2023年10月30日T1
Biden 大統領令「安全で信頼できる AI」
米国の Joe Biden 大統領が「Safe, Secure, and Trustworthy Development and Use of AI」と題する大統領令(Executive Order 14110)に署名。学習用計算量が一定規模を超えるモデルの政府への報告義務、AI 安全評価のための NIST 主導の基準策定、移民・住宅・刑事司法などにおける AI 差別の防止など、米国として最も包括的な AI 規制の枠組みを示した。2025年1月に Trump 政権がこの大統領令を撤回することになる。
メタデータ
- 日付
- 2023年10月30日
- 年代
- 2020s
- Tier
- T1
- 参照年表
- IT全史 ── 計算機が世界を編み変える · AIの歴史
- 出典数
- 02
- 関連項目
- 00
Biden 大統領令「安全で信頼できる AI」
2023年10月30日、Joe Biden 米大統領はホワイトハウスで、「Safe, Secure, and Trustworthy Development and Use of Artificial Intelligence」と題する大統領令(Executive Order 14110)に署名した。
100ページを超える本文と、 計50近い政府機関への指示を含む、 米国史上最も包括的な AI 規制の枠組みだった。
主要な内容
大統領令は8つの目標と数十の具体的施策を含むが、 業界に直接影響する条項は以下に集約される。
1. 大型モデルの政府報告義務。 学習に用いた計算量が一定の閾値(10²⁶ FLOPs、 ほぼ GPT-4 級以上)を超えるモデルの開発企業は、 訓練計画・赤チーム評価結果・モデルの能力評価を商務省に報告する義務を負う。 これは「軍事生産法(Defense Production Act)」を根拠とした、 異例の手段だった。
2. NIST 主導の安全基準策定。 米国国立標準技術研究所(NIST)が、 AI モデルの安全性評価のためのガイドラインを策定する。 後の AI Safety Institute(米国 AISI)の根拠ともなる。
3. 反差別。 移民審査、 住宅、 採用、 刑事司法など、 公的影響の大きい領域での AI 利用に対し、 差別防止策を要求。
4. プライバシー。 AI 学習に使われる個人データに対し、 強化された保護枠組みを要請。 議会に対するプライバシー法案策定を促した。
5. 連邦政府内利用の管理。 各省庁に対し、 AI 利用のリスクアセスメントとガバナンス担当者の任命を義務化。
業界の反応
OpenAI、 Anthropic、 Microsoft、 Google など主要企業はおおむね歓迎の意を示した。 各社は既に自社の責任ある AI ガイドラインを発表しており、 規制との整合が取りやすかった。
一方、 オープンソース・コミュニティと小規模研究者からは批判が出た ── 「計算量の閾値で線を引く方式は、 自宅で大型モデルを訓練できる時代には機能しない」「報告義務は大企業を有利にする規制虜囚(regulatory capture)の典型」。
共和党側からも、 「行政府が立法府の権限を越えている」という批判が上がる。 トランプ政権が誕生したら撤回するという予告は、 2024年の選挙期間中から繰り返されていた。
EU AI Act との位置関係
時系列でいえば、 Biden 大統領令(2023年10月)は EU AI Act の最終採択(2024年3月)より先に出た。 ただし内容では、 EU の方が体系的な「リスク段階別」分類を持ち、 法律としての強制力も EU の方が強かった。
Biden 大統領令は「大統領令」であって法律ではない。 議会立法によらず行政府の判断だけで発動でき、 同じく行政府の判断だけで撤回できる。 これが2025年1月の運命を決めることになる。
14ヶ月の生命
2025年1月20日、 第二期 Trump 政権が発足した。 就任初日に署名された一連の大統領令の中に、 「Initial Rescissions of Harmful Executive Orders and Actions」が含まれ、 Biden の EO 14110 はその対象として撤回された。
施行期間は約14ヶ月。 米国の AI 規制は、 議会立法を伴わない大統領令だけで作られていたため、 政権交代と共に瞬時に消えた。
ただし、 大統領令の下で実装された各種施策 ── NIST のガイドライン草案、 各省庁のリスクアセスメント、 国際協調のための「AI Safety Summit」シリーズ ── の一部は、 撤回後も惰性で動き続けている。 また、 EU AI Act の方は法律として残り、 米国企業はそちらへの対応を続けざるを得ない。
2023年10月30日の文書が遺したのは、 規制本体よりも、 「政府が AI に介入する」という規範 だった。 その規範はその後の各国政策に色濃く影響を与え続けている。