1995年12月15日T1

AltaVista 公開 ── Web 全文検索の最初の本格実装

Digital Equipment Corporation (DEC) の Western Research Lab とパロアルト研究所が共同開発した検索エンジン AltaVista を公開。 多スレッドクローラ Scooter と高速バックエンド TurboVista の組合せで、 公開時点で約1600万ページを索引化、 開設初日30万ヒット、 1997年には1日8000万クエリのピークに達した。 同時期の Yahoo! ディレクトリと違い、 ページ本文全体を対象とする本格的フルテキスト検索を実現した最初のサービス。 DEC 製64ビット Alpha サーバの性能アピール装置でもあった。 1998年 Compaq が DEC を買収、 2003年 Overture が1.4億ドルで買収、 同年 Yahoo が Overture を吸収、 2013年7月8日にサービス終了。

AltaVista のロゴ ── 山と空のイラスト入りワードマーク
出典AltaVista (Wikimedia Commons) · Public domain (below threshold of originality; trademark applies) · Commons で見る

メタデータ

日付
1995年12月15日
年代
1990s
Tier
T1
出典数
04
関連項目
00

AltaVista 公開 ── Web 全文検索の最初の本格実装

1995年12月15日、 Digital Equipment Corporation (DEC) は、 同社の Western Research Lab とパロアルトの研究グループが共同で開発した検索エンジン AltaVista を一般公開した。 名前は研究拠点のあったパロアルトの俗称「Alta Vista」(高い眺め)に由来する。

公開当初の索引規模は約 1600万ページ。 同時期に存在した検索エンジンの索引サイズが数十万から数百万ページだったことを考えると、 一桁から二桁大きい。 そして AltaVista は、 ページタイトルや URL ではなく 本文全体 を索引化した最初の本格的サービスだった。

何が「最初」だったか

1995年12月時点、 Web 検索のフィールドには既に WebCrawler (1994年4月)、 Lycos (1994年7月)、 Infoseek (1994年12月)、 Excite (1995年9月) などが存在していた。 だが、 これらはいずれも索引サイズや検索速度に明確な限界があった。 1995年中の Web は急速に膨張しており、 索引が追いつかない、 検索速度が遅い、 クエリ表現力が貧弱、 という三重苦が業界の課題だった。

AltaVista が解いたのは、 まさにこの三点。

1. 索引サイズ: 多スレッドのクローラ Scooter が、 当時としては前例のない並列度で Web を巡回した。 1日あたり数百万ページのクロール速度。

2. 検索速度: バックエンドのインデクサとサーチャは TurboVista と呼ばれる DEC 製の高速索引システム。 これが動いていたのは DEC Alpha ── 当時最先端の64ビット RISC プロセッサで、 1台の Alpha 8400 サーバが10 GB のメモリと数百 GB のディスクを持つという、 1995年としては桁外れのハードウェア。

3. クエリ表現力: ブール演算子(AND/OR/NOT)、 NEAR、 フレーズ検索("...")、 ワイルドカード、 フィールド検索(host:、 url:、 title: など)を実装。 後世の検索構文の事実上のひな型となった。

公開当日のアクセスは 30万ヒット、 数日のうちに1日100万を超えた。 1997年には 1日8000万クエリ のピークに達し、 当時のインターネット最大のサイトのひとつになる。

DEC というメインフレーム企業の戦略

ここで強調すべきは、 AltaVista が単独事業として生まれたのではなく、 DEC の Alpha サーバ事業の宣伝装置 として始まったという事実である。

1990年代半ばの DEC は、 IBM、 HP、 Sun と並ぶエンタープライズ計算市場の主要プレイヤーだったが、 RISC ワークステーション戦争では Sun に押されていた。 Alpha プロセッサ(1992年発表)は技術的には世界最速級だったが、 市場のソフトウェア対応で苦戦していた。

「Alpha がどれだけ速いか」を見せる ── そのためには、 「単一サーバで世界最大のデータベースを動かす」というデモンストレーションが必要だった。 AltaVista はその答えだった。 「これ全部、 4台の Alpha サーバで動いています」というマーケティング装置として、 デザインされた。

実際、 1996年の DEC のプロモーション資料は、 「世界最大の Web 検索エンジンを支える64ビット Alpha」という訴求を全面に出している。 検索サービスとしての面白さと、 Alpha のショーケースとしての面白さが、 同じ装置で両立したのである。

短い黄金期 ── 1996–1998

1996年から1998年にかけての AltaVista は、 Web 検索の代名詞だった。 索引は1997年に1億ページを超え、 トラフィックは Yahoo! に並ぶ規模。 1996年にはネイティブの多言語検索、 1997年に Babel Fish (無料機械翻訳サービス、 SYSTRAN ベース)を統合し、 「フランス語のページを英語で読む」を一般化させた。

しかし、 黄金期は短かった。

1998年1月: Compaq が DEC を 96億ドル で買収。 AltaVista は Compaq の子会社となる。 1998年9月: Larry Page と Sergey Brin が Google を設立。 PageRank の登場で、 「索引サイズ」より「結果の関連性」が検索の主戦場に移る。 1999年: Compaq は AltaVista を独立企業として分社化、 IPO を準備するが、 ドットコムバブル崩壊で見送り。

衰退

AltaVista の衰退には、 内的要因と外的要因が重なった。

外的要因: Google の PageRank が、 「索引が大きい」より「上位10件が当たる」を重視する設計に勝った。 1999年〜2002年の間に、 Web 検索のユーザは Google に流れていく。

内的要因: AltaVista はトップページにポータル機能(ニュース、 ショッピング、 メール)を詰め込み始め、 「シンプルな検索ボックス」という当初の設計思想を失った。 Google のミニマルな1検索ボックスのデザインと対比され、 「重い・遅い・うるさい」と評されるようになる。

所有権の混乱: 2003年2月、 検索広告会社 Overture Services が AltaVista を 1.4億ドル で買収(DEC 時代に推定された企業価値の数十分の一)。 同年7月、 Yahoo! が Overture を 16.3億ドル で買収し、 AltaVista は Yahoo の傘下に。 以降、 AltaVista の独自検索技術は段階的に Yahoo Search に統合され、 検索サービスとしての独自性は失われた。

2013年7月8日: Yahoo! が AltaVista の URL を Yahoo Search にリダイレクトし、 ブランドとして公式に終了。 公開から17年と7ヶ月の生涯だった。

何を遺したか

AltaVista が遺したのは、 「Web は全文索引できる」という証明だった。

1995年時点、 「数千万ページを索引して、 1秒以下で結果を返す」が技術的に可能だと示した装置は他になかった。 Scooter のクロール手法、 ブール演算子+フィールド検索の構文、 ハードウェアを限界まで使うバックエンド設計 ── これらは後続の Google、 Bing、 さらには現代の Elasticsearch / OpenSearch といった検索基盤の設計に直接の影響を残している。

そして「ハードウェア企業の宣伝のために最先端ソフトウェアを公開する」というモデル自体も、 後世への含意を持つ。 2020年代の NVIDIA が、 CUDA エコシステムと AI モデル研究への投資で GPU を売っているように、 1995年の DEC は AltaVista で Alpha を売ろうとした。 結果として Alpha は商業的には敗れたが、 AltaVista の方は、 Web 検索の標準形を一度確立してから歴史の舞台を降りた。

出典

  1. 二次資料AltaVista — Wikipedia

    取得日: 2026-05-25

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