
ジェンスン・フアン
NVIDIA の共同創業者。1993年の創業以来、社長・CEO・取締役を務め続けている。台湾に生まれ、子どもの頃に渡米。1984年にオレゴン州立大学で電気工学の学士、1992年にスタンフォード大学で修士を取得した。1983年から AMD のマイクロプロセッサ設計者、1985年から LSI Logic に在籍し、1993年に Chris Malachowsky・Curtis Priem と NVIDIA を創業。2026年3月には米大統領科学技術諮問委員会(PCAST)の委員に任命された。

プロフィール
- 生年
- 1963
- 存命
- 存命
- 在世
- 1963–
- 関連事象
- 02
- 名称
- ENJensen HuangJAジェンスン・フアン
ジェンスン・フアン(黄仁勳、 Jensen Huang、 1963年2月17日生)は、 NVIDIA の共同創業者であり、 1993年の創業以来ずっと社長・最高経営責任者・取締役を務めている。 同社の2026会計年度 Form 10-K は、 2026年2月20日時点の彼の年齢を63歳と記載する。 半導体産業で、 一人の創業者が同じ会社を33年にわたって率いた例は多くない。 出生地については台北とする資料と台南とする資料があり、 英語版 Wikipedia は台北生まれで幼少期に台南へ移ったとしている。
少年期と学歴
家族はのちにタイへ移り、 政情不安のなかで彼と兄は米国の親族のもとへ送られた。 親族が名門の寄宿学校と誤解して二人を入れたのが、 ケンタッキー州の Oneida Baptist Institute だった。 オレゴン州立大学が公表している伝記は、 これを "inadvertently placed with his older brother in a reform school in rural Kentucky" と書き、 本人の言葉を引いている ── "I loved going to school there and it's where I first learned about America."
15歳のときの最初の仕事はポートランドの Denny's である。 "I was a dishwasher, I was a busboy, I waited tables." のちに NVIDIA の公式ブログで本人が語った一節で、 続けて「自分ほどコーヒーカップを多く運べる者はいない」とも言っている。
家族とオレゴンで再び暮らすようになってからは卓球のジュニアで全米ランクに入り、 ビーバートンで高校を終えた。 オレゴン州立大学の電気工学に進み、 1年次の実験の相手が Lori Mills で、 5年後に結婚している。 1984年に学士。 "I enjoyed computers growing up, but OSU opened up my eyes to the magic behind them." と本人は語る。
職歴は SEC 提出書類に明確に残っている。 1983年から1985年まで AMD のマイクロプロセッサ設計者、 1985年から1993年まで LSI Logic に在籍し、 同社の SOC 事業である Coreware 部門のディレクターなどを務めた。 スタンフォードの電気工学修士は1992年、 フルタイムで働きながらの取得である。
創業
1993年、 フアン・Chris Malachowsky・Curtis Priem の3人は、 シリコンバレーの Denny's で PC 上に現実的な3D グラフィックスを実現するチップについて話し合った。 当時近所に住んでいたフアンによれば、 その店を選んだ理由は実務的なものである ── "It had all the coffee you could drink and no one could chase you out." 2023年9月26日、 同じ店舗で銘板の除幕式が行われた。
会社としての沿革 ── NV1 の失敗、 RIVA 128 による立て直し、 1999年1月の上場、 データセンタへの転換 ── は NVIDIA の項にある。
CEO として33年
興味深いことに、 創業者の数え方は同社の文書の中でも一致していない。 ニュースルームの公式経歴は "Jensen Huang founded NVIDIA in 1993" と書き、 10-K は "Jen-Hsun Huang co-founded NVIDIA in 1993" と書く。 SEC 提出書類での署名は一貫して Jen-Hsun Huang である。
技術的な節目 ── CUDA、 H100、 Blackwell B200、 時価総額で一時世界一 ── は、 いずれも GTC や CES の基調講演で本人が語る形をとってきた。 会社の技術説明も、 需要の見通しも、 産業全体の物語も、 同一人物の口から出る構造である。 GPU の性能として引かれる数字がほぼ例外なく同社の公称値である点と併せて読む必要がある。
判断の時間軸は長い。 グラフィックス API を経由せずに GPU を並列計算機として売るという方針を打ち出してから、 AlexNet がその有効性を示すまでに5〜6年、 データセンタが売上の柱になるまでにはさらに10年以上を要している。
受賞・栄誉
以下は NVIDIA の公式経歴が列挙するもので、 同社は年号を記していない。
- 米国工学アカデミー(NAE)会員
- 米国半導体工業会(SIA)の Robert N. Noyce Award
- IEEE Founder's Medal
- Dr. Morris Chang Exemplary Leadership Award
- 名誉博士 ── 国立陽明交通大学、 国立台湾大学、 オレゴン州立大学、 華中科技大学、 リンショーピング大学
- Fortune・The Economist・Brand Finance による「世界最高の CEO」、 TIME 100
年が特定できるものとしては、 2013年にオレゴン州立大学工学部の Engineering Hall of Fame 入り、 2026年3月25日にホワイトハウス発表で米大統領科学技術諮問委員会(PCAST)の委員に任命されている。
現在の活動
PCAST の委員として米国の科学技術政策に関与する一方、 対中輸出規制の当事者企業の経営者として、 ワシントンと北京の双方に出向く立場にある。 2026年5月、 カーネギーメロン大学の第128回学位授与式で基調講演を行い、 "You are entering the world at an extraordinary moment." に続けて "A new industry is being born. A new era of science and discovery is beginning." と述べている。
影響
フアンの位置づけを難しくしているのは、 産業の説明者と当事者が同一人物である点にある。 AI 計算需要の規模を語るのも、 その需要を満たす製品を売るのも、 その製品の性能値を出すのも同じ会社であり、 その語り手が創業以来変わっていない。 個人の判断が産業の形を長期にわたって決めた例として稀有であると同時に、 その判断の妥当性を外部から検証しにくい構造でもある。 業績と地政学の数字は組織の項に整理してある。
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