1996年7月8日T1
PostgreSQL 6.0 公開 ── Berkeley Postgres を継承する厳格な OSS RDB
UC Berkeley の Michael Stonebraker が指揮した Postgres プロジェクト(1986-1994) を引き継ぐ形で、 PostgreSQL 6.0 がリリース。 SQL 言語の正式採用と外部開発コミュニティへの移管を経て、 BSD ライセンスの本格 RDBMS として再出発した。 ACID 厳守・MVCC・拡張可能型システム・PostGIS(地理空間) や pgvector(ベクトル検索) といった追加機能の豊富さで支持を集め、 Stack Overflow Developer Survey では 2020 年代に MySQL を抜いて「最も愛されるデータベース」の常連となる。
メタデータ
- 日付
- 1996年7月8日
- 年代
- 1990s
- Tier
- T1
- 参照年表
- データベースの歴史
- 出典数
- 04
- 関連項目
- 00
PostgreSQL 6.0 公開 ── Berkeley Postgres を継承する厳格な OSS RDB
1996年7月8日、 オープンソース コミュニティが「PostgreSQL 6.0」を公開した。 UC Berkeley の研究プロジェクト Postgres(1986-1994) から分岐し、 SQL の正式採用、 BSD ライセンス化、 外部開発体制への移行を経て生まれ変わった製品 ── それが PostgreSQL である。
MySQL がスピードで Web を取りに行ったのに対し、 PostgreSQL は 「妥協のない RDB」 という別の道を選んだ。 30 年後、 その厳格主義が「最も愛されるデータベース」という評価を生むことになる。
前史 ── Stonebraker の二つの Berkeley プロジェクト
PostgreSQL の祖先は、 UC Berkeley の Michael Stonebraker が率いた二つのプロジェクトである。
第一の Ingres(1973-1985) は、 Codd の関係モデルを学術的に最初に実装したシステムの一つ。 関係計算ベースの QUEL 言語を採用し、 のちの Oracle、 Sybase、 Microsoft SQL Server に開発者を輩出した(Ingres 出身の Bob Epstein が Sybase を創業、 そのコードを Microsoft が買って SQL Server となる)。
第二の Postgres(1986-1994) は Stonebraker の「Ingres 後」プロジェクト。 「post-Ingres」を縮めて Postgres と命名された。 関係モデルを拡張し、 ユーザ定義型・ユーザ定義関数・継承・ルールシステムを追加した「オブジェクト関係 DBMS」の最初期実装である。 1994 年に研究プロジェクトとして終了。
1994-1996 ── SQL 化とオープン化
1994 年、 Berkeley 大学院生だった Andrew Yu と Jolly Chen が、 Postgres の QUEL インタフェースを SQL に置き換える作業を始める。 これが Postgres95 と呼ばれる中間バージョン。
1996 年、 開発主体は Berkeley から外部のオープンソース コミュニティに移管され、 名前も PostgreSQL に変更された(「Postgres + SQL」の意)。 Marc Fournier・Bruce Momjian・Vadim Mikheev・Thomas Lockhart らがコア開発者として加わり、 同年 7 月 8 日に PostgreSQL 6.0 が公開される。
ライセンスは BSD(後に PostgreSQL License として整理) ── MIT に近い、 ほぼ何の制約もない自由なライセンスである。 これは MySQL の GPL/商用デュアルライセンスとは対照的で、 商用製品への組み込みが完全に自由 ── Heroku、 Amazon RDS、 Aurora、 Google Cloud SQL のような商業サービスが PostgreSQL を内部で使えるのは、 この BSD ライセンス選択のおかげである。
設計思想 ── ACID と拡張可能性
PostgreSQL を技術的に特徴づける柱は三本ある。
第一に、 厳格な ACID 準拠。 トランザクションは原子的で、 デフォルトの分離レベルは Read Committed、 Serializable まで指定可能。 並行制御は MVCC(Multi-Version Concurrency Control) で実装され、 読み取りトランザクションは書き込みをブロックしない(Oracle と同様の方式)。 InnoDB 以前の MySQL に対する明確な差別化要因だった。
第二に、 拡張可能型システム(extensible type system)。 ユーザ定義型・演算子・インデックス アクセス手法を自分で追加できる。 これは Berkeley Postgres から継承された設計で、 のちに PostGIS(地理空間データ、 2001 年)、 TimescaleDB(時系列、 2017 年)、 pgvector(ベクトル検索、 2021 年-) といったゲームチェンジャー級の拡張機能を生む土壌になる。
第三に、 SQL 標準への忠実さ。 ウィンドウ関数、 共通テーブル式(CTE)、 JSON 型、 配列型、 範囲型、 LATERAL JOIN ── ANSI SQL 標準で定義されたほぼすべての機能を、 業界で最も早く実装してきた。 「SQL 仕様書通り動く DB が欲しい」という需要には PostgreSQL が第一選択肢になる。
2010 年代 ── 「最も愛される DB」へ
2000 年代、 PostgreSQL は「MySQL の影」と評されていた。 性能チューニングの難しさ、 シンプルなレプリケーション機能の欠如、 GUI ツールの少なさが弱点だった。
転機は 2010 年の PostgreSQL 9.0 ── ようやく標準の ストリーミング レプリケーション が組み込まれた。 ここから 9.x 系列(2010-2017) で並列クエリ、 JSONB(バイナリ JSON)、 論理レプリケーション、 ロジカル デコーディングなどが次々と入り、 「MySQL より遅い」イメージは完全に過去のものとなる。
2018 年以降の Stack Overflow Developer Survey で、 PostgreSQL は「最も愛されるデータベース(most-loved database)」のランクで MySQL を追い越した。 2023 年・2024 年・2025 年と、 三年連続で 最も愛され、 最も使われ、 最も望まれる データベース部門の首位を独占している。
クラウドと AI 時代 ── PostgreSQL の第二の春
AWS の Aurora PostgreSQL(2017 年)、 Google の AlloyDB(2022 年)、 Microsoft の Azure Database for PostgreSQL、 Supabase(2020 年) ── 主要クラウドプロバイダがこぞって PostgreSQL 互換マネージドサービスを提供する流れができた。 BSD ライセンスにより、 商用クラウドがコア技術を自由にフォーク/拡張できるためである。
そして 2023 年以降の pgvector ブーム ── LLM の RAG(Retrieval-Augmented Generation) のためのベクトル検索機能を PostgreSQL の拡張として実装する流れが、 「専用ベクトル DB(Pinecone、 Weaviate) は本当に必要か? 既存の PostgreSQL でいいのでは?」という問いを業界に投げかけている。
Codd の関係モデル論文(1970) から数えて 56 年。 PostgreSQL は、 Berkeley の二つの研究プロジェクトを土台に、 オープンソースとして 30 年間進化を続け、 LLM 時代のベクトル検索まで取り込もうとしている。 学術プロジェクトが、 商用 RDB の旗手と並ぶ存在に育った稀有な事例である。