人物 :: PERSON
サトシ・ナカモト
2008年10月31日にビットコインの論文を公開し、2009年1月に最初のソフトウェアを出した人物またはグループの名乗り。正体は分かっていない。公の記録に残る活動は2008年10月から2010年12月までの約2年で、BitcoinTalk フォーラムへの最後の投稿は2010年12月12日。2024年、英国高等法院は、自分がサトシだと主張してきた Craig Wright について、サトシではなく、論文の著者でもないと宣言した。
プロフィール
- 存命
- 存命
- 関連事象
- 01
- 名称
- ENSatoshi NakamotoJAサトシ・ナカモト
サトシ・ナカモト(Satoshi Nakamoto)は、 2008年10月31日に ビットコイン の論文を公開し、 2009年1月に最初のソフトウェアを配布した人物またはグループが使った名前である。 その正体は分かっていない。 生年も国籍も、 一人なのか複数なのかも、 確かめられた事実としては何も残っていない。 残っているのは、 その名前で書かれた文章とコードだけである。
このページでは、 ビットコインそのものの仕組みと歴史はイベントのページに任せ、 「サトシ・ナカモト」という名前について記録から言えることだけを書く。
記録に残る約2年
名前が最初に現れるのは、 暗号技術のメーリングリストへの2008年10月31日(UTC 18時10分)の投稿である。 件名は「Bitcoin P2P e-cash paper」、 本文は「I've been working on a new electronic cash system that's fully peer-to-peer, with no trusted third party.」で始まり、 論文の置き場所として bitcoin.org を示している。
その後の主な記録は次のとおりである(日時は Satoshi Nakamoto Institute の記録による UTC)。
| 日付 | 記録 |
|---|---|
| 2008年10月31日 | 論文「Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System」をメーリングリストで告知 |
| 2009年1月8日 | 同じリストで「Bitcoin v0.1 released」を告知。 Windows 版のみ、 C++ のソースコード同梱 |
| 2010年12月12日 | BitcoinTalk フォーラムへの最後の投稿「Added some DoS limits, removed safe mode (0.3.19)」 |
v0.1 の告知は、 総発行量について「Total circulation will be 21,000,000 coins.」と書き、 ブロックを作ったノードに配られる量が4年ごとに半分になると説明している。 2100万という上限と半減の規則は、 この最初の告知の時点ですでに決まっていた。
フォーラムの投稿は2010年12月にかけて続き、 その後は途絶える。 英国高等法院の判決も、 審理の対象を整理する中で「Satoshi withdrew from the project」という表現を使っている。 いつ、 なぜ手を引いたのかについて、 名前の主自身による説明は公の記録に残っていない。
「自分がサトシだ」という主張と、 2024年の判決
正体については、 これまで報道や本人の名乗りによる主張が繰り返し現れてきたが、 どれも確かめられてはいない。 このうち裁判所が正面から判断したものが一つある。
Craig Wright は、 判決によれば2016年5月2日に自分がサトシであると公に主張した。 これに対し、 Crypto Open Patent Alliance(COPA)が2021年4月9日、 Wright はビットコイン論文の著者ではないことの確認を求めて英国で提訴した。
イングランド・ウェールズ高等法院の Mellor 判事は、 2024年3月14日、 審理の最終弁論の終わりに法廷で結論を述べ、 次の4点を宣言した。
- Wright はビットコイン論文(White Paper)の著者ではない
- Wright は2008年から2011年にかけて「サトシ・ナカモト」という名前を用い、 その名で活動した人物ではない
- Wright はビットコインのシステムを作った人物ではない
- Wright はビットコインのソフトウェアの初期版の作者ではない
理由を示した判決([2024] EWHC 1198 (Ch))は同年5月20日に出され、 判事は証拠が「overwhelming」だったと書いている。 ただし、 この裁判が決めたのは Wright がサトシではない ということだけである。 では誰なのかについて、 判決は何も言っていない。
名前だけが残ったこと
計算機史の重要な発明の多くには、 論文の著者、 特許の出願人、 会社の創業者として、 名前と経歴を持つ人物が結びついている。 ビットコインにはそれが無い。 論文とコードとフォーラムの投稿だけを残し、 名前の主は約2年で姿を消した。 その後に続いたビットコインの普及、 規制、 価格の上下は、 作者が一度も公に姿を見せないまま起きている。
関連する出来事
よくある質問
- サトシ・ナカモトは誰か
- ビットコインの論文と最初のソフトウェアを公開した人物またはグループが使った名前で、正体は分かっていません。公の記録に残る活動は2008年10月から2010年12月までです。
- Craig Wright はサトシ・ナカモトか
- 英国高等法院はそうではないと判断しました。Mellor 判事は2024年3月14日、Wright は論文の著者ではなく、2008〜2011年にサトシ・ナカモトの名で活動した人物でもなく、ビットコインを作った人物でも初期のソフトウェアの作者でもないと宣言し、理由を同年5月20日の判決で示しました。
- サトシ・ナカモトの最後の公の投稿はいつか
- Satoshi Nakamoto Institute の記録では、BitcoinTalk フォーラムへの最後の投稿は2010年12月12日(UTC)の、バージョン 0.3.19 を告げる「Added some DoS limits, removed safe mode (0.3.19)」です。
出典
第7段落の4つの宣言、2024年3月14日(審理22日目)に法廷で述べたこと、2016年5月2日の「Big Reveal」
最終更新: