1977年3月T1
1BSD 公開 ── Berkeley から始まる UNIX の系譜分岐
カリフォルニア大学バークレー校の Computer Systems Research Group(CSRG)が、 AT&T Bell 研究所の UNIX V6 を拡張した最初の配布物「First Berkeley Software Distribution(1BSD)」を公開した。 Bill Joy が中心となって編集したテープには ex エディタや Pascal コンパイラが含まれ、 配布数は約30本。 ここから 4BSD 系列、 SunOS、 FreeBSD / NetBSD / OpenBSD、 macOS の Darwin カーネルに至る半世紀の系譜が始まる。 1991-1994 年の USL v. BSDi 訴訟は和解で決着し、 「コードを再配布する権利」がライセンスで担保されるという現代 OSS の前提を形作った。
メタデータ
- 日付
- 1977年3月
- 年代
- 1970s
- Tier
- T1
- 参照年表
- オープンソースの歴史
- 出典数
- 04
- 関連項目
- 01
1BSD 公開 ── Berkeley から始まる UNIX の系譜分岐
1977年3月、 カリフォルニア大学バークレー校の Computer Systems Research Group(CSRG) が、 AT&T Bell 研究所の UNIX V6 への拡張を集めた最初の配布テープ「First Berkeley Software Distribution(1BSD)」を公開した。
編集の中心は、 後に Sun Microsystems を共同創業することになる大学院生 Bill Joy。 テープには ex エディタ(vi の前身)、 Pascal コンパイラ、 そしていくつかのユーティリティが含まれ、 配布数はわずか約30本だったとされる。
しかしこの小さなテープから、 半世紀にわたる UNIX の系譜分岐が始まる。 ── SunOS、 BSD/OS、 FreeBSD、 NetBSD、 OpenBSD、 そして macOS の Darwin カーネル。 PlayStation 3 / 4 のシステムソフトウェアも、 Netflix の配信サーバも、 BSD 系から生まれている。
なぜ Berkeley で UNIX が育ったか
1973年、 Bell 研究所の Ken Thompson が古巣 UC Berkeley を訪れ、 PDP-11 用 UNIX V4 のテープを置いていった。 AT&T は当時、 独占禁止法上の制約により計算機事業から手を引く合意があり、 UNIX を「教育機関向けに実費で配布する」運用を取っていた。 商用ライセンスではなく、 ソースコードごと大学に降ろされたことが決定的だった。
バークレー校では Pascal の処理系開発をしていた Bill Joy が UNIX に飛びつき、 自分の不満を片端から潰し始めた。 ex エディタ、 csh シェル、 termcap、 仮想記憶対応 ── 「使いやすくする」改造の積み上げが、 配布物として外に出すに値する量になった。
1BSD の中身
1BSD は単一の OS ではなく、 「UNIX V6 に対するパッチと追加ユーティリティのバンドル」だった。 主な内容:
- ex ── 行指向だが画面表示も使えるエディタ。 後に vi(visual mode)へ進化
- Pascal インタプリタ/コンパイラ ── 当時の標準教育言語
- csh シェル(後の 2BSD で本格化)の原型となるシェル改良
- termcap ── ターミナル能力データベース。 異機種端末対応の基盤
価格は配布実費の50ドル(当時)。 受け取った大学・研究所は、 自分のサイトでさらに改造してテープを送り返してきた。 「読み書き両方向の配布」という運用が、 自然発生的に始まっていた。
4BSD・TCP/IP・そして商用化
その後の主要マイルストーン:
- 2BSD(1978年) ── Joy が csh と vi を統合
- 3BSD(1979年) ── VAX 対応、 仮想記憶
- 4BSD(1980年) ── DARPA 契約で TCP/IP スタックを実装、 インターネットの実装基準となる
- 4.2BSD(1983年) ── ソケット API、 NFS の原型
- 4.3BSD(1986年) ── 後の SunOS / Ultrix の母体
- Net/2(1991年) ── AT&T コードを除去した「自由に配布可能な」バージョン
特に 4BSD の TCP/IP 実装は、 現代インターネットの基礎工事と言える。 Vint Cerf らが定義した TCP/IP プロトコルを、 Bill Joy が中心となって UNIX に実装したことで、 「UNIX マシンをイーサネットに繋ぐとインターネットになる」状態が成立した。
USL v. BSDi 訴訟 ── OSS 文化の通過儀礼
1991年、 CSRG メンバーが商用化した会社 BSDi が、 「AT&T コードを含まない BSD」を1コピー1000ドルで販売開始(AT&T UNIX は数万ドル)。 これに対し AT&T の子会社 USL(UNIX System Laboratories) が著作権・営業秘密侵害で提訴。
3年に及ぶ訴訟は1994年に和解。 結果:
- BSD のうち AT&T 由来の数ファイルのみ削除が命じられた
- それ以外は「自由に再配布可能」と確認された
- 訴訟期間中に Linux カーネルが急成長した(BSD が法的に身動きとれない隙に)
この訴訟は OSS コミュニティに二つの教訓を残した。 第一に、 コードの起源を明示し、 ライセンスで権利関係を担保する文化の必要性。 第二に、 大企業の法務リスクから自由な開発を守るには、 コミュニティ的に運営される複数の派生プロジェクト(FreeBSD、 NetBSD、 OpenBSD のように)が並立する構造が強いという発見だった。
現代への接続
1BSD の遺伝子が今どこにあるか:
- macOS / iOS / iPadOS / watchOS / tvOS / visionOS: カーネル Darwin の userland と TCP/IP スタックは BSD 由来
- PlayStation 3 / 4 / 5: FreeBSD ベースのシステムソフトウェア
- Netflix の配信エッジ: FreeBSD で高速 TCP を実装
- Junos(Juniper Networks のルータ OS): FreeBSD ベース
- WhatsApp のサーバ: かつて FreeBSD で20億ユーザを捌いた
1977年に30本のテープで配られた小さな改造集が、 半世紀後の世界の通信・メディア・ゲーミングのインフラに残っている。 「コードを共有する」という最初期の実践として、 1BSD は GNU・Linux・Apache・Git に先行する OSS 系譜の起点である。