人物 :: PERSON
まつもとゆきひろ
プログラミング言語 Ruby の設計者。1965年生まれ。公式 FAQ での本人の言葉によれば Ruby の誕生日は1993年2月24日で、最初の一般公開は1995年12月の 0.95。1997年8月に島根県松江市のネットワーク応用通信研究所へ入社し、以来同地を拠点に開発を続ける。2007年の創設時から Ruby アソシエーション理事長。2009年に松江市名誉市民、2012年3月に FSF の自由ソフトウェア推進賞を受賞した。

プロフィール
- 生年
- 1965
- 存命
- 存命
- 在世
- 1965–
- 関連事象
- 01
- 名称
- ENYukihiro MatsumotoJAまつもとゆきひろ
まつもとゆきひろ(松本行弘、 1965年4月14日生)は、 プログラミング言語 Ruby の設計者である。 大阪府に生まれ、 4歳から鳥取県で育ち、 筑波大学で情報学を修めた。 1997年8月に島根県松江市の株式会社ネットワーク応用通信研究所(NaCl)へ入社して以来、 30年近く松江を拠点に言語の設計と実装を続けている。 世界中で日常的に使われる汎用言語のうち、 設計者が日本に居続けたまま育った例はほとんど無い。
Ruby の誕生
公式 FAQ に本人の言葉が残っている ── "Well, Ruby was born on February 24, 1993. I was talking with my colleague about the possibility of an object-oriented scripting language." 同僚との会話が起点であり、 コードより先に構想があった。 名前は Perl に倣って宝石名から採られ、 同僚の誕生石が選ばれた。 のちに Ruby が Perl のすぐ次に来る場面がいくつもあることに気づいた、 と FAQ は付け加えている。
最初の一般公開は1995年12月、 日本国内のニュースグループに投稿された 0.95 である。 公式サイトが挙げる設計上の影響は Perl・Smalltalk・Eiffel・Ada・Lisp である。 Smalltalk から受け継いだ性質を、 公式 FAQ は "everything in Ruby is an object" と書く。 「純粋オブジェクト指向」という標語ではなく、 すべてがオブジェクトである、 という言い方が公式の定式である。
設計思想
Ruby の哲学は本人の発言として最もよく残っている。 2003年9月24日、 デンマーク・オーフスの JAOO カンファレンスで Bill Venners が行ったインタビューは、 その代表的な記録である。
「プログラマを幸せにする」という有名な一句は、 このインタビューで Venners がまつもと自身の入門記事から引用したものである ── "For me the purpose of life is partly to have joy. Programmers often feel joy when they can concentrate on the creative side of programming, So Ruby is designed to make programmers happy." 続けて本人はこう言い直している。 "By using Ruby, I want to concentrate the things I do, not the magical rules of the language" ── 言語の儀式ではなく問題そのものに集中したい、 と。
一方で、 しばしば Ruby の原理として語られる「最小驚きの原則」については、 本人が明確に否定している。 "Actually, I didn't make the claim that Ruby follows the principle of least surprise. Someone felt the design of Ruby follows that philosophy, so they started saying that." そして "The principle of least surprise means principle of least my surprise." と補足する。 力点は my にある。 驚きの少なさは万人向けの客観指標ではなく、 設計者自身の感覚を基準に据えた、 という説明である。
直交性についても慎重で、 "The orthogonal features, when combined, can explode into complexity." と述べ、 一貫性や直交性は目的ではなく道具だ、 という立場を取る。 「複数のやり方を許す」設計は Larry Wall の Perl から受け継いだと語り、 "who is my hero actually" と付け加えている。 完璧な言語という発想そのものも退けている ── "I tried to make Ruby perfect for me, but maybe it's not perfect for you. The perfect language for Guido van Rossum is probably Python."
日本で設計された言語として
Ruby は日本国内の掲示板とメーリングリストで先に育ち、 2004年の Ruby on Rails 以降に世界へ広がった、 という順序を辿っている。 制度の面でも記録が残る。 プログラム言語 Ruby は JIS X 3017 として2011年3月22日に制定され(2013年12月20日改正)、 対応国際規格は ISO/IEC 30170:2012 である。 JIS の原案作成団体は、 まつもとが理事長を務める Ruby アソシエーションだった。
そのアソシエーションは2007年7月に創設され、 本人は当初から理事長を務めている。 松江市は2009年11月18日、 「プログラミング言語『Ruby(ルビー)』の開発者」として彼を名誉市民に選んだ。 地方都市に本拠を置いたまま言語の設計者であり続けたことが、 松江の産業政策そのものを形作った経緯がここにある。
受賞
- 2007年3月 ── Ruby が日経BP技術賞の大賞を受賞
- 2012年3月25日 ── フリーソフトウェア財団の Award for the Advancement of Free Software。 授賞式はマサチューセッツ大学ボストン校での LibrePlanet 2012。 FSF のニュース記事はこれを「2011年の賞」と題し、 受賞者一覧では2012年の欄に置いている
- 2009年11月18日 ── 松江市名誉市民
現在の活動
自身の GitHub プロフィールは、 2026年8月時点で所属を Ruby Association と NaCl、 所在地を Matsue, Japan としている。 RubyKaigi 2026 でも基調講演者に名を連ねる。
言語そのものの節目としては、 2020年12月25日の Ruby 3.0 がある。 2015年から開発が進められた「Ruby 3 は Ruby 2 の3倍速く」(Ruby3x3)という目標を回収したリリースで、 公式告知には本人の署名入りでこう記されている ── "When I first declared 'Ruby3x3' in the conference keynote, many including members of the core team felt 'Matz is a boaster'. In fact, I felt so too. But we did." 2025年12月25日には Ruby 4.0 が出て、 定義の隔離を扱う実験的機能 Ruby Box と、 YJIT の後継として書かれた JIT コンパイラ ZJIT が入った。 30年を過ぎてなお、 性能と並行性の作業が言語の中心にある。
影響
まつもとの主張の芯は、 言語設計は機械の問題ではなく人間の問題である、 という一点にある。 "Most of our tasks are related to humans after all." と述べ、 計算機は人がどれだけ努力を払うかを気にしないが人間は気にする、 と説明する。 効率や表現力を最上位に置く従来の言語観に対し、 書き手の感覚を設計の第一級の入力として扱った点が Ruby の位置を決めた。
その結果は Web 開発の文化に最も強く現れた。 Rails 以降、 スタートアップの初速を決める道具として Ruby が選ばれ続けた ── その系譜はイベントの項にまとめてある。 日本語圏にとってより重要なのは別の含意である ── 言語を作るという行為が、 英語圏の研究機関や大企業の専有物ではないことを、 一人の技術者が地方都市から30年かけて証明した。
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